「横いいかい?」 風になびく長髪を手で払いながら男は二郎に近づいた。 全身スーツに身を包んだ優男、必要以上なほどに顔に付けている笑顔が印象的だ。 二郎は記憶を辿るがこの男と面識はなかった。 「誰だ。お前は」 男は優雅なつもりか再びゆっくり髪を払うと会釈する。 細い指先は円を描き自分の胸に沿えた。 「これは失礼。私の名前はサムエル・トロスと申します。あなたは草薙二郎さんですよね?」 二郎はそっけなく答えた。 「ああ」 ここは東側の二階の観客席。その一番前の手すりに二郎は寄りかかっている。 サムエルと名乗った男はさらに口の端を上げると、 「ふふ、私のことは興味ないようですね。これでも私はこの大会の参加者ですよ」 「……そうか。だが敵同士が馴れ合っても意味はない」 サムエルは胸に置いていた手を離し、見えない何かをなぞるように虚空を滑らせ額に乗せた。頭を大げさに振る。 「つれないですね。あなたの戦いぶりを拝見しました。素晴らしい力をお持ちだ。大いに決勝が楽しみですよ」 二郎の眉がピクンと上がる。 「決勝だと?」 優男は笑顔を崩さない代わりに両腕を広げた。まるでハグをするように。 「そうです。私と貴方なら最高に胸躍る試合ができる。私はそう確信しています」 二郎は視線をリングに戻して鼻を鳴らした。 「ふん、貴様がどれぐらい強いかは知らんがワンには劣るだろう」 「ワン?」 「ああ、リザーバーになっている男だ。俺はそいつと戦いたい」 突然体勢を崩したかと思うとサムエルは腹を抱え声に出して笑い出す。 「くふ…くく。ふぅ、あなたもおかしな事を言う。補欠が私より強いだなんて顔の割におもしろい冗談を言いますね。草薙選手」 二郎はもう一度鼻を鳴らした。 「無駄話に付き合うつもりはない。この試合が終われば準決勝の試合がある」 そう言って手すりを強く握る。同時に肩に女のような細い手の感触が起こる。 「まぁ、待ってください。彼女は大丈夫なんですか?」 二郎は肩越しに振り返る。 「アンナの事か」 サムエルは笑みを微笑にまで落としてから頷いた。 「あいつは無事だ。今は医務室で眠っている」 「そうですか」 すぐに最上級の笑みが形成されるが二郎は手すりを軸に回転してリングのそばにまでジャンプしていた。
『では、準決勝を始めたいと思います』
相変わらずアイスの声が会場を包む。 観客も前半で盛り上がり過ぎたせいかハイでもなくロウでもない子供の運動会ぐらいの声援だ。
『両者リングに居ますね。では草薙二郎選手対モース・モース選手レディ・ファイト!!』
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