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作品名:She is a sunflower 作者:かえるstyle

第3回   散花したひまわり
「おかえりなさい!」
ひまわり畑の中で抜きん出てすらりと高く、そして鋭い日差しにきらきらと輝く一本のひまわり。
そのひまわりが僕の姿を捉え、風を切って僕のいる場所へと向かってきた。満面の笑顔で。
「ただいま。」
僕もそれに呼応したかのように走り出す。ひまわりの元へ。
やっと帰ってくることができた。そして彼女は、ずっと待っていてくれた。
僕との約束を信じて、それを違えることなく、ずっと待っていてくれた。
本当に、ただそれだけ。でも僕にとっては、それは何よりも嬉しいことだった。
彼女の走る姿が迫ってくる。
僕は約束を交わしたあの日のように、彼女を力一杯抱きしめたいと思い、走りながら両手を広げた。
瞬間、石なのか草なのかよく分からないものにつまづき、僕は前のめりに豪快に転んでしまった。
そして視界が暗転して・・・・・・

僕は自分の布団から飛び起きた。今の状況を確かめるように二、三度瞬きをしてみる。
「・・・・・・またあの夢か。」
深いため息をつきながら、僕は再び自分の布団に身を預ける。そしてしばらくぼんやりと、薄汚れた天井を眺めてみた。
ここは戦場から少し離れた場所にある、兵士専用の宿舎だ。僕のような、いわゆる階級の低い兵士たちが実に百人ほど、すし詰め状態で汗臭い生活を過ごしている。今も数十人の兵士たちが、僕のように寝ていたり、タバコを吸ったり、自分の武器の点検をしたりと、思い思いに自分の休息を楽しんでいる。
僕は天井を眺めながら、ついさっき見ていた、ここ最近頻繁に見る夢を思い出してみる。
・・・あの約束の日から、一体どのくらいの月日が流れたのだろう。確か、もう一年近くは経っているはずだ。
そろそろあのひまわり畑が、また満開のひまわりを咲かせる時期かな・・・。
僕は満開に裂いた、無数のひまわりたちと踊る彼女の姿を思い描いてみた。彼女の長くて茶色い髪が、太陽の光を受けて色鮮やかに輝く。彼女の赤いスカートが、風に大きくなびく。そして目をつぶって、ひまわりたちと戯れることを楽しむ彼女の笑顔。
心臓がトクンと音を立てる。
僕は右手で、その鼓動を確かめてみた。ただ彼女の姿を想像しただけなのに、それだけなのに・・・こんなにも胸が熱くなるなんて・・・。
「なーににやにやしてんだ?」
いきなり僕の視界に、歯を見せながら意地悪く笑う男の顔が入り込んできた。僕は慌てて体を布団から起こす。
「ずいぶんとまたエロイ顔をしやがって。さては・・・女だな?」
こいつは僕と同期で軍に徴兵された男だ。僕と同い年ということもあって結構馬が合い、この宿舎では一番仲の良い友達だ。
彼の言葉から判断すると、どうやら僕は、自分でも知らないうちにへらへらと笑ってしまっていたらしい・・・。
「べ、別にそんなことじゃないよ。・・・。」
僕は、なるべく顔を見せないようにそっぽを向きながら答えたが、これが返って逆効果だった。彼はさらにしたり顔を強くする。
「ふっふっふっふっ・・・若いなお前。本当は今すぐにでも帰って抱きしめたいんだろう?」
「だからそんなんじゃないって言ってるだろ。」
少しむっとした顔を見せながら、僕は彼に向かって反論した。とは言っても、まあ心の中ではそんな気持ちがないわけではなかったのだけれど。
と同時に、僕は彼が右手に何かを持っているのを発見する。何だろう? アルバムのような感じではあるけれど。
