一日ベッドで過ごした俺にアンナが遅い昼飯を買ってきてくれて空っぽの胃に流し込んだ。礼を述べるとアンナは、「いいよ、助けてもらったのは私の方なんだから。それに二郎動けないでしょ。当然だよこのくらい」と快活な笑顔で返事してくれた。夜も同じようにアンナが食べ物を買ってきてくれた。パンと豚肉を近くの商店街で安く入手したとのことであった。
夜も更け、とうとうワン・リーは帰ってこなかった。俺とアンナはこの部屋で一夜を明かすことにした。自室に戻るのは身体上困難でアンナの部屋も扉が壊れていて吹き抜け状態だから泊まる所はここより他はなかった。 「本当にいいのか、そこで?」 「うん、大丈夫だよ」 一つしかないベッドは占拠しており、残された選択は下の絨毯に寝そべるか、隅にあるテーブルの椅子しかなかった。アンナは後者を選び、部屋の灯りを消してガタッと音が聞こえるとすぐに静かな寝息を奏でた。今日一日表情には出さなかったが、やはりアンナも疲れていたのだろう。それも当たり前で、アンナ自身も昨日ジョンの襲われたのだ。本人は平気と言っていたが多少なりとも傷や疲労感があってもおかしくはない。それなのに健気に尽くしてくれたのだ明日改めて感謝せねばなるまい。 しかし妙だな。ワンの奴はなぜ戻って来ない。あいつ今何をしているのだろうか? まさかあの後また仮面に襲われたのか? と思考を巡らすも知る術はなく行動も出来ず時間は刻々と時を刻み、深い泥沼に沈んでいく感覚に襲われて目を閉じた。
次の日―――――― 朝日が目に染みるように燦然とし、意識が覚醒する。 「う…ん…」 まさに爽快な目覚めだった。頭がスッキリしていて、気分が良い。体はまだ少しダルさとあちこち痛みが残っていたが昨日に比べると雲泥の差だ。半身を起こして右手の拳を握った。 「イケる、全然動ける!!」 これならば今日の大会は支障なく戦えると自然に笑みがこぼれた。中央に飾ってある時計を見るとまだ七時半で大会開始までは時間にも余裕がある。戦いに向けて心を落ち着かせるには十分だ。さてと、アンナはと? 部屋の隅を見る、網膜にアンナが映ると目を眇めた。当のアンナはまだ寝てはいたものの椅子から転げ落ちたのだろうか自分でそうしたのかは定かではないが絨毯で横になっていた。足は大開脚していて両手はバンザイと上げている。ただそれだったら寝相が悪い奴だなで終わるんだが。な、なんとアンナのTシャツがめくれ上がってメロンのような大きい物体の半分が見えてしまっている。角度によっては先っちょまで見えてもおかしくはない。 当惑してから考えた末に、「うん、おほん! おほん! おほん!」と大きくわざとらしく咳込んだ。これで起きてくれと願いながら。 「…う〜ん…」 アンナは唸ると寝返りを打った。 「ぶーーー!! ごほごほ!」 今度は本気で咽いでしまった。しかも勢いよく鼻血が飛び出しボタボタと流れる。ベッドのシーツにも落ちて滲んでしまった。なんとアンナはこちらに寝返りをしたのでモロにアレが見えてしまったのだ。 「がはっ、がはっ!」 まだ呼吸困難に陥っていたがベッドから抜け出すとティッシュを雑に二、三枚引き抜き、鼻の二つの穴に丸めて詰め込んだ。そして出入り口のトビラまで歩くと振り返り握っていた手の親指を立て、呟いた。 「アンナ…グッジョブ!」 そして、そのまま部屋を後にした。さすがにあのまま部屋にいたら理性を失いそうだった。 半時ほどウロウロして部屋に戻って来るとアンナはすっかり起きていた。さきほどのような着衣の乱れもなく静かに椅子に座っていた。ほっとしたような、でもちょっと残念なような複雑な気分だった。アンナは俺に気付くと満面の笑みであいさつしてきた。 「おはようー、二郎。どこ行ってたの? 私が起きたらいなかったからビックリしたよ!」 「ああ、ちょっとな…ウロウロしてた」 「しかも、ベッドにべっとり血が付いててダブルショッキングだよ!」 「それは…ちょっとね…」 ぷつぷつと額に油汗が浮き出てくるのを感じながら話題を変えた。 「ア、アンナ! それより大会の時間までもう一時間を切ってるんだ。さぁ行くぞ!」 「うん、そうだね! よし大会頑張るぞ〜!!」 そう、よからぬ暗躍を内包する武術大会がいよいよ開催されるのであった。
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