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作品名:She is a sunflower 作者:かえるstyle

第2回   ひまわりの雫
夕暮れ時の、昼間よりは幾分柔らかくなった日差しを浴びながら、僕は例のひまわり畑の真ん中に立っていた。ひまわりの黄色い花は、辺り一面に広がる橙色の日差しに溶け込んで、昼間よりも少し大人な顔をしているように見える。
少しひんやりと感じる風になびいて体を擦り合わせ、さわさわと静かな音を立てるひまわりに囲まれながら、僕は目を瞑り、ゆっくりと自分の呼吸を感じた。
伝えようかどうか散々考えた。もちろん、彼女に。
もしかしたら、別に伝える必要の無いことなのかもしれない。余計なことかもしれない。
でももう答えは出した。僕は彼女に伝えよう。
自己満足なのかもしれないけど、その時はその時だ。たとえ伝えた結果がどうであったとしても。
そうやって頭の中で同じことを反復しながら考えているところで、急に後ろから肩を叩かれた。僕はびっくりして慌てて振り向く。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ? 別に驚かすつもりはなかったんだけど・・・。」
予想通り、そこにはあの日と同じ格好をしている彼女がいた。驚いた僕の顔がよっぽど凄まじかったのか、彼女はちょっと僕から身を引いて、たじろいでいる。
「あ・・・ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してたもんだから・・・。」
僕は頭を掻いて、苦笑いしながら答えた。我ながら何だか情けない気がする。
「それで、話したいことってなに? 急に呼ばれたもんだから、ちょっとびっくりしたわよ。」
びっくりしたと言いながらも、彼女は何だか楽しそうに微笑みながら尋ねてきた。その笑顔に少しドキリとして、僕は今から伝えようとしていることが少し頭から飛んでしまった。
・・・・・・この笑顔を、壊したくない。
「あー・・・えっと・・・その・・・何ていうかな・・・。」
少しうつむいて頬を掻きながら、僕はぶつぶつと呟いた。頭の中を整理しようと必死なのだ。
「なによーはっきりしないわね。男ならずばっと言っちゃいなさいよ!」
僕の目を真っ直ぐに見据え、僕のことを力強く指差しながら、彼女はそう言い放った。
彼女は、本当にひまわりのように真っ直ぐで、堂々としている子なのだ。
・・・・・・この真っ直ぐな心を、折りたくない。
「・・・ねぇ、どうしちゃったのよさっきから。何だか変よ。」
そう彼女に言われて、自分の体を確認してみると、いつの間にか僕は体をぶるぶると震わせ、拳を握り締め、顔を真下に向けて、唇を血が出るくらい思い切り噛み締めていた。
決心したはずなのに、どうしてこうなってしまうんだろう。
どうして僕は、彼女に伝えることができないのだろう。
「・・・大丈夫?どこか悪いの?」
彼女は僕の顔を覗き込んできた。その不安そうに曇った顔を見ることができず、僕はまたも顔をそむけてしまった。本当に、情けない。どうして、こんなことしかできないのか。
そんな様子を察してくれたのか、彼女は、僕に尋ねてきてくれた。
「・・・・・・話したいこと、って?」
今の僕には、その言葉に乗じるしか手が無かった。それしか、伝える機会が無かった。
「実は・・・僕・・・。」
唾をごくりと一飲みして、僕は言葉を搾り出した。
「戦争に行かなくちゃならなくなったんだ。・・・徴兵されて。」
一瞬、全ての時間が止まってしまったかのように僕は思った。何も動かない、何も聞こえない、無味乾燥の空間に投げ出されてしまったみたいに。
彼女は・・・しばらくは僕の顔をただただじっと見つめていたかと思うと、急に身を翻して、僕に背を向けた。
