「倉木さん、早く、早く!」
私の名は、倉井健次郎。 倉木ではない、倉井だ。
私は連れの女性に手を引っ張られ、 「大日本国民団結式」と題された講演場に足を運んだ。 会場に着いたときには、既に講演会が始まっていた。
講演会というのは名ばかりで、実際は軍人たちの演説会であった。 なんで、私がこんなところに足を運ばなければならないのか、 疑問にも思いながらも、結局、来てしまった。
軍人が政治に口を出すようになた社会に、 何か悪い予感がしていたので、本当は来たくなかった。 しかし、私がここに来たのは、もっと違う目的のためなのかもしれない。
私たちが席についたころ、 講演台には、懐かしい顔の女性軍人が立った。
「今こそ、日本は変わらなければならないと思います!」
拳を握り締めて、力いっぱい演説している女性軍人。
「かつて、日本は中国、韓国、北朝鮮に馬鹿にされてきました、 私はもう我慢の限界です!」
「そうだそうだ!」 「今こそあいつらにぎゃふんと言わせてやれ!」
彼女が何か話すと、物静かだったその場は拍手が鳴り、聴衆は熱く盛り上がった。
「私は、・・・っ!」
目の前で演説している女性軍人は、かつて私の恋人だった。 高城 真千子(たかぎ まちこ) 日本陸軍東北方面隊 第4師団第4歩兵中隊 中隊長 女性大尉
真千子は私と同じ宮城県の大学を出た後、旧陸上自衛隊へ入隊した。
私が真千子と出会ったのは、大学に入学してからだった。
真千子と私は、学籍番号が隣だった。 その縁もあってか、入学当時からよく二人で話すことが多かった。
1年生の時は普通の友達でいたのだが、 2年になって、私が彼女を大学のコンピューター系サークルに誘って入部してから、私達の情勢は一変した。
「真千子ちゃん、可愛いね」 「彼氏いないの?」
サークルのオタク系な男達から話しかけられる真千子。 私は最初、どこか嫉妬心があったが、それはサークルに入部したのだから仕方が無いことだと思っていた。 しかし、その年の大学祭が終わり、 飲み会の場で真千子がサークルの先輩に「好きだ」と告白された。
その時だった、 私は、何か胸に込み上げる感情が沸き、 自分自身が彼女の事を好きだったのだと気が付いた。
「浦島先輩、ま、待ってください」
私はまだ半分も飲んでいない酒を一気に飲み干し、立ち上がった。
「な、なんだ? どうした倉木?」
「俺は、俺は・・・俺は、俺は、俺は倉井だぁ!!」
私は周囲が注目するくらい、思いっきり怒鳴った。 名前を「倉木」と間違われたからではなく、真千子を取られる事がとても心に痛かった。
「お、おお、 すまない、倉井くん・・・ し、しかし、どうしたんだ?そんなに怒鳴って」
2つ学年が上の浦島が、冷静さを失った私を見て困惑した。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいっ! 倉井!お前、場と雰囲気をわきまえろ!ヴァカヤロー!」
別の先輩達が私に対して怒り出す。
「あああ〜、なんだか冷めたな〜」
「おっと、そうだ!浦島さん、真千子ちゃん好きなんだって?」 「おお!そうだったそうだった!」
先輩達は暗くなった雰囲気を取り戻そうと、再び話題を戻してくる。 真千子は、ずっと正座してニコニコ微笑んでいた。
自分の事で話題になっているのに・・・ 自分の事なのに・・・
真千子はそういう女だった。 無口でありながら、いつもニコニコしていた。 いつもニコニコしているから、何を考えているのかときどき解らなくなる。
彼女は、いつも私の話を聞く側だった。 私が嬉しい話をしても、悲しい話をしても、いつも聞いていてくれた。
もちろん、嬉しい時は一緒に喜んでくれた。 悲しいときは、一緒に悲しんでくれた。
まだ出合って1年だけど、いつも一緒だった。
今、私の目の前にいる少し酔っ払った彼女は、とても楽しそうに先輩と肩を組んでいる。 周りはそれをはやしたて、 浦島先輩は「真千子ちゃんは俺のもんだー!」と勝利の勝どきを上げている。
私はもう自分の気持ちを抑えきれなくなった。
「おい、倉井、ずっと立ちっぱなしだが、座れよ・・・」
同じ2年部員の古田が私の袖を引っ張ったその時だった。
「離れろっ!!」
私は再び怒鳴った。 ニコニコしていた真千子の表情も、目をばっちり開けて驚きにかわった。 怒鳴っただけならまだ良かった、 私は真千子と浦島先輩のもとへ歩み寄り、くっつく二人を引き離そうとした。
私の目には、真千子と浦島先輩の2人しか写っていなかった。 私は真ん中の机に足をぶつけながらも2人に歩み寄った。 机にあるお酒や食べ物が少し散らかってしまった。
「離れろっー!!」
私は浦島先輩の胸元を飛び掛るように掴んだ。
「わっ!倉井!何しやがるっ!」 「ど、どうした倉井!倉井ィ!!」
「真千子から離れろって言ってんだよ!!」
「倉井!倉井!やめろ!暴れるな!」 「店側に迷惑だぞ!!」
周囲は暴れる私を沈静化させようと、力ずくで抑えた。 机の上の料理と酒は滅茶苦茶になった。
「ハァハァハァ、 ま、真千子は・・・真千子は、俺が・・・」 「な、何だ?何だ?倉井? まず、落ち着け、な?」
その時の私は、彼女しか目に映っていなかった気がする。
それから私は飲みすぎたせいか、カッとなったせいか、眠ってしまったらしい。 目覚めると自分の部屋にいた。
何で自分の部屋にいるのかわからなかった。
後で人に聞くと、友人の古田が運んでってくれたらしい。 真千子は、飲み会の後、どうなったかは知らない・・・
|
|