それから数日がたち、和宏は、早く帰ってきていた。佑美は和宏の毎日の生活ぶりを見ながら、退屈なんじゃないだろうかと思うようになった。私が居るから、和宏は何処にも行けないのだ。遅くなっても、十時頃には帰ってくる。きっと、夜遊びしたいだろうし、友達の家に泊まりにも行きたいだろうに。私が居るから。佑美は、ずっと考えていたことがあった。私も大学生になったんだし丁度良いかなって。 「お兄ちゃん、相談したいことがあるの」 佑美は、いつものように和宏の教室に行き、一緒に帰りながら話し始めた。 「何?勉強のこと?」 「違うんだけど。あのね、私バイトしたいの。高校の時通っていた塾で探していたし、一応面接したの。駄目かな?」 「どうして、面接受ける前に相談しないの?」 「だって、駄目って言うでしょう」 佑美は、和宏が反対をすることが解っていたから、内緒で行動していたのだ。 「反対するかどうかは、相談しないと解らないでしょう」 強い口調で注意され、佑美は、びくっとなった。怒られるのは解っていたが、こんなにきつい口調で言われたのは、初めてだった。「ごめん、でもね、やっぱり相談してほしいんだ。僕は、父さん母さんから佑美の事頼まれているから。小遣いが足りないの?」 佑美は、下を向いたまま首を横に振った。「じゃあ、何かほしい物があるの?」 佑美は、首を振った。 「佑美は、お兄ちゃん達が過保護だとか思っているかもしれないけど、出来ればいい環境で勉強させてあげたいんだ。まだ、入ったばかりだし、もう少し後でも良いじゃないか」 和宏は、なるべく優しく話しかけた。 「お兄ちゃんは、嫌じゃないの、私と居ること」 「うん、どういう事?」 「あ、いい」 和宏は、ため息をついた。 「いつ嫌だって言った?お兄ちゃんは、佑美と暮らしているのは楽しいよ」 「でも、私が居たら、遊びにも行けないじゃない」 「別に行きたいと思わないし、遅いときもあるじゃないか」 でも、と言いながら俯いた。 「そんなこと気にしていたの。お兄ちゃんは、何とも思っていないんだから。もう、佑美は、心配性なんだから。それともつまらなそうにしてる?」 「そんなこと無いと思う」 「じゃあ、この話は終わり。今から断りに行こう」 そう言われ、結局、バイトは断った。佑美は、きっと、これからもバイトは出来ないだろうなと思った。 「佑美、お兄ちゃんもバイトしていないでしょう。それは、父さんと約束したから。それなのに佑美がバイトしたらお兄ちゃんの立場がない」 「うん、わかった」 和宏は両親から頼まれている。責任感の強い兄は、きちんと最後までやりとげるだろう。でも、それでいいの?佑美は、そう聞きたくなった。 ある日、いきなり和宏の教室に訪れた。部屋には、和宏の姿はなく、雅之は、自分の席で何かやっていた。 「こんにちは」 「あ、佑美ちゃん、和宏?今ちょっと居ないんだ。でも、もうすぐ帰るからね。待っていてね」 雅之は、立ち上がり隣の部屋に入っていった。 「はい、どうぞ」 和宏はコーヒーカップを二つ抱えて戻り、自分の横の椅子を勧めた。 「ねえねえ、デートすること考えてくれた?」 明るく話す雅之を見ながら、先日和宏から聞いた話を思い出し、何だか胸が熱くなった。もう、この人は、立ち直ったのだろうか。 「あれ、やっぱり駄目かな」 雅之は、残念そうに呟いた。 「兄に聞いてませんか?」 「え、和宏に言ったの?ああ、内緒にしたかったのにな。ばれたんなら仕方ないか。断りの返事は聞いてないけど」 「いえ、断りじゃなくて」 「え、OKなの?」 「うーん、OKというか、お兄ちゃんとね三人でってどうですか?」 雅之は、目を丸くして、 「三人?」 佑美がくすくす笑うと、 「僕は、保護者同伴のデートは嫌だな。ああ、やっぱり駄目か」 「それも、うちで、この暑いのにお鍋でもしようかなって。いかがです」 雅之は、苦笑いを浮かべながら、 「君たち兄妹には、参ったよ。いいよ、いつする?明日休みだから今日でも良いけど?」 雅之は、諦めた様子で、答えた。 「じゃあ、お兄ちゃんが帰ってきたら聞いてみましょうか。良かったら、泊まって帰ったらいいですよ。うち、両親が居ないから部屋は空いてますし。お布団の準備してないけど、すぐできますし。まあ、何とかなりますよね」 佑美が、あっけらかんと話すので雅之も、笑っていた。 「あれ、佑美来てたのか。