「よかったじゃない! 国の英雄になれるのよ! もっと喜びなさいよ!」
さっきまでの、明るく元気な口調で、彼女は僕にそう言い放つ。背は相変わらず僕に向けたままだ。
僕は・・・何だか少し寂しかった。多分、かなりの決心をして言ったことが、彼女にとってはそれほど大きな問題ではなかったということがわかってしまったからだろう。
と、同時に、心なしか少し安心してさえもいた。彼女がいつもと変わらない口調で答えてくれたから。
でもそれにしたって、もう少しくらい心配してくれたっていいものじゃないか。戦争に行くんだよ。死んでしまうかもしれないんだよ、本当に。
だから、僕は言ってやった。少し皮肉めいた口調で。
「そうだよねぇ。何か名誉なことをやってのけて死んだら、一生国から崇められるだろうねぇ。」
その瞬間、彼女の肩がびくりと跳ね上がった。
「・・・?」
僕は不思議に思い、彼女の背をじっと見つめた。跳ね上がった反動で震えが止まらないの
か、彼女は両手で必死に肩を抱きしめている。よく聞くと、何だか呼吸も荒くなっている。
「・・・どうしたの?」
僕は小走りで彼女に駆け寄り、ぽんと肩を叩いた。ゆっくりと、彼女は僕の方を向いた。
そこには、大粒の雨で花がしおれて、くしゃくしゃになってしまったひまわりがあった。僕はあっけに取られて、ぽかんと馬鹿みたいに口を開けて、そのひまわりを見つめた。
「・・・なんでよ・・・なんであんたが・・・戦争なんかに・・・。」
大雨で上手く話せないひまわりが、ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら僕の胸の中に入ってきた。そして、僕の胸を、握り締めた拳でどんどんと叩き始めた。
「・・・なんで・・・なんで・・・どうして・・・どうして・・・。」
それはもううわごとに近かった。自問自答するようなうわごとに。
胸を打つ拳は、徐々に強さを増していった。打たれるたびに、打たれるたびに、僕の心に悲しく、切ない痛みが刻まれていく。
「なんでなのよ!!! どうしてなのよ!!!」
彼女の痛々しい叫びが、僕の身体の中でこだまする。いつからか、もはや彼女は声も出せなくなり、ただうなりながら、ただ泣きながら、僕の胸を細かく、早く叩くようになっていた。
僕はもうそんな彼女を見ていられなくなり、腰に手を回して強引に彼女を僕のほうへ引っ張り、そして抱きしめた。強く、とても強く。
彼女は、僕の胸の中で静かに、さっきよりも幾分落ち着いた様子で、また泣き始めた。嗚咽はまだ止まりそうにない。
うなだれたひまわりからの大粒の雨が、僕の胸を濡らしていく。その雨の温もりは、胸に付いた瞬間に消え去り、どんどんと冷たくなっていく。
「・・・・・・約束する。」
僕は彼女に語りかける。小さく、それでありながらも強い声で。
「絶対この場所に・・・このひまわり畑に戻ってくる。絶対に死んだりなんかしないよ。だからそれまで、ここで待っていてくれないかな?」
彼女はゆっくりと顔を上げた。そして、泣き腫らした目で、僕の目をじっと深く覗き込んだ。
「絶対、帰ってくる?」
「絶対、絶対、帰ってくるよ。」
「絶対、絶対、絶対、帰ってくる?」
「絶対、絶対、絶対、ぜーったい、帰ってくるよ。」
そんな子どものようなやりとりを何度か続けた後でようやく、彼女は元のひまわりの笑顔にもどった。まだ少し、雨のしずくが付いてはいるけど。
「私、待ってるから。」
彼女は僕に語りかける。小さく、それでありながらも強い声で。
「待ってるから。ずっと待ってるから。約束する。」
僕はうなづいて、その言葉に答えるように、彼女を力強く抱きしめる。
彼女も僕に答えるように、僕を力強く抱きしめる。
風に踊るひまわりたちが優しく見守る中、僕たちは固く、誓い合った。


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