佑美は、起きあがり着替え始めた。学校に行こう。だって、まだ、圭君に会える時間じゃないから。佑美は、授業の準備をし、階段を下りていった。 母は、ワイドショーを見ていた。連日、圭一の事を話しているコメンテーターたち。新人作家の不幸な死について、また、彼が歩んできた人生について、彼の残した作品について好きなことを話しているように見えた。残されたものはどうしたらいいのだろうか。母は、自分に力のないことを悔やんだ。 階段を下りてくる足音に、慌ててテレビのスイッチを切った。 「お母さん、寝坊しちゃった。ちょっと、ご飯食べて出掛けるね」 笑顔の佑美に、 「どこに行くの?」 「決まっているじゃない、学校よ。でも、帰りは遅くなるね。病院に行ってくるね」 戸惑い気味の母に、佑美は、笑顔で答える。 「病院に何しに行くの?」 「圭君のお見舞いに」 「やめて、だって、行っても無理なの」 「まだそんなに悪いの?でも、ご両親にも会いたいから」 母は、笑顔で話す佑美を見つめたまま、動けずにいた。だめだわ、何とかしなければ。でも、なんと声をかけたらいいのか解らなかった。 「佑美ちゃん、圭君は病院にいないの。だから行っても会えないのよ」 「退院したの?」 母は、何も言えずにいた。 「どうなの、家に帰っているの?どうして、教えてくれないの?」 佑美は、立ち上がり、 「どうして会わしてくれないの?反対してるから?お願い、会いたいの」 佑美は、泣きじゃくりながら母にしがみついた。母は、受話器を持ち、和宏の携帯に電話した。 「もしもし」 「和宏、佑美が、病院に行くって」 母の声の向こうで佑美の泣き声が聞こえる。「母さん、すぐ帰るから、引き留めていて」 和宏は、携帯電話を切り、 「中井、ちょっと、帰ってくる」 「どうしたんだ?」 和宏は唇をかみしめ、 「佑美が病院に行くって。泣いてるんだ」 「俺も行く。俺のバイクで行こう」 「いいのか」 「当たり前じゃないか」 和宏は、荷物をかかえて、雅之と出て行った。 「佑美、落ち着いて。ね、少し何か食べましょうね。それからでいいでしょう」 母は、佑美を、抱きしめていた。佑美は、泣きじゃくりながら、 「圭君は、どこにいるの?」 その言葉を聞いた母は、どうしようもなく佑美が哀れで仕方なかった。どうしたらいいのか母にも解らずにいた。 「ただいま」 和宏の声を聴いて、母は、ほっとした。 「失礼します」 和宏が誰かを連れてきたようだった。 「母さん」 佑美を抱きしめている母を見て、和宏もまた辛くなった。和宏は、佑美のそばに行き、 「佑美、どうしたんだい?」 佑美は、涙でくしゃくしゃの顔を上げた。 「お兄ちゃんも反対してるの?」 「私と圭君のこと」 どうやって理解させたらいいのだろうか。もういないんだよ、圭一君は。 「佑美ちゃん、しっかりするんだよ」 見るに見かねて雅之が、駆け寄った。 「中井さん、どうしてみんな圭君に会わせてくれないの」 「それは・・」 雅之は、深呼吸した。僕しか、佑美ちゃんの気持ちはわからないのだ。だから、僕が伝えるべきなのだ。 「圭一君は、あの事故で死んだんだよ」 「中井」 和宏は、雅之に詰め寄った。 「やめてくれ、中井」 「いや、ちゃんと教えなきゃいけないんだよ。いくら辛くても。佑美ちゃんのためなんだ」 佑美は、身動きしなかった。泣くのもやめていた。放心状態なのだろうか。母も、疲れた顔で佑美を見つめていた。 「そうね、そうなのかもね」 母は、つぶやいた。 「僕が、いけなかったんだろうな。ちゃんと、見送らせなかったから。だから、佑美が辛いままなんだ」 和宏は、佑美を優しく見つめ、 「ごめんな、佑美。お兄ちゃんが悪かったよ。佑美の大事な人は、もういないんだ。お兄ちゃんの血を輸血するまもなく死んだんだよ。佑美が可哀想で言えなかった。佑美が、理解できないかもと思いながら言えなかったし、死に顔を見せてあげられなかった。ごめんよ」 佑美は、じっと、和宏の顔を見ていた。そして、静かに泣いた。 どのくらい泣いただろう。 「ごめんなさい、解っていたの。