もう帰れるからもう少し待っていてね」 「あのね、中井さんに例の話したの。それで、今夜はどうかなってことになったんだけど。お兄ちゃんはどう?」 「今夜、また急だね」 「善は急げだ」 雅之は、おちゃらけて答えた。 「二人がその気になって居るんだったら今日にしようか」 「え、何があるんですか」 側にいた他の学生二、三人が近づいてきた。 「いやいや、僕だけ佑美ちゃんに誘われたから、内緒だ」 得意満面で話す雅之を見ながら、 「そうだ、お前達も来るか。鍋でもしようかなって話していたんだ。なっ、佑美」 「そうね、人数が多い方が楽しいよね」 佑美は、くすくす笑いながら答えた。 「中井さん、僕たちも行って良いですか?」 一人の学生が、にやにやしながら聞いてきた。 「ちぇ、仕方ない。主が決めることだしな」 雅之は、残念そうに答えた。 結局、四人の学生が来ることになり、佑美と和宏は買い物を済ませ、家路を急いだ。和宏は、お風呂の準備をしながら、一応泊まるかもしれない学生のために布団の準備をした。佑美は、鍋の準備をした。 七時頃、皆が集まり、鍋をつつき始めた。 佑美も和宏もそれまでにお風呂に入り、会費の計算も済ませた。飲み物は全て雅之に頼み、 「重かったよ」 と重そうに持ってきたビールを佑美は、笑顔で受け取った。 食べながら会費を集め、その後はどんちゃん騒ぎであった。 結局、雅之以外の学生は、12時には引き上げていった。それなりに飲んで楽しんでくれたようで陽気に帰っていった。 「僕は、泊めてもらう」 と他の学生が帰るときに宣言し、一緒に見送ったのだ。 他の学生が帰った後は、静かな物だった。片づけは、みんなが手伝ってくれていたので、テーブルにはグラスがあるくらいだった。和宏と雅之は、ビールを飲みながら何か話していた。 「何かおつまみいる?」 佑美が、声を掛けると、 「佑美ちゃん、もう良いよ。疲れただろう。こっちに来て、一緒に飲もうよ」 「ばか、佑美は、未成年なんだから、変なこと言うなよ」 佑美は、笑いながら、 「ごめんなさいね、中井さん。保護者の目が光ってるから」 「だから保護者同伴は嫌なんだよな」 ちょっと、ふてくされたように言う雅之。 「じゃあ、帰るか」 「もう、面倒くさくなったから泊めてもらうよ」 佑美にウインクしながら笑って見せた。 「佑美、疲れただろう、こんなやつの相手も」 「ううん、楽しかったよ。また、しようね」 「その時もまた呼んでね」 雅之は、楽しそうに話していた。 「佑美、コーヒーを入れてくれないか」 佑美は、立ち上がりコーヒーを入れたのは、2時近かった。三人分のコーヒーを抱えてそれぞれに渡した。 「ありがとう、いつも、和宏にこき使われてるの?」 「人聞きの悪いこと言うな」 佑美は、笑いながら、 「お兄ちゃんは、いつもは優しいから。それに、家事も何でも手伝ってくれるから」 「ふうん、そうなんだ」 にやにやしながら雅之は、和宏を見た。 「なんだよ。もう、お前飲み過ぎだぞ。そろそろ寝た方が良いぞ」 和宏は、照れながら言った。 その後、コーヒーを飲み、佑美はさきに自室に入った。雅之と和宏はその後も起きていたようで、結局、二人ともソファーに横になっただけだったようだった。朝、佑美が起きて見ると二人ともソファーの上に横になっていた。この二人は、仲が良いんだろうなと思いながら、少し、妬けるなと思いながら、朝ご飯の準備をした。それでも、いつもよりはかなり遅く、十時を回っていたのだが。 雅之は、朝ご飯を食べ、お昼頃帰っていった。和宏もまだ寝不足気味だったようで、雅之が帰ると自室に引っ込んだ。 その夜、転勤先から母が電話してきた。 「佑ちゃん、お兄ちゃんと上手くやってる、けんかしてない?ちゃんと食べてる、困ったことない?」 「大丈夫よ。お兄ちゃんも、元気だし心配しなくて良いよ。そっちは、どう?お父さん元気?」 「元気よ。お父さん、あなた達に会いたいって。お母さんは、今は観光気分だけどね。夏休みになったら二人でいらっしゃいね。お兄ちゃんに替わってくれる」 「うん。お兄ちゃん、電話だよ」 和宏は、長い間母と話していた。何を話していたかは教えてくれなかった。ただ、深刻な顔をしていた。私の知らない秘密がこの家にはある。それがなんなのか解らないが。
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