私は駅裏のタクシーターミナルで、真千子を待っていた。待ち合わせの時間よりも、二十分早く到着してしまったので、待っている時間がうっとうしかった。
その日は、真千子と山に行く予定の日。山と行っても、まだどこの山へ行くのか決めていない。山に行くなら、ここから近いのは日和山くらいだ。まさか、日和山ではないだろう。この山は、山と言っても丘のような低い山だ。それに、せっかくの土曜日のデートで、市内はないだろうと思うからだ。しかも、ここは太平洋に面した漁港の街。山へ行くには、だいたい車で二時間はかかってしまう。
そういえば、今日は真千子が車を出してくれるという。亡くなった親の車らしい。私は真千子が運転するなんて、半ば信じられなく、半ば珍しがって楽しみだった。車種はなんだろうか?私は車に興味は無いが、最近、人気のコンパクトカーや軽自動車の名前くらい知っている。 いろいろと想像していたら、一台の白いセダンがタクシーターミナルに入ってきた。そして、私の目の前に止まった。なんで私の前に止まるのだろうか、誰かを迎えに来た車で、私をその相手と間違ったのだろうかと思った。だから私はその車から離れようとした。
「健次郎〜」
車の助手席の窓が開いて、車内から女の人が私の名前を呼んだ。聞いた事がある声。窓の中をのぞいてみると、そこには真千子がいた。
「えっ?真千子さん?」 「早く乗って〜」
私は驚いた。こんないかにも「セダン」、いかにも「親父カー」って車に、真千子が乗っていた。そして古すぎるのか、私はこの車の名前を知らない。 私は「嘘でしょ?」って口にした。真千子は運転席から、強引に助手席のドアを開けた。
「ごめん、この車、集中ドアロック付いてないの」 「あは、そうなんだ……」
私は半ば、冷めた返事をした。 私はドアノブに手をかけた。そして、一通り車のボディを眺めた。
「錆びてるっ……」
車の車体下部に、塗装の剥げによってできた錆を見つけた。それも、結構、広がっている。
「気にしないの〜」
冷めた私を横目に、真千子は機嫌が良い感じだった。車内には真千子が大好きなポール・モーリアの曲が大音量で鳴っていた。そして、タバコの臭いがした。真千子はタバコを吸わない、つまり、これは真千子のお父さんが乗っていた車だと思った。
「真千子さん、この車、なんて言うの?」 「カムリっー」
別に車種を聞いたところで、どうって事でもなかった。たぶん、車のことを知ってる奴が聞いたら冷めた答えをするに違いないと思った、そしてそれには理由の無い自信があった。ポール・モーリアという昔の楽団の音楽と、今にでも壊れそうなカムリというセダン車。私は高城真千子という人物が、どういう人物なのかわからなくなった。せめて音楽くらい、今はやりの歌手のCDとかかけて欲しかった。一応、私も何枚かCDを持参したが、ここは何か特別な話題が無い限り、女の子が聴きたい曲を優先するのがデートの礼儀だと思った。
「ところで、どこの山に行くの?」 「蔵王に行きましょ!」
真千子は既にその答え、行き先を用意していたかのように即答した。
「蔵王?」
ここから蔵王までは、やっぱり二時間、それ以上かかる。しかし、運転は真千子だし、こうして好きな女の子と一緒に過ごせるのだから、全く問題は無かった。
「いいよ、行こう蔵王に!」 「いいよ?じゃないの、もう決まったのー」
そうか、私に決定権は初めから無かったらしい。そして私たちは蔵王に向けてカムリという名の車を走らせた。パワーウィンドウ、集中ドアロック無しのこのボロカムリで。
「ボロって言わないのー、パワステも付いてるのよ」
真千子は市内を出る前に、運転を私に代わらせた。一応、運転免許は持ってきたし、AT車だったからなんとか運転できるだろうと思った。古い車なので、そんなに大きい訳でもなく、なかなか運転しやすい車だった。 私は助手席に真千子が乗っているので、慎重に、慎重に運転した。法定速度を守り、カーブの前でゆっくりとブレーキを踏み、とにかく慎重だった。慎重すぎて、後続車にどんどん追い抜かれた。道路の中央線が橙色の道路でも追い抜かれた。私は「何だあいつらー」と不満を言った。
「健次郎の運転って……」 「なに?俺の運転がどうしたって」
「つまんないね……」 「……っ!」
私はがくっと、肩を落とした。こんなに安全な運転なのに、真千子の一言は結構、衝撃的だった。むしろ、褒められるとさえ思っていたからだ。しかし、ここは安全運転を貫くことが、私の正義だと信じていた。
しばらく運転していると、急に眠くなった。蔵王の山頂までもう少しだというのに、とても眠くなった。これは車内に流れる音楽のせいだと思った。さっきから同じような音楽が繰り返し流れている。
「真千子さん、ポール・モーリア以外のCDって無いの?」
私は何かテンションが上がる歌が聞きたいと思った。いや、テンションが高い歌じゃなくても、音楽じゃなくて歌ならなんでもいいと思った。こうなったら、自分が持ってきたCDでも流したいと思った。
「え?シー・ディー?」 「そう、歌のCDない?なんなら、俺が持ってきたCDでもいい?」
真千子はもじもじしながら、カーステレオを指差した。
「ごめん、これ、テープなの……」 「な、なにっ!」
しばらく、車内は無音になった。 もう直ぐ頂上だ、早く地面に足をつけたかった。さっきから運転しっぱなっしだった。
「頂上、天気いいみたいね」 「そうだね〜」
私はカムリのアクセルをぐっと踏んだ。ここからは上り坂だから。
|
|