「あっ!あそこよ!ほら、早く早く!」 そう言って彼女は僕の手を引いて駆けてゆく。僕はさながら、飼い犬に引っ張られながら走る情けない飼い主のごとく、つんのめりそうになりながら慌てて足を速めた。 「見せたいものがあるのっ!」 家にいきなり押しかけて、そう一言だけ言っていきなり僕の手を掴んで走り出したときは正直びっくりした。もうかれこれ1キロ近くは走ったのだろうか・・・。 「ちょ・・・ちょっと・・・待って・・・待ってってば・・・。」 息も絶え絶えに僕は何とか彼女に話しかけるが、彼女は前だけを見ていて全く聞く耳を持っていない。 「到着っと!」 ようやく彼女が足を止めて、掴まれていた手を解放されたので、僕は中腰姿勢でうつむきながら、はぁはぁと肩で息をして呼吸を整えようとした。 「今・・・夏・・・なんだからさぁ。こんなに走ったら・・・暑くて死んじゃうよ・・・。」 「夏だからこそ、見れるものもあるのよ。ほら、顔上げてみて。」 言われて渋々と顔を上げた僕は・・・・・・しばらく息をすることも忘れて呆然としてしまった。 眼前に広がるのは・・・・・・大きく、とても大きく咲いた、無数のひまわり。 爽やかな風に揺られて、気持ちよさそうに踊っている。 太陽の光に照らされて、まるで宝石のように輝いている。 「・・・・・・きれいだ。」 ただただ、そんな陳腐な感想しか言えなかった。あまりにも、すごすぎて。 こんな簡潔な感想に呆れ果ててるかと思いきや、意外にも彼女は満足そうに笑っていた。 「でしょう? きれいだよね! すごいよね!」 彼女は僕に顔を近づけながら、僕と対して変わりばえしない感想を声を張りながら言う。 もっともそんな言葉以上に、彼女の顔が、どんなにこの光景に感動しているのかを物語ってはいたけど。 「つい最近見つけたんだー。こんな素敵な場所、今までどうして見逃してたんだろう。」 そう言いながら、彼女は無数のひまわりの中へと飛び込んでいった。僕はまだ呼吸が整っていないこともあったので、ゆっくりと歩きながら彼女の後を追った。 ひまわりはだいたい彼女の胸くらいの高さだ。だから彼女を見失うことはない。 彼女はひまわりの中を軽やかに走っている。僕はその後ろをのんびりと歩く。 このくらいの位置感覚が、僕はとても好きだ。もちろんもっと近くても構わないけれど。 僕がそんなことを考えてると、突然彼女はふと立ち止まって、目をつぶりながらくるくると回り始めた。 彼女の真っ赤なスカートが風になびいて、ふわりと大きく揺れる。彼女の長くて茶色い髪が、太陽の光に反射して色鮮やかに輝く。ひまわりも彼女に応じてか、身体を大きく揺れ動かして一緒に踊る。 僕はただそれをじっと見ていた。いや、見とれていた。目を離すなんてできなかった。 やがて彼女は止まり、スカートの裾を手で持ち上げ、僕の方を見て軽くお辞儀をした。 そして顔を上げて、にっこりと笑った。満開のひまわりのように。 心臓がトクンと音を立てる。 「いかがでしたか?」 彼女はおどけてそう訊いたのだろうが、僕は「あー、いいんじゃない。」と呟きながらそっぽを向くしかできなかった。彼女の顔を見ながら答えるなんて、到底できそうになかったから。 「なによー。案外そっけないわねぇ。」 彼女はふんと鼻を鳴らして少し怒った。と、その瞬間、突然僕たちの頭の上を、巨大な戦闘機が轟音を鳴らしながら通り過ぎた。 「・・・また戦争、かな。」 僕は小さくなっていく戦闘機を見守りながらそう呟いた。 僕たちが住んでいる国と、海を境にしている隣の国とは、もう長いこと戦争に明け暮れているのだ。今も戦闘機の飛ぶ音や戦艦の出港の音が絶えることはない。 「嫌だなぁ・・・戦争なんて。」 彼女は誰に言うでもなくそう呟いて、近くのひまわりの首にそっと手を絡めた。 「戦争が拡大したら、このひまわりだって消えてしまうよね。・・・こんなにきれいなのに。」 彼女はひまわりの花をじっと見つめて、そして愛でるように撫でている。 僕はどう答えたらいいのかわからず、ただ突っ立っていることしかできなかった。
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