佑美は、海の見える公園までついてほっとした。 「佑美ちゃん、ごめんね。家まで送るから」 佑美は、素直に送ってもらうことにした。外は真っ暗で、こんなに遅く一人で歩いたことなんか無かったので怖かった。 だが、家が見えてくると門の所に人影が見えた。まさか、佑美は、和宏だと直感的に思った。 和宏は、家でいらいらしながら待っていたが、外に飛び出していた。家の中では、落ち着かないのだ。かといって、外でも一緒だった。いらいらしながら佑美の帰りを待つ。手にはしっかり携帯電話を握りしめ、誰か坂を上がってこないかとずっと見つめている。そこへ、白のセダンが坂を上がってきた。その車には、佑美が乗っていた。 どうしよう、佑美は、迷った。このまま行けば和宏に圭一を会わせることになる。最悪の状態の中で会わせなければならないのだ。 「いいよ、お兄さんに挨拶するよ」 圭一の言葉が嬉しかった。ただ、兄が怒っていなければ良いのだが。 和宏の前で、車が止まる。佑美は、急いで車から降りた。 「ごめんね、お兄ちゃん。途中で携帯電話の電源が切れるし、渋滞で車動かなくて、連絡できなかったの」 和宏は、ほっとした表情を一瞬見せたが、険しい表情になり、佑美の荷物を抱えた圭一に向き直った。佑美は、荷物を受け取り、 「あのね、今私がお付き合いさせて頂いてる東圭一さん。わざわざ、家まで送って頂いたの」 佑美は、なるべく丁寧にゆっくり紹介した。 「初めまして、東圭一と言います。すいません遅くなって」 和宏は、何も言わず、圭一を睨んでいる。そして、いきなり圭一を殴った。ぐらっと圭一の体が揺れたと思うと、くるまのボンネットに倒れ込んだ。 「僕は、両親に佑美の事を頼まれて居るんだ。僕のやることは両親の意志なんだよ。今まで佑美が、誰かと付き合っていたかは知らないが、いつもきちんと時間には帰るし、連絡も取っていた。君は、佑美と付き合うのをそんないい加減な気持ちで付き合ってるのか。佑美、こんな男、お前には相応しくない」 「おにいちゃん、ちゃんと、留守電に入れていたでしょう。お兄ちゃんの携帯にも連絡を入れたんだよ。電源切っていたお兄ちゃんが悪いんじゃない」 「佑美!」 「佑美ちゃん、僕が悪いんだ。ちゃんと時間配分しなかったし。すいませんでした。でも、僕は、いい加減な気持ちで佑美さんとお付き合いして居るんじゃありません。それは解って下さい。それでは、もう、遅いので失礼します」 圭一は、軽く頭を下げ、車に乗り込んだ。佑美が、駈け寄り、 「ごめんね、圭君。また、連絡するから」 「ああ」 佑美に笑顔を向けたが、和宏に視線を向けるともう笑顔が消え、もう一度会釈した。そのまま車を走らせた。佑美は、暫く車を見送っていたが、大きなため息をついた。 「佑美、家にはいりなさい」 佑美は、和宏に反抗するつもりはなかった。きっと、説得したら気持ちは通じると思っていた。だから、和宏に反抗せずにいようと思った。言われたとおり、和宏の後ろからついて行った。 「佑美、ご飯は?」 「まだ、食べていない。早く帰らなきゃと思ったから。お兄ちゃん、ごめんなさい、私が帰りたくないって思ったの。あの人と一緒にいたいって思ったの」 ふわっと何かが佑美を包み、目の前が真っ暗になった気がした。だが、それは和宏の腕であり、和宏に抱きしめられたのだ。えっどうして、何故?佑美は、訳がわからなかった。でも、その腕の中は何故か居心地が良かった。おかしいけど、和宏の愛に包まれているからかなと佑美は、腕の中で考えていた。 「お兄ちゃん」 佑美の言葉に和宏はびくっとし、離れた。佑美は、不思議そうに和宏を見つめていた。 「ごめんなさい」 佑美の言葉に、 「凄く、不安だったんだ。佑美に何かあったんじゃないかって。それで、佑美の顔を見て安心して、それで、なんかごめん」 和宏は、自分が取り返しの付かないことをしたような気分だった。僕の気持ちを知られたのではないだろうか。どうして佑美を抱きしめてしまったのだろうか。 「お兄ちゃん、何か作るね。ごめんね」 「いいよ。じゃあ、僕も手伝うから」 和宏は、佑美と出来るだけ長くいられたらと思う。きっと、叶わない夢なのだろうが。和宏は、さっきの男の事を思い出した。気持ちが先走り、殴ってしまった。少し、後悔している。佑美は、それでも僕に怒らなかった。きっと、腹立たしかったに違いない。 「佑美、ごめんな、彼氏殴って」 佑美は、ちょっと困った表情で和宏を見ていた。そして、 「ううん、私達が悪いんだから」 私達、その言葉に胸が痛んだ。佑美は、あの男に出会って少し、いやずっと大人になったのかもしれない。 「彼ね、東圭一さんと言うの。同じ大学の理工学部なの、でも、お兄ちゃんとは違うみたい。それに、同じ一回生なの」 「そうか」 僕は、動揺している、と和宏は思った。その男の名前を告げる佑美の誇らしげで幸せな表情は、僕の前では見せてくれない。いつも、こんな表情であの男と話して居るんだろうか。「彼ね、お兄ちゃんと凄く似てるの。顔といい、表情といい、だから、彼と話が出来たの。もし、お兄ちゃんに似ていなかったらきっと彼と付き合うことはなかったと思うの」 佑美にとってそれは本心だった。和宏と似ているけど和宏と違う圭一を好きになった。だが、きっかけは、和宏が作ってくれたような物だ。 「そんなに似てるの」 和宏の心は、複雑だった。僕に似ている、だから、圭一と知り合った。佑美の本当の気持ちが知りたいと思った。それは、きっと、難しいことなのだが。 「彼は、怒ってないかな」 「どうして?」 「殴ってしまったから」 佑美は、少し笑い、 「彼は、きっと、私が怒られて居るんじゃないかと心配して、殴られたことなんか覚えてないよ」 佑美の笑顔は、幸せそうだった。 そして、その頃、圭一は、自分の部屋でメールを打っていた。いつこのメールを読んでもらえるか解らないが。佑美は、お兄さんに怒られていなかっただろうか。だが、僕によく似ていた。いきなり殴られて少しパニックになったが、それでもあまりに似ていたので怒る気にもならなかった。僕の本当の兄さんもあんなに似ているのだろうか。圭一は、自分の兄に会いたいと思う。 『佑美ちゃん、今日はごめんね。お兄ちゃんに謝っておいてね。じゃあ、おやすみ』 それだけ打つと送信した。送信した後に、少し後悔した。佑美を労る言葉が足りなかったような気がする。だが、もう一度送信する気にはなれなかった。何故か和宏の顔が浮かんだ。殴られた頬も痛んだが、それよりも和宏とゆっくり話をしてみたいと思った。
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