「それじゃ、今日も和樹のことお願いしますね。悠次君。」 「ええ。美波さん、気をつけていってらっしゃい。」 「…。」 「いってきます。」
いつも母さんに「いってらっしゃい」と言うのに、今日は言わなかった。すると母さんはそんなことには別に気にも止めず、さっさと出て行ってしまった。それがなんとなく悲しくて、じわっと目に水が溜まり始めた。けどそれをせんせいに悟られたくなかったから、ぐっと唇を噛んで泣くのを我慢した。こんなことで泣いてたら僕は母さんを守れない。
―せんせいは敵。 母さんを母さんじゃない人にする悪魔。 悪いヤツ。 悪いヤツは正義のヒーローがやっつけるんだ。
母さんの見送りが終わると勢いよくリビングへ走っていく。せんせいの「走ったら危ないよ!」という声なんてもちろん聞くはずがない。 リビングへ着くと、前に夏祭りで父さんが買ってきたプラスチックの短い剣を手に取った。そして鞘を抜いてせんせいを前に構える。
―せんせいに母さんは渡さない。
真剣に構えていたにも関わらず、せんせいはそんな僕を見てぷっと吹き出した。 「やっぱり男の子だねえ。うん。その剣、似合ってるよ。よおし、じゃあ僕とチャンバラごっこしよう!」 そう言うと、せんせいは近くに散らばっていたチラシをささっと丸めて細い棒を作った。 「これでよしっと。さあ和樹くん、かかっておいで!」 その挑発的な態度にむっとした僕は前から飛び掛かっていった。これでせんせいを倒せば母さんを助けられる。僕はがむしゃらに剣を振るった。 剣を振って振って振りまくった。
―僕は母さんの騎士だ。
「うおおぉ〜!やられたぁ〜!」 ばたっ。 僕が勢いよくせんせいの腹部を目掛けて突くと、せんせいは腹部を押さえながら近くにあったソファに倒れた。僕はせんせいに勝ったのだ。勝ちを自覚し、僕の頬が緩みかけたそのとき、倒れたはずのせんせいはむくっと起き上がって僕に近づいてきた。 「さあ、たくさん遊んだから、そろそろお昼ご飯にしようか。」 まだせんせいはやられてなんかいない。さっき倒れたのは嘘だったんだ。どうして大人は嘘が好きなの?このままじゃ母さんはせんせいのせいでまた違う人になる。 違う。
僕がいるからせんせいが来るんだから… ―僕のせいなんだ。 僕のせいで母さんがおかしくなっちゃうんだ。
せんせいを倒してもだめなことがわかった僕は、さっきの剣を手にリビングから出て行った。 「和樹くん!?」 せんせいが僕の名前を呼ぶ。なんにも知らないくせに僕に近づいてこないでよ。
―せんせいを倒せないなら僕が母さんの側にいて守る。
リビングを抜けた僕は母さんの寝室に入った。ここはいつもせんせいが母さんといけないことをするところ。けど、今日こそは絶対にさせない。僕は母さんの大きなベッドにぴょんと飛び乗った。ここで僕が見張ってればいけないことはできないはず。そう考えた僕はベッドの真ん中に居座った。
―母さん、ちゃんと守ってあげるからね。
父さんがいない間、僕は母さんの騎士になるから。
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