「それはなに?」
僕は指差しながら訊いてみる。彼は少し苦笑した顔を見せる。
「これは今日の朝、この兵舎に回ってきたアルバムさ。俺らの国の現状を写した写真が載ってるんだ。何でも、これを兵士たちに見せて、やる気を起こすとかいうことらしいぜ。」
彼のばつの悪そうな口調を聞く限り、やはり大方酷い内容のものばかりだったのだろう。
「・・・もう見たの?」
「いや、まだ見てない。一人で見るのがどうにも・・・怖くてな。」
なるほど。それで僕の所に来た、ということか。
「・・・わかった。一緒に見よう。」
彼は、静かにうなづいた。僕の隣に座り、緊張した様子でアルバムの一ページ目を開く。
・・・・・・酷いものだった。とてもじゃないけど、凝視したりできるものではなかった。
徹底的に破壊しつくされた建物。これでもかと思うくらい焼け焦げた田畑。
そして・・・・・・見るも無残な姿へとなってしまった人々。
僕と彼は、静かに、ゆっくりと一枚一枚、アルバムをめくっていく。
「・・・むごいな。」
彼は、ただその一言だけ呟いた。その一言に、全ての思いが集約されていた。
「そうだね・・・。」
僕はそう返すしかなかった。他に返す言葉など思い当たらない。
しかしむごいと思いつつも、内心で僕は少し安心していた。写真を見ていく限り、僕の住んでいた地域はまだ被害には遭っていないということがわかったからだ。
何より彼女の家の地下には、もしもの時のために彼女の両親が大金をはたいて作ったシェルターがある。彼女が戦争の被害を受けることはまずないだろう。
いろんな気持ちが入り混じった思いで、僕はアルバムをめくっていく。こんなことを言っては失礼かもしれないけど、いい加減そろそろ見るのはやめにしたかった。
そんなことを思った矢先に、ある写真が目に留まる。これは・・・
「・・・酷すぎるな。これは・・・人間の腕じゃねえか。」
彼は顔をしかめて、慌てて口に手を当てる。吐き気に近いものを感じたのだろう。
彼の言うとおり、それは人間の腕だった。空襲の爆撃でやられたのだろう。あちこちが炭化して黒ずんでいる。そしてその周りを、何か焦げたものが囲んでいる。これは・・・植物だろうか。
「全く、何だってこんな写真を撮るんだろうな。・・・理解できない。早くページめくろうぜ。」
彼に促されて、僕はページをめくろうとした。しかしその瞬間、写真の隅の方に、何か、黒ずんではいるが、鮮やかに光る黄色いものを見つけた。
「何だろう・・・これは?」
僕は顔を近づけて、それを目を凝らしてじっと見てみた。よく見てみると、それは・・・花びらだった。その近くに、丸くて、何か茶色いものがびっしりと付いたものが落ちている。これは・・・種だ。種がびっしりと付いているんだ。
そうか。これは・・・ひまわりだ。
そう確信した瞬間、何故か心臓の鼓動が早くなる。しかしそれは、さっきのものとはまるで違う。
「おい。どうした? 何かあったのか?」
僕は彼の言葉を聞かず、食い入るように写真を見つめる。今度は・・・腕。
僕は気持ち悪いということも忘れて、腕をよく観察した。
細くて華奢な腕だ。女の人だろうか。きっとそうに違いない。
鼓動がまた速度を上げる。まるで今の僕の行動に警告しているかのように。
しかし僕はやめない。何故だかわからないが、やめることができない。
手首に何かが付いている。ブレスレットだ。銀のブレスレット。
僕はブレスレットをよく見てみる。写真に穴が開きそうなほど。
ブレスレットには何か大きな、とげとげしたものが付いている。これは・・・星か?
