7月に入り、夏休みを間近にしたある日、佑美は、圭一といつもの公園で話をしていた。今日は、圭一がバイトがない日なのだが、佑美は、あんまりゆっくりも、していられなかった。だが、いつも、言い出せなくて、ずっと圭一と居たいと思っていた。 その頃、和宏は、雅之の部屋にいた。ぼんやり窓から見える海を眺めていた。 「横川、どうした?元気ないな。何かあったのか?」 「うん、まあな」 ぼんやりと沈んでいく夕日を眺めていた。 圭一は、佑美になかなか言い出せないことがあった。楽しい話なのに、どう切り出したらいいか迷っていた。佑美は、そんな圭一の気持ちも知らないで沈んでいく夕日を眺めながら、もう、帰らなきゃと一人考えていた。もう少し一緒にいたい。佑美は、いつも考える。だが、和宏がいつ帰ってくるか解らないし、友達と遊びに行っていたと言ったら良いのだろうが、きっと、和宏は責めたりしないのだが、後ろめたい気がしたのだ。やっぱり帰ろう。もう、限界だ。佑美は、立ち上がった。 圭一は、佑美が、いきなり立ち上がり、びっくりした。 「どうしたの?」 「うん、もう帰らなきゃ。いつもごめんね」 「いいよ、仕方ないよ。あの、佑美ちゃん、帰る前にちょっと話があるんだけど」 「なあに」 真剣な表情の圭一に、少し不安を感じた。「あの、本当は一泊でと思ったけど絶対無理だろうから、日帰りで何処かに出かけたいと思って居るんだ。夏休み、出られる?」 圭一は、言いにくかったようで、掠れた声で話した。 「うん、行きたい。わあ、楽しみ」 圭一は、思わず佑美を抱きしめた。ふわっと圭一の香りに包まれて佑美の胸は高鳴った。そっと圭一の唇が佑美の唇に触れた。佑美は、圭一に身を任せ、幸せに包まれていた。 和宏は、ふと下を見た。そこにはいつもの公園がある。佑美と良く来る公園だ。雅之のマンションは、公園の真ん前にあったのだ。二階の部屋からは良く公園の様子が見えた。和宏は、いつも座るベンチの側に目が釘付けになった。そこには佑美がおり、和宏の知らない男が佑美の側におり、何か親しそうに話していた。そして、いきなりのキス。和宏は、怒りでいや寂しさだろうか空しさ、何だろうこの感覚は、大切な物を奪われてしまい何もかも失ったような。 「どうしたんだ」 雅之は、様子がおかしい和宏に近づいた。和宏の視線を追い、その先にキスをしているカップルを認めた。 「おまえ、のぞきの趣味があったのか。でも、大胆だな、見られてないと思ってるんかな」 そういう雅之も表情が変わった。愛おしそうに離れる二人の顔には、見覚えがあった。「佑美ちゃん」 その声にはっとした和宏は、慌ててカーテンを閉めた。カーテンを握りしめ、和宏は震えていた。何故か雅之は、殺気を感じた。このまま帰してはまずいような気がした。温厚な和宏が佑美に対して何かをするとは思わないが、もしかしたらと不安を感じさせる雰囲気があったのだ。 和宏は、カーテンから手を離し、玄関に向かった。 「ちょっ、ちょっと待ってくれ。横川。少し頭を冷やせ。佑美ちゃんだってもう十九歳なんだし」 「十八だ。あいつは十二月が誕生日だから。年なんて関係ない。それに、こんな人目の付くところで。いったい何考えて居るんだ。それに」 雅之は、思わず吹き出した。それを横目で睨みながら、 「何がおかしいんだ。佑美が公衆の面前で」 「まあ落ち着け。ここからは見えるけど下からなら見えないと思うよ。それに、家に連れ込んだわけじゃないし、可愛いもんじゃないか」 「佑美がそんな事するわけ無いじゃないか」 雅之はため息をついた。何を言っても今は駄目だ。ふと佑美は、あの男性を紹介したのだろうか。知らなかったら尚更ショックは大きかったに違いない。 「横川、今日は二人で飲もう。なっ、色々言いたいことあるだろうし。外に行くか。あ、やっぱりうちにしよう。買い物に行こうか。何もないし」 雅之は、少しカーテンを開け、佑美の姿を確認しようとしたがすっかり暗くなり、公園には人影が見あたらなかった。雅之は、ほっとした。 「さ、出掛けるぞ」 渋る和宏を引っ張り、雅之は出掛けた。 ある程度買い物が終わり、マンションの前まで帰ってくると、和宏は、じっと、公園を見つめていた。 「俺、帰るわ。佑美が、待っているし」 「俺も行く。ほらつまみもあるし、なっ、良いだろう」 和宏は、渋々頷いた。二人で和宏の家に向かったが、何も言わなかった。 「なあ、和宏、佑美ちゃんももう十九歳になるし、大学生だし、今まで彼氏が居なかった方がおかしいと思わないか。あんなに可愛いんだから。