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作品名:海の見える公園にて 作者:さらら

第16回   16
 和宏は、ようやく家に着いたが、明かりが灯っていない事に不安が襲う。大学を出る前に、携帯電話の電源を入れ、佑美に連絡を入れたが、電源が入っていないとのアナウンスが流れ、急いで帰ってきた。今朝早くから出掛け、その姿があまりにも幸せそうで、少し寂しくなったが特に何も言わず送り出した。出掛けるときは、遅くなるようなことは一言も言わなかった。和宏は慌てて玄関を開け、部屋に入った。昼間の熱気が残る部屋の中で、赤い光が点滅しているのが見えた。部屋の電気を点け、リビングに置かれている電話の留守電を聞いた。
『お兄ちゃん、私だけど、ちょっと、遅れます。友達と一緒だから心配しないで』その後空しく機械音がピーと響いた。和宏は、ふうとため息をついた。友達は、あの男に違いない。空しさが心を埋め尽くしていく。嘘を付かれたからじゃない。佑美がどんどん僕の手の届かないところへ行ってしまいそうで。それに、佑美を失った後にこの空虚感をどう埋めたらいいのか和宏には解らなかったのだ。失いたくなかった。ずっと、一緒にいたかった。僕の密かな小さな希望だった。僕が幸せを望んで良いのなら、その時は佑美と思っていた。佑美の事を諦めようと思い、違う女性と付き合ってみた。だが、駄目だった。やはり、佑美でなければ行けないのだ。僕は、横川家の子供ではない。それを知った中学一年の夏、家出をした。何処に行くとか決めていなかった。取り敢えず家を出た。行く当てなんか無かった。ただ、僕はこの家にいてはいけないんだと思った。僕の場所じゃないと思っていた。だが、行く当てもなく、夕方、いつもの海の見える公園でぼんやり座っていた。そんな僕を見つけ、父が優しく包むように僕に声をかけた。
「どうしたんだ。もう、帰ろうか。母さんも心配してるぞ」
 僕は、静かに泣いた。声を殺して父に涙を見せずに。父は、僕が泣きやむのを静かに待ってくれた。僕は、泣きやみ呼吸を整えた。
「父さん、僕は、このままこの家にいても良いの」
 一瞬、父は、僕を睨み、続いて悲しそうな瞳で、
「お前は、うちの大事な息子だ。何処にも行かさない」
 父の力強い言葉を聞いて、僕は、この家族を守っていこうと思った。僕を育ててくれたこの人達のために。そう、此処では僕の居場所を作らなければ行けないのだ。
 その後、母は、僕の出生の時の話をしてくれた。横川の母と僕の産みの母は、同じ病院で出産した。出産時期も同じだったので、病院で知り合い、同じ一子目と言うことで気があったらしい。それで、お互いの子供の誕生を待ちわびていた。そのうち父親同士も顔見知りになり、子供が生まれた後のお互いの交流も楽しみにしていた。それが、横川家では、長男を失い、もう片方の家族は、母を失った。お互い悲しみの中でどう乗り切って良いのか解らなかった。横川の母は、飲ませるはずの母乳を絞りながら泣いていた。長い一週間の入院を乗り切るにはどうすることも出来なかった。片方の残された赤ちゃんは母の愛を知らず泣いていた。横川の母は、その赤ちゃんが可哀想になり、また、その赤ちゃんの父親は、悲しみとこれからの生活に途方に暮れていた。
「私に育てさせてもらえませんか」
 横川の母は、赤ちゃんの父親にお願いしたそうだ。横川の母は、生まれた赤ちゃんを自分の子供のように育てていった。そう、死んだ子供の生まれ変わりのように。そして、手放せなくなってしまった。和宏と名付けられたその子は、横川の母に抱かれているときだけ笑った。和宏の本当の父親に抱かれても泣くばかりだった。和宏の父は、自分が育てていく自信をなくし、横川の両親と相談したらしい。横川家に養子にするという話はすぐに決まった。ただ、その後どうするのかで三人は悩んだそうだ。横川の両親は、その父親との交流を続けたいと思ったらしいが、和宏の父親は、自分は子供を育てられないと自己嫌悪に陥り、会わないと決めたらしい。
「横川家の子供として育てて頂けませんか」
 そう頼まれ、横川の両親は承諾した。次の子供をなかなか作らなかったのも、和宏を差別するかもしれないと思った両親の配慮だった。そんなことなど一度もなかったのに。何故、和宏が横川家の子供じゃないと知ったのか。それは、机の上に仕舞い忘れた戸籍抄本だった。別に見るつもりはなかったのだが、何気なく開いたその紙には、養子と書かれていた。和宏は、一瞬見ては行けない物を見た気がした。僕の両親の名前は、そう思い文字を追っていくと、父が現れたのだ。僕は、思わず紙を落としてしまい、その落とした紙を拾った父は、とても悲しい目をしていた。僕は、家を飛び出し、家出を決行したのだ。別に横川家が嫌だったんじゃない。ただ、僕の場所を知りたかっただけだった。結局僕は横川家にいる。未だにどうしたらいいのか迷っている。ただ、僕の救いは、佑美が僕になついて僕の側にいてくれたことだ。そして、次第に佑美を妹ではなく、一人の女性と見るようになった。佑美が、公園でキスしている姿を見たとき、僕は、嫉妬で狂いそうだった。あんな男に奪われるなんて信じられなかった。佑美は、僕の物だ。だが、佑美は、僕の気持ちなんて知らない。知られても困るのだが。そうなったらもう一緒に暮らせなくなる。僕は、佑美を失うことが今一番怖いのだ。
 今日は、きっと、例の彼とデートに違いない。それにしても、和宏は、時計を見た。十時十分前。留守電は、六時過ぎに入っている。もう一度、佑美の携帯電話に電話した。空しく同じアナウンスが聞こえるだけだった。何かあったのだろうか。今まで遅くなるときは必ず連絡してきたのに、どうしたんだ。


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