いつもは大変辛い月曜日である。 しかし、今日はとても学校へ行きたい気分だ。
天気もすばらしい晴天だった。 春らしい心地よい風だった。 私の今の気分を象徴するような天気だ。
月曜日は朝の講義から真千子と一緒だった。 早めに大学へ行き、早めにいつも座る席についた。
席は決められてはいなかったが、私はいつも同じ席に座るのだ。 大抵の学生もそう私と変わらないだろう。 そして、今までと同じなら真千子も私の隣に座るはずだ。
いつもよりも早く学校に着いた私だったが、 別に何もすることも無く、ただ机に伏せて目を閉じていた。
「おはよう!」
私が本当に寝そうになった時、真千子が来た。 いつもの明るい挨拶だった。 私は少しびっくりしたものの、軽く「おはよう」で返した。
「ねえ?久々じゃない?あんなに飲んだの?」
バッグから教科書と筆記用具を取り出す彼女。
「あ?あああ、思い出したくないよ・・・」
真千子と会えて嬉しいはずなのに、わざと不機嫌そうに答える自分。 真千子は軽く笑う。
「ねえ?あの後の話、聞きたくない?」 「え?あの後って、なんだよ・・・?」 「キミが、健次郎が泥酔して眠った後の事!」
「はぁ?・・・そ、そんなの聞きたかぁねぇよ」
私はふて腐れた。 顔を赤くする私を、真千子はまた笑った。 内心、私はとても嬉しいのだ。
「あのね?浦島先輩がね・・・フフ♪あははは〜♪」 「な、いいよ別に!聞きたくないよ!きょ、今日、なんか口数おおくねぇ?」
私は彼女から目をそむけ、自分もバッグから教科書と筆記用具を取り出した。 真千子が話し始め、私が耳を塞ごうとしている最中、教室に先生が来た。 それで彼女は話すのを止めた。
それが残念だったのか、良かったのか、 私は内心、真千子の話を聞きたかったのかもしれない。 話の内容はどうでもいい、彼女の話す姿をもうちょっと見ていたかった。
いや、内容も多少ながら気になった。
授業はいつものように終わった。 私と真千子はいつものように一緒に教室を出て、中庭を歩き出した。
お互い、何か会話があるわけでもなかった。 逆に、何も会話がないと「気まずい」と感じた。 今まではそう感じたことは無かった。
「そういえばさ、仙石線にお前と同じ名前の駅あるよな・・・?」
私はなんでもない話題を強引に真千子にふった。 「そうなのよ、私も始めて乗ったとき、びっくりしたわ 次は、高城町、タカギマチに止まります〜・・・て」
そう真千子が話していると、自然と学食へ到着していた。 私が学食の券売機にお金を入れようと財布を取り出した。
「私、本当は外で食べたいな・・・今日、いい天気だし」
真千子はいつも弁当を作ってくる。 対して私は面倒なのでいつも学食で昼食を済ます。
「外でって、俺は食券買わないと・・・」 「売店でおにぎり買えば?」 「嫌だね、後で腹減る・・・」 「2つ買えばいいじゃん?」 「・・・・」
真千子はしぶしぶ学食のTVの近くに座った。 私は取り出した財布からお金を取り出そうとした。 そして財布に250円と3円しか入っていなかったことに気が付く。
「毎日学食で食べてるからだよ、 たまには自分で弁当作ってくれば?お金浮くよ!」
真千子はニコニコして言った。 仕方なく私は一番安い掛け蕎麦を食べた、彼女は持参した弁当を食べる。
「明日、弁当作ってきてあげようか?」
私は蕎麦をすすりながら、無言でコクコクとうなずいた。
「こんにちは、お昼のニュースです。 えー、現在も続く中国北京での反日デモの事件です。 日本人が避難していた北京市内のホテルが、デモ隊によって襲撃されました。 詳しい内容は分かっていませんが、日本人に負傷者が出た模様です。」
誰も観ていない学食のTVから、昨日のニュースの続きが報じられていた。 よっぽどひどい“らしい”。
私はそんなニュースより、真千子を今度の土曜日、どこかに誘おうと考えていた。 どこにしようか考えながら、それを言うタイミングを見計らっていた。
「ね、今週の土曜日・・・」
私が真千子に話しかけると、彼女は暗い表情で箸を止めていた。 とても言い出せるような感じではなかった。
「ど、どうしたの?」 「え?いや、何でもないよ!本当だよ!」
初めて見た彼女の焦る表情。 私は何か不安になった。 だが、本人が何でもないと言ってるから何でもないのだと単純に思った。
「今度の土曜日・・・」
私がもう一度、話題を戻そうとした。 真千子は不安そうな表情で、私の言葉なんか聞いていない様だった。
「あの、実は私・・・私の、私の家族が中国に居るの・・・」
ブフッーっと口に含んだ蕎麦を吐き出しそうになった。
「ちゅ、中国!い、今、全土が反日一色の中国!?」
私は驚いた。 真千子は咽を詰まらせながら言った。 彼女の表情は、不安で満ち、今にでも潤んだ目から涙が溢れそうだった。
「お、おい!ちょっと!!」
私はすかさずハンカチを準備した。 真千子は一度、すぅ〜っと深呼吸してから話し始めた。
「私の姉、芸術家目指しててさ、今回、中国で作品が発表されたの・・・ それで、両親ともに、一週間前にその展示会に行ったの・・・」
私は彼女が今にでも泣き出しそうな雰囲気だったことが心配でしょうがなかった。
「滞在が二週間・・・私、心配で心配で・・・ 本当は、飲み会の時も、ずっと苦しかった・・・」
今まで抑えてきた本音を言う彼女の目から一滴、涙がこぼれた。
「れ、連絡は取れないの? ほら!今の携帯って海外でも通話できるの普通じゃん!」 「そんなの、出来たら初めからやってる・・・」
泣く彼女を見るのは初めてで、私は何と声をかけてやれば分からなかった。 私の脳裏には、さっきTVニュースで報じていた日本人が避難しているホテルが襲撃にあった事実が蘇った。
真千子の気持ちはどんなものであっただろうか・・・ 最愛の家族が、殺される危険性の高い所にいる。 本人達との連絡は取れず、TVでは負傷者が出ているといったニュースが飛び交う。 真千子の出身は、確か山形だった。 丁度、2週間前がゴールデンウィークで、家族で休日を過ごしたと言ってた。 大きな旅行には行かなかったと言っていたが、 久々に家族全員が集まってドライブを楽しんだと言う。
今は楽しかった思い出が、一気に頭を駆け巡り、 それと同じくして、どうしようもない不安が渦巻いているに違いない。
不安を取り除くには、家族の安否を確認することが第一だ。 しかし、今はそれが出来ない。
では、真千子に特別な感情を抱いた私には何が出来るのだろうか・・・
目の前で涙を一生懸命に堪え、しかしながら閉じた目からは涙が微かに溢れる。
いつもはあまり喋らない真千子、 今日はやけに話すと不思議に思っていたが、ずい分と苦しんでいたのだろうか。 私は、ただハンカチを差し出すことくらいしか出来なかった。
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