気が付くと、ベットの上だった。側には、和宏が座っていた。その向こうに誰かが立っている。母だった。母は、白いハンカチを目頭に当て、涙を拭いていた。 「私、どうしたの?圭君の所に行かなきゃ」 佑美は、起きあがり、ベットを降りようとした。 「もう少し休んでおいた方が良い」 和宏は、起きようとする佑美を優しく押さえようとしたが、 「でも、圭君が待ってるから、行かなきゃ」 佑美は、和宏の手を振りほどいた。 「佑美」 「どうして、行かせてくれないの。お兄ちゃんの血、輸血してくれたじゃない。だから、元気になってるよ。あっ」 佑美の頭の中に医者の声が響いた。 『申し訳ありません』 「圭君、死んだんだ」 佑美は、そのままベットに横たわった。そう、圭君は、もう居ない。佑美の目に涙が溢れてきた。圭君は、もう居ない。 次の日の夜、圭一の通夜が、自宅で行われた。佑美は、病院のベットの上だった。結局、圭一の死を知り、嘔吐が続き、食べ物も受け付けず、そのまま点滴をされた。だが、圭一の側に行くと暴れ、点滴を外し、手をつけられない状態になり、鎮静剤を打たれ、一晩眠らされていた。佑美は、何度も同じ夢を見た。圭一が血まみれで、「ごめんね」って言うのだ。 「ごめんね、佑美ちゃん」 優しい笑顔で圭一が言うのだ。 佑美は、静かに目を開けた。 「圭君」 佑美は、圭一の顔に触れようと手を伸ばした。圭一の頬に手が触れた。そっと、圭一が佑美の手に触れた。 「圭君、良かった」 安心して、また眠りについた。 和宏は、眠りについた佑美を辛そうに見ていた。僕を圭一と勘違いしている。やはり、僕たちは似ているのだ。一体いつになったら僕と圭一を見分けることが出来るのだろうか。 和宏は、そっと外に出た。佑美は、これから僕を見るのが辛くなるのではないか。そうなったら僕は、どうしたらいいのだろう。 通夜には、佑美両親が出向いた。そして、そのまま泊まってきたようだった。和宏は、何故、泊まったのか知っていたが、佑美には、何も話していなかった。話すのが怖かったから。 佑美は、何度か目を覚ましたが、和宏の顔を見て安心して眠った。和宏は、佑美が起きると笑顔で迎え、眠ると辛くなった。このまま退院できないのだろうか。 「とんとん」 「はい」 入ってきたのは、雅之だった。 「佑美ちゃんは、どうだ?」 「外に出ようか」 和宏は、佑美の様子を伺いながら外に出た。ロビーに行き、和宏は、缶コーヒーを二本買い、雅之に渡した。 「どうなんだ。おれ、今、葬式に行ってきたよ。お前の両親が居たぞ」 「ああ、そうだな。佑美は・・・圭一君の死を受け入れられていない。僕が悪いのかもしれないが。でも、どうしようもない」 和宏は缶コーヒーを開け、一気に飲み干した。 「お前が悪いって?」 「僕を、圭一君と勘違いしている。目が覚めて僕を見て安心してまた眠るんだ。ずっと、眠っている」 「そうか」 雅之もコーヒーを飲み干した。 「今日の夜から、母が代わるから。ただ、僕が居ないことが良いのかどうか僕も解らない。僕は、早く佑美を連れて帰りたい。こんな所にいたって佑美は、同じだし。でも、僕は、何も出来ないから」 雅之は、和宏の悲痛な心の声を聞いたような気がする。 その夜、疲れた顔で、母親が病院に訪れた。和宏は、母親とロビーに行き、少し話をした。 「葬式どうだった?」 「向こうの親御さんが、可哀想だったわ」 「そう」 和宏は、何から聞いたらいいのか解らなかった。 「貴方は、知っていたの?圭一さんの親御さんのことを」 「ううん、何も。ただ、気にはなっていた。佑美が僕にそっくりなんだって言ってたときから。僕は、酷いことをしたよ。殴ったんだ、弟を」 そう、圭一は、和宏の腹違いの弟だった。 「貴方のお父さんと話をしたわ。貴方を遠くから見て、どうやって声をかけたらいいか困ったって。でも、ゆっくり話をしたいそうよ」「かあさん、今までありがとう。でも、僕は、どうしたらいいのか」 母は、ため息をつき、 「お母さんは、貴方を手放す気はないわ。ずっと、私の子供だと思っているわ。だから、変なこと考えないで」 「大丈夫だよ、母さん。とうさんは、どうしてる?」 「父さんは、大丈夫よ。久しぶりに貴方のお父さんに会えて喜んでいたわ。でも、こんな形では会いたくなかったわ」 そうだろう。僕だって、弟ともう少し話していたかった。和宏は、初めて涙が溢れてきた。どうして、圭一は死んでしまったのか。「和宏、辛いでしょうが、しっかり前を向いて歩いてほしいの。佑美の為にも」 佑美、そうだ。僕は今、守らなければ行けないのだ。佑美の事を。 「母さん、僕は今夜まで付いておくよ。明日、また来てくれる。明日から学校に行きたいし、別に急ぐ用事があるわけじゃないから、何時でも構わないけど。今夜はゆっくり休んで」 「ありがとう。和宏は、いつも、私達にそうやって気を遣ってくれていたわね。でも、甘えてくれても良いんだからね」 「僕は、充分甘えてるよ。僕が、辛いときはいつも解ってくれていたし」 和宏は、母親を送っていった。 「じゃあ、今夜までは甘えるわ」 母親のやつれた背中を見つめ、和宏は、ため息をついた。 佑美は、まだ眠っていた。早く元の佑美に戻ってほしかった。僕に出来ること、和宏はずっと考えていた。今は、圭一になることだけだ。だが、それは偽りの現実。佑美は、幸せじゃない。早く、現実を知ることだ。佑美は、どんな夢を見ているのだろう。 次の朝、母親と交代し、和宏は大学に向かった。だれも、今回のことは知らない。知っているのは、雅之だけだった。だが、雅之は普段と変わらず接してくれることがありがたかった。 「今日は、早めに帰ったらどうだ」 コーヒーを入れてくれた雅之は、和宏にそう告げた。 「ああ、でも、帰ってもどうしようもないから」 「寝てないんだろう。お前が倒れたらどうするんだ」 「僕が、倒れて佑美が幸せになるんなら」 「ばかか、おまえは」 そう叱ってくれる雅之の言葉が、救いだった。 「佑美ちゃんは、そんなに弱くないぞ。おまえがそんなんでどうする」 「解ってるけど」 コーヒーを飲みながら佑美の事を考える和宏だった。 夕方、病院に行くと、佑美はまだ目覚めていなかった。 「母さん、僕が付いているから帰って良いよ。また明日代わってくれる?」 「解ったわ」 母親には明らかに疲労が見られた。母親を送り適当に夕食を済ませ、佑美のベットの側に腰掛けていると、ここ何日かの疲れが出てきた。
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