でも、それを受け入れられなかった。夢だと思いこみたかった。でも、そうだよね、乗り越えなきゃいけないのかもしれない。大丈夫よ。ちょっと、休んでくる。もう、大丈夫よ」 佑美は、よろよろと立ち上がった。母は、そっと支えたが、 「大丈夫よ」 佑美は、母の手を離し、笑顔で階段を上った。和宏と雅之と母は、静かに佑美を見送った。ふと、和宏は、不安になった。まさか、大丈夫だよな。佑美の部屋のドアが閉まる音がした。 「大丈夫だよな」 和宏はつぶやいた。 「俺は、大丈夫だった。だが、佑美ちゃんは解らない」 和宏は、雅之を一瞬睨んだが、はっとし、階段を駆け上った。勢いよくドアを開けようとするが、びくともしない。鍵がかかっている。 「佑美、あけてくれ」 和宏は、ドアをたたくが、何の返事もなかった。その異様さに気づき、雅之と母も上がってきた。 「鍵がかかってるのか」 和宏は返事をしない代わりにドアにぶつかりこじ開けようとした。 「一緒にぶつかって開けよう」 雅之に言われ、 「ああ、頼む、せいのー」 二人でドアにぶつかったがびくともしなかった。もう一度、呼吸を合わせ、ぶつかると、ドアが壊れ、開いた。 「佑美」 和宏は、カッターナイフを手首に当てた佑美の姿が目に飛び込んできた。 「やめろ」 佑美は、はっとし、手首を切ろうとした。だが、うまく切れず、それと同時に和宏が体を押さえた。佑美は、まだ、自由な手を動かし手首を切ろうとした。それを見た、雅之が、カッターナイフを取ろうとし、手のひらを切った。赤い血があふれてくるのを見た佑美は、思わずカッターナイフを落とした。それを見て、雅之は怪我していない手で、カッターナイフを取り上げた。雅之は、カッターの刃をしまい、母親に渡した。 「下に持って行ってください」 母親は頷き、 「手を処置しないと」 「あ、大丈夫です。ティッシュで拭きますから」 佑美は、雅之の溢れてくる血を見つめ、 「死んじゃうわ。ごめんなさい、死なないで」 「佑美、大丈夫だよ。大丈夫なんだよ」 和宏は、佑美を抱きしめたまま、 「中井、その手処置してきてくれ。母さん、頼む」 「俺、大丈夫だよ」 「佑美のために頼む」 和宏の必死の顔に、 「ああ、わかった。お母さん、お願いします」 そう言い、二人は出て行った。和宏は、佑美を、しっかり抱きしめたまま、涙を流さずに、心の中で泣いた。 「おにいちゃん、ごめんね」 和宏の腕の中から、佑美のか細い声がした。 「いいんだよ。お兄ちゃんこそ悪かったな」 それ以上言葉が見つからなかった。 雅之は、和宏の母親に手当をしてもらいながら、ため息をついた。 「ごめんなさいね、大変なところに来ていただいて」 「いえ、僕が付いて来たんですから。すいませんでした、余計な事して」 「いえ、貴方のおかげです。私たちは怖かったんです。こうなることも解っていたし。でも、乗り越えられなかった」 雅之は、二階が気になっていた。どうなっているのだろうか。 「もう一度二階に行ってきます」 「お願いします。私は、此処にいます」 母親は、そう言い雅之を見送った。雅之は、階段を上りながら、これからどうすべきか考えていた。 「お兄ちゃん、死なせてほしいの」 佑美は、和宏の腕の中でそうつぶやいた。 「何言ってるんだ。死んでどうするんだ」 強い口調の和宏に、 「生きていても何もない」 「死んで圭一君に会える訳じゃないんだ」 「解っているわ、でも、生きていたって会える訳じゃない」 「佑美」 今の佑美には何も伝わらない。どうしたらいいんだ。 「お兄ちゃん、圭君どうして死んじゃったのかな」 「それは」 和宏には答えられなかった。その時、声が聞こえた。 「ちょっといいか」 雅之が声をかけた。 「大丈夫か、すまなかったな」 「大丈夫だよ。ちょっと、佑美ちゃんと話をしたいんだ。二人だけにしてくれないか」 和宏は、怪訝そうな表情をしたが、 「解った」 と言いながら、部屋を出て行った。
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