夜がゆっくり明けて行く。藍色ががった闇の黒から、空は灰色になり、朝がやって来る。
ベランダから見たビル街はお日さまを浴びて、窓硝子をきらきらと輝かせる。深夜便トラックが国道を走り抜ける音が、透明な朝の空気に紛れていた。
「なんだかんだで、酒…強ぇな、コウ」 「一升瓶片手に『宇宙の果て論』を語ってたひとに云われたくないんですけどぉ〜。ゲーゲー吐くくせに。なぁんで繰り返し酒飲むかなぁ、このひとは」 ヒロユキとふたり、ベランダから朝日を拝んでいた。ヒロユキはグロッキーぎみで、ベランダの鉄柵にもたれかかっていた。気怠げにしてても奇麗な顔に見えるのがなんかムカついて、私はタバコをふかす。 「今日、どうすんの?コウ」 「ん?ウエディングドレス選ぶのに付き合うよ」 ヒロユキを見ると「タバコくれ」の仕草で左手をつき出している。タバコを渡して私のタバコから火を移した。 「…なぁ…それってしんどくない?」 ヒロユキが呟く。タバコの煙と冷えた外気が混じる。 「なんで?とってもキレイだよ。あんたの従姉妹なんだしさ。フリルがたっぷりいっぱいついたのとか、背中とかあいた大胆なのとか。きれいで色っぽくてかわいい」 「なんか…その発言は複雑。俺…ユキと双子か?て云われるくらい顔がよく似てんだけど…フリルかよ」 「だぁって、本当だもの。ユキエは可愛くて、きれいで、強くて優しい」 力説する私に、ヒロユキは何故か頬を赤らめ、苦笑した。 げほっ、てタバコの煙吐き出して「キャメルは反則でね?」とぼやく。何ごまかした?(笑)
タバコはキツいくらいが良い。数本でニコチンの毒が身体中を巡り巡って、別の自分になれるような気がするから。
「俺って、そんなに女顔?」 「うん」 「即答かよ!」 「…てか、めずらしいねヒロユキ。普段、あんま喋らないのに。酒が残ってるから?それとも相手が私だから?」 私がそう云うと、しばらく面食らった顔をした。そして首をかしげ、また苦笑した。 「…お前ってさぁ、時々鋭いところついてくるよな。肝心なトコ鈍すぎだけど」 「なによそれ」 「言葉のまんま。そんじゃ、俺の車に一緒に乗ってく?コウジさん現場まで送ってなきゃなんないし、付き合うよ」 「ん…そうしてもらおうかなぁ。…確かにしんどいもんね。何んだかんだ云っても、あのふたりを見続けるのは。 あ…ごめん。ヒロユキも同じか」 そうだった。だってヒロユキは…。 「…どーでもいいよ、俺のことは。 なぁ、コウ?」 振り向くとヒロユキが手招きしてた。近寄ると「俺の前にしゃがめ」と指差した。 「ユキには一生黙ってるのか?」囁くように耳元で云う。 「そう云うヒロユキだって…」 ヒロユキは黙り込む。新しく点けたキャメルが半分以上灰になるまでヒロユキはずっと黙ったまんまだ。 自分から話しふっといて黙り込むなんて、反則くさいぞヒロユキ。私は口を開きかけて止めた。答えるまで待ってみよう。 ふたりが眠っている部屋には帰りたくはない。
「拒絶されたら、俺…。きっと。死ぬよりも苦しい。だから云わない」
ぽつりと呟く。その言葉が私の胸にも突き刺さる。 すとん、とヒロユキの横に座り、ぼんやりと煙を吐いた。外はまだ寒くて、ヒロユキの腕の服ごしの体温が、ことの他あたたかくて嬉しかった。 「やべ。俺また泣かした?」 「女って、会話と関係ないことでも泣けるんだよ。大丈夫…ヒロユキのせいじゃないよ」 きっと誰が悪い訳でもない。ひとはひとを必要として、愛し愛されたいだけなんだ。それが自分と同じ女だったり男だったりしても。オスとメスであった方が、人間が動物として子孫繁栄させるためには、ごく自然なことなんだろうけど。人間だからこそ、外のカタチでは無くて魂で「愛しさ」を知る。同性だろうが、年の差や国境すら関係無い。 ただ…男女の恋愛とおんなじで、好きな相手が自分を「選ぶか」「選ばない」かだけなんだ。 ユキエはコウジを選んだ。ただそれだけのこと。 なのに、こんなにも切ないのは何故だろう。なのに、こんなにも安心してるのは何故だろう。
「“ともだち”なら。ずっと一緒にいられるよ。身体は側に居られなくても。男と女はこじれたり別れたりしたら、ずっとは難しいじゃん」 私がそう云ったら、ヒロユキはぽろりと涙をこぼした。私も泣いた。 しばらくふたり静かに泣いた。先に場を崩したのはヒロユキ。 「タバコ…キャメルはキツいだろ」 「うん…。そだね。次からはマイルドの方にする」 「変えろよ…かわいくねーなぁ…」 そう云って、ヒロユキは私にキスをしてきた。苦い。苦いキス。長いキス。舌が入って来たけど嫌じゃなかった、舌で触れ返した。私たちは同じなんだ。だから優しい気持ちになれるんだ。 ヒロユキのキスは気持ちいい。欲望よりも愛しさが先にあるような気がするから。 「いいよ。ヒロユキなら」 「身体だけでも?」 「うん」 「お前って、ほんと馬鹿な」 ぎゅうっって抱き締めてくれた。 あったかいなぁ…。 「俺は誰かの代わりなんて嫌だ。コウは好きだ。だからキスすんのも好きだ。多分…」セックスだって好きだ、出来る。オスとメスだから。 「ごめんね…ヒロユキ。傷つけること云ったね」 「やっぱり馬鹿」声をあげて笑った。
朝日は完全に昇っていた。やっと起き出したユキエが、ベランダの緑たちに水やりに出て来た。 小さい悲鳴をあげる。そして空気を悟ったユキエは、ヒロユキに向かって 「ちょっとぉ。サチを不幸にしたら許さないんだからね」 とにらんで、窓を閉めて部屋に戻って行った。
「ごめん…コウ。誤解された」 「…ん…いいよ。大丈夫。ヒロユキとなら許す」 「そう云う問題?」 「そう云う問題」 大丈夫だよ、の替わりに私からキスをした。 とたんに、慌てて真っ赤になって離れるヒロユキ。口許を押さえて、ますます真っ赤になって視線をそらす。 「ヒロユキこそ馬鹿?さんざんさっき私にエロちゅーしてきたくせに」 「自分からすんのと、相手からされるんじゃ問題が違ってだな。コウが…その…?あれ?何云ってんだ俺」 慌てるヒロユキがおかしくて笑った。なんだか不思議な感情が生まれた気がした
私たちの1日が始まる。ウエディングドレスのユキエはきれいだろう。コウジと一緒にいられるヒロユキは幸せだろうか。 巡る毎日。生まれ変わる毎日。 誰かへの愛しさも、いつか生まれ変わるのだろうか。
(Fin)
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