俺が小学校3年生の秋、母は病気にかかりました。 子宮ガンでした。 母は子供の前ではとても強い人でしたが、病院が嫌いで少しの熱や腹痛であれば病院にはいかず、薬も「忙しいから。」と飲まずにいる人でした。 そんな母を病院に連れて行ったのは叔母さんでした。 そのころ、父は家を留守にしがちで帰ってきても真夜中。 寝静まった頃にトイレにいくと父が帰ってきている。と言うのが普通でした。 母が病院に行った頃には既に病状は最悪で、転移は見られませんでしたが至急は摘出しなければならないと聞きました。 女性にとって子宮を摘出するということがどれだけの精神的ダメージかはわかりません。 病院嫌いで一人で病院に行くのを拒む母は、どんなことを思っていたのか。 考えるだけで、凄く悲しくなります。 母は摘出することだけではなく、入院することになれば子供は誰が見るのか、入院費、治療費、薬代に…。 と、きっと心配性の母はすべて考えていたと思います。 「二人でも大丈夫。」 姉はそう言ったそうです。弟の面倒は私が見るから。そうも言ったそうです。 結局、母は入院することになり子供の面倒はお祖母ちゃんが見に来てくれることになりました。 父は相変わらず帰ってこず、帰ってきてもテレビをみながらビールを飲んでいるだけ。 母が入院している病院は家から歩ける距離で近く、学校の通学路からも見える距離で学校に行く時「あそこにお母さんがいるのか。」と思って登校していました。 手術の日が決まり、心細いだろうから。とお見舞いに行くことにしました。 俺は虫カゴに赤トンボを数匹いれて母へのお土産にしました。 病院へ行く道、夜だったけど少し明るくて、真っ白な病院が凄く大きく見えて、まるで母がどこかに消えてしまうんじゃないか。 と思いました。 母の病室は4人部屋でトンボ入りの虫カゴを見せると「トンボなんて秋の間しか生きられへんのやから、逃がしておいで。」 と言われ、渋々外に行ってトンボを逃がしてやりました。その頃には外は暗くなり、周りが見えなくなっていました。 母は「お祖母ちゃんと仲良くしてる?」「あんまり手を焼かせないように」「ちゃんとご飯は食べてるか?」「学校はちゃんと行ってるか」「お姉ちゃんと仲良くしてるか」 色々と聞いてきました。 全てに頷いて、母を安心させる。 自然と、幼い自分の頭の中で理解していたのかもしれません。 母を不安にさせてはいけない。 母の手術の日、当日は生憎にも平日でずっとそばにいることも出来ずに学校へと行きました。 母が死んでしまわないか、消えてしまわないか。 授業を受けながらずっと母のことを考え、母を思い、早く母の所へ行きたい一心でした。 授業終わり、外は突然の雨が降っていました。 傘も持たず、下校する道を駆け抜け、病院へと急ぎました。 びしょびしょで母の姿を確認するだけに、雨が降っていようが関係なく通学路を走って母の病室に入りました。 「あれ、あんた…学校は?」 ベッドに横たわる母が驚いた顔で俺を見て言いました。 点滴をさし、まだ少し眠たそうな顔で。 「今終わって走ってきた!大丈夫?大丈夫やった?」 話に聞けば、俺が病室に入る数十分前に麻酔が切れ、ようやく視界もはっきりしてきた頃だったそうです。 母は、笑っていました。 よかった、消えてなくて。死ななくてよかった。 びしょぬれでそれだけ思えば嬉しくなって、母に何も言わずに病室を飛び出しうちに帰りました。 母との約束で「手術の日はお父さん達としか一緒にきちゃダメ」と言われていたのにすっかり忘れていたので母は驚いたと言っていました。 母がよくなってよかった。 ただ、それだけでした。
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