俺だって狙っていたんだぞ」 「お前なら良いと俺は考えていたんだ」 「あ、そうか」 雅之は、言葉がなかった。俺は和宏に認められていたのか。でも、どうしてだ。 「どうして俺なら良いと思ったんだ」 和宏は、少し考えていたが、 「お前の性格なら佑美を不幸にすることはないから」 雅之は、ため息をついた。和宏、おまえは間違って居るぞ。幸せとか不幸せって他人には解らないと俺は思う。他人から見ただけではそう簡単には解らない。雅之は、自分の何を見てそう感じたのかどうも理解できなかった。俺は誰も愛せないのかもしれない。雅之は、誰にも理解してもらえなくても良いとさえ思っていた。 和宏は、家に着くと、深呼吸し、扉を開けた。 「お帰りなさい」 扉が開く音に気付いて、佑美が、駆けてきた。 「こんにちは。今日、お邪魔して良いかな」 佑美は笑顔で、 「はい、どうぞ。お兄ちゃん、ご飯、出来てるよ。お風呂はいってくる?」 「おお、横川、入ってこい」 「余計なこと言うなよ」 そう言いながら、和宏は、浴室に消えていった。雅之は、苦笑いを浮かべていた。 「中井さん、どうかしたんですか」 佑美は、不思議そうに雅之を見つめるので、雅之は、メモ用紙を取り出し、 「明日、休みだけど、時間があったら、電話してくれないか」 そう言いながら、メモを渡した。佑美は、メモを開くと携帯電話の番号らしきナンバーが並んでいた。 「あの・・・」 「ごめん、電話してほしいんだ。大事な話だから」 佑美は、いろんな事を考えた。和宏が何か困っているのだろうか。それとも、何か自分には想像できないことなのだろうか。 「明日、授業が終わってからで良いですか」 「ああ、待ってるから」 和宏は、どうしても佑美と雅之を二人きりにしたくなかったのですぐにお風呂から出てきた。 「余計な事を言ってないだろうな」 お風呂から上がるなり雅之に確認する和宏。ああと雅之は返事をした。不機嫌そうな和宏は、佑美と目を合わせようとしなかった。夕食を食べながらでも静かな物だった。和宏も実はどうしたらいいのか解らなかった。本当のことを知るのが怖いのだった。佑美から事実を突きつけられたらどうしたら良いのか、自分がどうなるのか解らないので怖かったのだ。僕は、佑美を失うのが怖いんだろうか。そうに違いない。 あまり不機嫌そうな雰囲気に、佑美もどうして良いのか解らなかった。和宏は、何を怒っているのだろうか。雅之が伝えたいことはそれだったのだろうか。 「私、宿題があるから上がるね。中井さん、ゆっくりしていって下さいね。あの、泊まるときは言って下さい。お布団、出しますから」 そう言い、佑美は、部屋に引っ込んだ。和宏は、佑美が二階へ上がる足音を聞きながら、小さくため息をついた。 「横川、気になるんだったら佑美ちゃんに直接聞いてみたらどうだ。佑美ちゃん、気にしてるし」 和宏は、ビールを飲み干し、 「怖いんだ」 「うん?何が」 「佑美に・・・あ、いや何でもない。ただ今日だけは、立ち直れそうにないんだ。明日は、佑美に笑顔で接するように努力するよ。悪かったな、中井。明日は大丈夫だから」 雅之は、和宏の思い人は、佑美なのだと確信した。佑美ちゃんに恋してもどうしようもないよ、横川。雅之は、そう心の中で呟いた。 次の日、佑美が起きると、和宏と雅之はソファーで寝ていた。佑美は、ため息をつきテーブルの上を片付けた。 「あ、おはよう」 和宏は、眠そうに目をこすりながら佑美に声を掛けた。佑美は、ほっとし笑顔で、 「おはよう。朝ご飯、食べる?」 「いや、コーヒーだけ入れてくれる」 「うん」 佑美は、コーヒーの準備を始めた。良かった、いつものお兄ちゃんに戻って。佑美は、ほっとして何だか熱い物が込み上げてきた。「はい、お兄ちゃん。中井さんの分もあるから後で入れてあげてね。私、もう行くね」 佑美は、笑顔で和宏に手を振りながら出て行った。扉の外で、佑美は、こぼれた涙を拭き、坂を駆け下りていった。 「良かったな」 扉に手を振る和宏に向かい、雅之が声を掛けた。 「なんだ、起きてたのか。佑美が、コーヒーを入れてくれたぞ。飲むか」 「当たり前だ、飲むに決まっているじゃないか。寝たふりするのも大変だ」 雅之は、伸びをしながらそう答えた。 「そうか」 雅之の前にコーヒーカップを置き、和宏はコーヒーを飲み始めた。沈黙の中、二人は、何となく満ち足りた時間を過ごしていた。きっと、これは佑美が入れてくれたコーヒーのおかげだろうと二人は感じていた。
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