その星の真ん中に、宝石だか小石だかわからない、真っ赤な色をした何かが付いている。
星の真ん中に・・・赤色をした何か・・・。
「ねぇねぇ。見てよこれ! 綺麗でしょ!」
途端に記憶が蘇ってくる。いつのことだったか忘れたけど、彼女は右腕に付けたブレスレットを僕に突きつけてきた。
「私が自分で作ったのよ、これ! 世界でたった一つのブレスレット! すごいでしょ!」
そうか、だから星が変なヒトデみたいなんだなって言ったら、彼女はすごく怒ったっけ。
世界でたった一つのブレスレット。ということは、これは彼女のブレスレット。
心臓の音が、今にも止まりそうなくらい、ゆっくりと動く。しかしその鼓動の音は、とても、大きい。
ということは、これは、彼女の腕。ひまわり畑に落ちている、彼女の腕。
そうか。そうか。ソウカ。
ココハアノヒマワリバタケデ
コノブレスレットハ、カノジョノブレスレットデ
ツマリコノウデハ、カノジョノウデ。
僕の鼓動が、完全に停止する。頭の中が、完全に真っ白になる。
そこに一つの真っ黒な風船が浮かんでいる。そしてその風船が突然勢いよく破裂する。
瞬間、僕の頭の中が真っ黒になる。
何も見えない、何も聞こえない、一切のものを断ち切った、漆黒の闇。
僕は左の腰に装着しているナイフに手を掛け、さっと抜き取る。そしてそのナイフを自分の首に突き立てようとした。
「ばっ、馬鹿! やめろ! どうしたってんだ一体!」
彼が僕のナイフを止めようとする。僕はそれを押し切ろうと、精一杯の力を込めてナイフを押す。
「この・・・やめろって言ってるだろ!」
彼は渾身の力を振り絞り、僕の手からナイフを払いのけた。ナイフが床に落ちて、乾いた金属音が鳴り響く。
僕は勢い余って床に突っ伏して倒れこんだ。コンクリートの匂いが鼻に付く。
コンクリートの床に、しみのようなものが見える。これはなんだ?
ああ、そうか。これは・・・僕の涙だ。
そうか。今僕は、泣いているのか。
そう理解した瞬間、涙がどっと溢れ出してきた。止まらない。止められない。
「う、うう、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
あらん限りの力を振り絞って叫んだ。涙が休むことなく流れ、床に無数のしみを作り上げていく。
「なんでだよ!!! なんでなんだよ!!! どうしてだよ!!!」
気が付くと、僕は両の拳で床を叩いていた。いや、殴っていた。
「どうして彼女なんだよ!!! どうして!!! どうして!!! どうして!!!」
手の皮がむけて、血が薄く流れ出してきた。手のひらからも、爪が食い込んだことで血が流れてきている。
しかし、僕は構わず殴り続ける。そうしないと、気が済まなかった。
このどうしようもない気持ちを、抑えることができなかった。
「私、待ってるから。」
あの日の彼女の言葉が蘇る。
「待ってるから。ずっと待ってるから。約束する。」
言葉が蘇るたびに、僕の目頭が熱くなり、さらに涙が溢れ出す。
「約束を守ってくれた。その結果が・・・これかよ。これなのかよ。」
僕は額をどんどんと床に打ちつけ始めた。最早痛いとか、そんなことは関係なかった。
もう彼女に会えない。ひまわり畑の中で輝いていた、彼女の笑顔を見ることができない。
そっちのほうが・・・よっぽど痛い。痛すぎる。
「う、う、うう、う・・・・・・。」
泣き疲れたせいだろうか、口が上手く動かない。喉がひっくひっくと声を上げる。
「・・・畜生。畜生。畜生。畜生。」
うわごとのように呟く。誰に対してかは自分でもよくわからない。
「・・・畜生。畜生。畜生。畜生。」
彼女がいなくなってしまった。いなくなってしまった。いなくなってしまった・・・。
僕の心に、彼女の笑顔が浮かんだ。一輪のひまわりのようにぱっと咲いた、あの笑顔。
「・・・うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
・・・・・・最早届くことのない叫びが、兵舎の中でこだました。


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