佑美と圭一は、何も話さずマンションまで歩いた。駐輪場に圭一が自転車を置くのを眺めながら佑美は、 「本当に良いの?」 「何が?」 自転車に鍵をかけながら、圭一が尋ねた。 「結婚のこと」 「佑美ちゃんは、嫌なの?」 「ううん」 佑美は、首を振った。 「僕は、真剣だから。それにね、君の両親を説得する自信はあるよ」 圭一は、笑った。その笑顔を見て、佑美も信じようと思った。 日曜日の夜、圭一からメールが入った。 『両親は、何とか結婚を許してくれたよ。でも、相手のご両親が反対したら駄目だと言われた。近いうちに君のご両親に会いに行くよ』 佑美は、嬉しくて何度もメールを読み返した。 その夜、佑美は、母に圭一の事を告げた。「私ね、結婚したい人がいるの。同じ年なんだけど、一度会ってくれる」 「結婚なんて、まだ、未成年でしょう。それに大学はどうするの。その人も大学生でしょう?」 「うん、学費は申し訳ないけどお母さん達に出してもらう。でも、生活費は、彼が何とかするって」 「何とかするって言っても」 母の戸惑いはありありと解る。 「彼が、近いうちに来るから、その時に聞いて。でも、お母さんも好きになるわ。あのね、お兄ちゃんに似てるの。だから、私も彼にひかれたんだと思うの」 佑美の幸せそうな表情を見て、母親は何も言えなくなった。 「解ったわ、また日にちが決まったら言ってね」 母親は、呆れながら答えた。 佑美は、次の日、圭一に会うなりその事を告げた。 「一月ほど時間をくれる?ちょっと、準備したいこともあるし、本の出版なんかで忙しいから。ちょっと土日は出版の準備とかあるし、平日は大学を優先にしてもらうことになっているんだ。来週の土曜日に僕の本の出版記者会見があるんだ。出版社が僕を売り出していくんだよ。もし、良かったらテレビで大々的に映し出すからお母さん達に見てもらって」 ついにデビューするのか、何となく圭一が遠くなるような気がする。 「でも、僕は僕だよ。いつも佑美ちゃんと居る僕だからね」 佑美の不安を感じ取り、圭一は優しく囁いた。 土曜日の午後、佑美は、テレビを見ていた。圭一から三時から記者会見があり生放送で流れると連絡があったのだ。チャンネルを合わせ、テレビの前に座っていると、和宏が近づいてきた。 「何かおもしろい番組があるの?」 「うん、もうすぐね」 父も母もやってきて、 「じゃあ、コーヒーでも入れましょうか」 と母が、コーヒーの準備を始めた。佑美は、胸の鼓動が早くなるのを感じながらテレビの前に座っていた。母がコーヒーを運んできたと同時にテレビの画面が変わった。 圭一は、沢山の記者の前に作られたテーブルに腰掛けていた。 「もうすぐ始まるからね。よろしく頼むよ」 出版社の代表取締役である新谷が、圭一を落ち着かせるように声をかけてきた。 「はい、よろしくお願いします」 佑美は、見ていてくれているだろうか。圭一は、真っ直ぐ前を見て座った。 「本日は、お忙しい中、トリプル出版社の新人作家の発表にお集まり頂きありがとうございます。ただいまより、トリプル出版社の新人作家を紹介させて頂きます」 新谷はそう挨拶し、 「隣におります東圭一君が、我が出版社の新人作家としてデビュー致しました」 そう紹介されたとたん、カメラのフラッシュの嵐であった。 「あれは・・・」 和宏は、唖然として画面に映る圭一を見ていた。 「あら、知ってるの?」 母親が、暢気に言う。和宏はちらっと佑美を見た。 「あの人と私結婚するの」 佑美は、画面を見つめたまま答えた。 「えっ」 父と母は、驚きもう一度画面を見つめた。 「東・・さんて言うの?」 母は、そのまま何かに驚いたように画面を見つめている。 「和宏に似ている」 母親が呟いた言葉に、父親も反応した。 「そうでしょう。お兄ちゃんのそっくりなの。仕草とかもね。ね、お兄ちゃんもそう思うよね」 「え、和宏も会ったの?」 「そうよ、この前会ってもらったの。ねえ、お兄ちゃん」 「ああ」 「圭君は、出版社と契約して本を書くから生活していく上で問題ないって。だから、結婚しようって。来月正式に挨拶に来て頂くわ」 両親は、驚き、何も言えなかった。圭一はテレビの中で何かしゃべっている。佑美は、その光景を眩しそうに見つめていた。 その後、父親は、自分の部屋に入り、それを追うように母も父の部屋に入っていった。