細い通路を走る要領で足を動かすが、体がなかなか思ったように動かない。ほとんど歩いているようなもんだった。それに。 「アンナって女の部屋はどこなんだ?」 さっきの変態タイツヒゲ野郎に場所を聞くのを忘れていた。そんなに大きいホテルではないとはいえ、ジョンに案内された俺たちは二階だったり五階だったりと部屋はほとんどバラバラだった。ちなみに今はなんとなく五階にいる。今から戻る気はないし時間もない。もしかするとアンナはもう一人の仮面の男に殴られ気を失い服を脱がされてあれやこれやと思わず両手で顔を隠さなければならない状況に追い込まれているかもしれないのだ。 「どこだ、アンナー!!」 と、叫んでみるも返事はもちろん皆無であった。 あらぬ妄想で焦燥がつのりながらひたすら歩くしかなかった。ホテルの関係者にでも聞けばとも思ったが、このホテルはあのアイスなんたらの支配下にあるだろうから聞いても無駄だろう。こんな時ワン・リーでもいてくれたらなどと考えてしまうのも俺らしくない。この俺は世界を救う男だ。女一人救えなくて何がスーパーヒーローだ。だが時間は刻々と過ぎていく。体も悲鳴を上げている気もしないでもない。ここまでなのか? その時、俺の後方、三つ目の部屋の扉が粉砕して通路に飛び散った。そのあとに続けという感じで細いスラッとしたシルエットが転がり横たわった。ここから見ても一目で分かる、男ではない。髪が背中を覆い尽くすほどの長髪だ。もう俺は十中八九その人間をアンナと確信した。 体を反転させて横たわる朱色で髪の長いアンナであろう人物に近寄ろうとするが遅い、遅すぎる。なかなか前に進まない。それでも這うようにして眼前の目標へと邁進した。 進む俺の前、ホコリがもうもうと立ちこめるポッカリ口が開いた部屋からぬうっと見慣れた全身黒タイツで白い仮面を付けた人物が出てきた。風貌こそ変わりはないがさっきのヒゲダンディーの男より体が一回り大きい。何故か見たことがあるように思えるのは俺の錯覚だろうか。まぁ、んなのはどうでもいい。もう一度叫んだ、ヒーロー的に。 「逃げろ!! アンナ!!」 俺の声は通路によく木霊したが、彼女の体はうつ伏せの状態から動く気配がなかった。おそらく気絶しているのだろう。何より第二の変質者が狙いを俺に変更したみたいだった。 ふがふがと何かを言っているようだが解らない。滑舌が悪いようにも思えるが体は屈強そのもの、さっきの奴より数段強い、俺の本能がそう告げている。
ずしんずしんと足音が聞こえてきそうな丸太のような足が確実に俺に近づいてくる。俺は握り拳を作る。立つのもつらい気もするがゆらりと立った。 仮面の大男が目の前まで来ると通路は完全に塞がってしまった。それぐらい大きいのだ。通路が狭いせいもあるのだろうが身長2メートル弱で体重は140キロ前後だろうと勝手に判断する。こふーこふーと仮面越しに息遣いが聞こえてきた。これでチェーンソーでも持っていたらまさにジェイソンだ。俺は略してジェンと名付けた。 「かかってこいジェン。俺は逃げも隠れもしない」 一応挑発しておいたがロクに返事もなく、ジェンは左手をゆっくり上げて―――――― 正拳突きを繰り出した。とっさにガードするも肩幅ぐらいありそうな拳が俺の体をくの字に折っていた。踏ん張りもきかないので紙クズみたいに吹き飛んでいく。視界がぐるぐる回り、巨体に見えたジェンがみるみる小さくなっていった。 「ぐぼう」 飛翔していたいたスピードが急にゼロになった。背中に衝撃が起こり、口から血が数滴飛び散ちる。なんと6メートル後ろにあっただろうL字型の通路の壁まで飛んでいたのだ。頭上を星がクルクルと回る想像を容易にできるぐらい頭がくらくらする。意識が根こそぎ持っていかれそうになった。あの筋肉はやはり伊達ではないらしい。ジェンは仮面に二つの不気味な光を放ちつつ異様な雰囲気を漂わせながらこっちを見ていたが邪魔者は排除したとばかりにアンナに向き直ろうとしていた。 「くそ、アンナが…」 鉄の味を噛み締めながら、足にパンと平手打ちして文字通り体に鞭を打つ。なんとか立つには立ったが膝もガクガク手もブルブル震えている。一歩も踏み出せそうにない。いよいよ限界のようだった。 ホテルで起こりもしない音がドカドカ鳴っているが、日常的な音も鳴った。その音はエレベーターがこの階で止まりますよと教えてくれるチンという高い音だった。俺の横でエレベーターの扉が開き、「ふーんふーん、ふんふんふーん」鼻歌交じりにBOOKと表示してある紙袋を手にワン・リーが出てきた。
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