旅に出るといってもまだ何も準備していなかった三人はしばらくは翔(しょう)の小屋に宿泊して京大都(きょうおうと)に何度か行くのであった。
「都ってすげぇな」
「お前ら来たことなかったのか、漂穀村だったらここに来ることはないかもな」
「武(たける)、もしかして、私の父さんもここにいるのかしら」
「それはあるかもしれないな、凛(りん)の父ちゃんって何してるんだろうな」
「お前ら兄弟じゃないのか!?」
「そうですよ。私たち兄弟じゃないんですよ。漂穀村は子供の数がとても少なかったから。私と武を入れても三人しかいませんでした。兄弟みたいなものですよ全員」
「そうか。漂穀村にはそんな事情があったのか」
「気にすることはないぜ、翔」
そういうのは気にするなって言われたほうが気になるものだ。しばらく歩いていると少し大きな屋敷があった。
「武、ここがお前らが訪ねるはずだった屋敷だ」
「なんでここだけ大きいのかしら?」
「それはな、役人に気に入られてるからさ。もっとも気に入られてるのはそこの本人ではなくてちょっと多めに出される資金のほうなんだけどな」
「それって賄賂なんじゃ」
「そうさ・・・この屋敷の当主は役人に賄賂を贈ることでこの都で威張りながら暮らしてるんだよ。お前らも来てたら役人に差し出されるのは間違いなかった」
「翔の小屋があそこにあって助かったよ」
「あはは!!偶然ってすごいよな」
翔がいきなり大きな声を出すものだから周りの人は翔のほうを見る。道のど真ん中なのだ、嫌でも目立ってしまう。しかし、その翔が目立ってくれたおかげでめぐり合う。
「凛!!凛じゃないか」
「父さん!!」
「宗次(そうじ)さん!!」
そう、凛の父・宗次に出会えたのだ。
「凛、ごめんな、ごめんな」
宗次は凛を抱きしめ泣き崩れた。
「父さん、痛いよ。母さんは?」
「母さんは家で待ってる。家にいこう」
宗次に連れられて着いたのは先ほどの大きな屋敷だった。なにかの間違いだろうかと凛たちは思った。
「ここが父さんの家?」
「そうだよ。ここが父さんたちの家なんだ。村から遊びに来たんだろ?いつまでもゆっくりしていくがいいよ」
「私た・・・」
「そうなんです。父ちゃんが遊びに行って来いって」
「先に中で母さんに知らせてくるから入っておいで」
と言い残し屋敷の中へと入っていってしまった。
「武、いい判断だ」
「どうゆうこと?」
「いいか、凛。もしかしたら、宗次さんは俺たちを役人に差し出すかも知れない。今日は夜中に逃げ出すぞ」
「凛ちゃんわかってくれ。この屋敷に住んでるっていう事はそうゆうことなのさ」
「わかった。私は父さんと母さんに捨てられた子だものね、今更関係なんかないもの」
凛は言葉ではわかっていたが心では納得していなかった。しかし、納得しなければいけないのだともわかっていた。
「行こう、遅すぎても怪しまれる」
そうして三人は罠かもしれない屋敷へと入っていくのだった。 扉をあけて待ち構えていたのは使用人だった。
「私はこの屋敷の使用人の風香(ふうか)と申します。これからあなた方の世話を頼まれました。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
晩の食事まで三人で色々と語り合った。これからどこに向かって旅をするのかというのが一番大きな話だった。反乱を起こすためにはやはり人数が必要である。それにはどこか拠点のようなものが必要だった。議題はもう一つあった。
「それより武、あの風香って女・・・強いぞ」
「それは一目みてわかった。俺たちよりも強いだろうな」
「厄介なことになりそうだ」
今夜この屋敷から脱出しなければいけないのだ、そのためには風香をどうにかしなければいけなかった。この三人にはどうすることもできなかった。ただ風香が現れないのを祈るだけで。 晩の食事は豪華なものだった。武も凛も翔も初めて食べる料理が沢山並んでいた。食べたことのある料理もいつもとは違っていた。料理はおいしかったが武はなにか物足りない感じがした。
「父さん、父さんは普段なにしてるの?」
凛の質問に宗次は少し表情がこわばった。
「父さんは、今は服を売ってるよ」
「そうなんだ。じゃぁ今度私にも服がほしいな」
「そうかそうか、今度送ってやろう」
「ありがとう父さん」
宗次は曖昧な表情をしていた。この会話をしているときに身の危険を確信した。それは会話をしている凛にさえわかったのである。今夜ここを出なければ危ない。食事も終わり風香に案内されて部屋へと行く。部屋に入りまた三人で会議を開こうとしたら、まだ部屋の中に風香がいた。
「みなさん、今夜中にこの屋敷から出てください。そうしなければ、あなた方は役人に差し出されてしまいます」
意外な言葉だった。敵と思っていた風香からそんな言葉が出てきたのだ。
「風香さん、俺たちは最初からそのつもりだったぜ。凛には悪いが宗次さんは人が変わっちまった」
「ううん悪くないわ。私もさっきの会話でわかったの。昔の父さんじゃないって、というよりも私と一緒に暮らすっていう選択肢がないみたい」
そうだった、凛に会いたかったならこのままここで一緒に暮らすという事もできるのだった。その話を切り出さないという事は一緒に暮らす気はないのだろう。
「そちらのお嬢さんは、ご主人様の娘さんでしたか。それはお気の毒に、ご主人は一度役人に手柄を取ったことからこの屋敷に住むことを許されました。私はまだそのときは普通の村の娘でしたが、ご主人様には大変お世話になっておりました。ご主人様がお変わりになられたのはこの屋敷に住むようになってからなのです。」
風香はここで一息ついた。
「私は使用人を探しているとのことでお世話になったこともあり、この屋敷で働こうと思ったのです。しかし、私が使用人で来たときにはもうご主人様は人がお変わりになられていました。役人に賄賂を渡し、役人の悪口などいっている人物を見つけると捕まえて役人に差し出すようになったのです」
風香は泣き始めた。
「私は前のご主人様が好きでした。今ではもう戻ることはできないのでしょうが」
「まだわからないだろ、風香さん。俺が少し話しをしてくる」
そういって武は部屋をでていった。 部屋はしんと静まりかえっていた。風香の泣き声だけが聞こえてきた。
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