和宏は、ため息をつきながら何も言わなかった。 夕食の時も、父は昼間のテレビに触れなかった。母は、後片づけの時、 「お父さんもお母さんもちょっと、ショックだったの。でも、お父さんは、東さんにお会いしたいと言っていたわ。結婚を認めるかどうかは解らないけど」 それはそうだろう。一度で認められるとは思っていない。だが、反対はしていないようだ。 その夜、圭一からメールが届いた。 『テレビ、見てくれた?凄く緊張したよ』 『見たよ。良かったよ。ますます圭君が好きになりました』 佑美は、少し照れながらメールを送信した。 『これで僕の収入も安定するから、早く結婚したいね』 佑美も、切実に感じた。 十一月に入ったある月曜日、圭一と待ち合わせして買い物をし、マンションに向かった。煮込み料理を作りながら佑美と圭一は、リビングで勉強をしていた。いつも二人の日課だった。いつものように夕食を済ませ後片付けをしているとこの季節には珍しい雷と共に激しい雨が落ちてきた。 「圭君、凄い雨。どうしよう」 佑美は窓の外を眺めながら、困った表情をした。 「何時に帰るって言ってあるの?」 「九時に帰るって」 佑美は、ため息をついた。 「このまま泊まれたらいいのにな」 佑美は、呟いた。でも、両親は、佑美が恋人の部屋にいることは知っている。そんなところに泊まって良いなんて言うはずがない。「私、ちょっと、電話してみる」 時間は八時半だった。 「お母さん、雨が強くて、帰れないの。どうしよう」 母親は、佑美に何か言っているようであった。 「そうなの。友達のおうち。泊めてもらえるけど」 佑美は、母の声に返事している。 「駅前よ。駅まで歩いて一分くらいかな。うん、わかった」 佑美は、電話を切った。 「どうだった?」 「お兄ちゃんが迎えに来るって。駅で待ってなさいって」 佑美は、少しがっかりした。圭一も、期待していたようだ。 「やっぱり泊まるのは難しいね」 佑美が呟くと、 「そうだね」 圭一も寂しそうに答えた。そのまま佑美を抱きしめた。 駅に着いた和宏は、佑美を探した。携帯電話で佑美の番号を押した。何回目かのコールの後、留守番電話に変わった。和宏は、何も言わず、電話を切った。圭一と居るのは解っている。いつまでも一緒にいたいのも解る。だが、それを許すわけにはいかない。両親のためにも。和宏の電話のベルが鳴った。 「もしもし、あ、佑美?お兄ちゃんは駅前に居るよ」 出来るだけ優しく告げた。しばらくすると、 「ごめんね。ありがとう」 と言いながら、助手席に乗り込んだ。和宏はちらっとバックミラーなどを使い周りを見たが、圭一の姿を見つけられなかった。圭一とは一緒じゃなかったのだろうか。佑美は、ぼんやり窓の外を眺めていた。 「お兄ちゃん、結婚したい人、居る?」 「いや、いないよ」 和宏は、どきっとした。そんなに圭一と居たいのだろうか。それ以上、お互い何も話さなかった。 それから暫くたったある日、圭一の誕生日である十一月二十日がやってきた。佑美は、圭一の誕生日プレゼントに万年筆を渡した。 「きっと、サインを書いたりしなきゃ行けなくなるでしょう」 「ありがとう。僕からも君に話があるんだ」 「なに?」 「今度の日曜日に伺って良いかな」 佑美は、あまりにも嬉しい知らせで、言葉にならなかった。 「きっと、一回では許してもらえないと思うけど、何度も通うよ」 「うん」 佑美は、溢れてくる涙を止められなかった。 「僕は、必ず君を幸せにするよ。僕は君以外の女性は考えられないから。ずっと、一緒にいようね」 圭一は、佑美を、そっと抱きしめた。そして、甘いキスをした。佑美は、幸せの頂点に居た。このままこの幸せが続くことを圭一の腕の中で祈っていた。 日曜日、佑美は、朝から落ち着かなかった。両親には、圭一の誕生日に帰ってすぐ話した。二人とも「わかった」と答えた。その表情は、緊張しているようであった。 朝から何度も時間を気にし、約束の一時までにはまだまだあると解るとため息をついた。 和宏も、落ち着かなかった。両親は結婚を許すのだろうか。許してほしくないと思う自分が情けなかった。 だが、一時少し前で、佑美をはじめ家族の緊張がピークに達しているとき、和宏の携帯電話が鳴った。
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