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作品名:スクエア 作者:月光

第1回   ユキエ
ちくりちくり。

 ユキエは布に針を刺す。

 色も柄もバラバラの三角形のパーツを互い違いにつなげて行く。最初は長いひもみたいな布も、別の長い布を横にどんどんつなげけて行くと一枚の大きな布になる。

 つなげる布の色や柄の選び方によって、色んな模様が浮かび上がるのだと云う。
パッチワークと云うそうだ。古くなった衣類をバラして切り取り…そのひとたちの人生の記憶を少しずつ切り取り、つなぎ止めて。新しい関係を完成させる。そんな感じの裁縫のことらしい。
 手芸がてんで苦手なわたしにはあんまりよく分かってない。

ピンポーン。

 部屋のチャイムが鳴る。手が離せないユキエの代わりにわたしが彼らを迎えた。 

「よおっ、久し振り。相変わらずでかいね〜サチちゃん。おじゃましまぁーす」ドカドカとコウジが靴を脱いで上がってくる。
 あんたに云われたきゃないわ。うちの玄関の入口に頭ぶつけたくせに。
「…おじゃまします」
 巨人兵の後ろから現れたからか?華奢な女の子みたいに見える男の子が一緒に入ってくる。24のわたしたちの4つ下なら充分青年なんだろうけど、少年くささが抜けない。とにかく男にしとくにはもったいないくらいな奇麗な顔立ちをしている。さすがユキエの従兄弟。
これで愛想が良ければねぇ。とにかく無愛想なのだ。たまに喋っても、ぼそぼそ低い声で喋ってすぐに黙ってしまう。いつもコウジに隠れる(なついてる?)みたいに側に座ってる。黒くて大きな猫みたいな雰囲気なのだ。コウジとは高校の先輩後輩の間柄で、ユキエとコウジとの「縁」を作っしまった人物。

「ごめんコウちゃんヒロ。もう少しで終わりそうだから待っててね」
 ユキエは布から視線を外さずに云う。かるくひっつめたポニーテールが揺れてる。ほつれ髪が可愛いなと思った。
「女の子」て感じだ。コウジもそんなところに惚れたのか?(笑)て感じ。

 ちくりちくり。

「ねぇ、ユキエ。わたしコンビニ行ってくるよ。今日はみんな泊まって行くんでしょ?お酒とか、買い足してくるよ」
「あ。だめよサチ、もう時間が遅いんだからぁ!ひとりで行っちゃだめ!コウちゃん?」
「ん?」
 勝手に先にビール缶を開けて飲みだしていたコウジが、ユキエの肩越しに頭を乗せる。
「んもうっ。飲んでないで、サチについて行って。私の大事なだぁーいじな親友なんですからね。なんかあったら嫌なのっ。ね?お願い」

 ちくりちくり

 まるでもう何年も連れ添った夫婦みたいな、仲の良さ。来月からは普通の光景になるのだろうな。
「いい。…オレがコウと行くから。コウジさんとユキは残っててよ」
 ヒロユキが立ち上がる。すばやく靴をはくと、先にさっさと玄関から出て行ってしまった。云い出しっぺのわたしが慌てて財布だけをつかみその後を追った。

 ヒロユキはわたしを“コウ”と呼ぶ。なんでか分からない。幸(サチ)が“コウ”と読めるからだろう。


 夜食につまみ。いちご好きのユキエの為にいちご味のシュークリーム。アイス。大量の酒にミネラルウォーター。
重い。それもかなり。

 空気も重い。ヒロユキは終始無言だった。行きの道でもコンビニで買い物してる時も。
アイス選んでる時だって「バニラとチョコどっちにする?」て訊いたのに。
「甘くないほう」だって。
甘くないアイスなんて無いっつの。バニラとチョコどっちが食べたいかって訊いてんだ、ての。そうやって云い直したら、さも面倒くさそうに
「バニラ」とだけ答えた。
可愛くない。顔だけ見てたら、ユキエにそっくりなのに。性格は天使と悪魔くらい違うんじゃないかしら。

 それでも、コンビニを出る時に、私にアイスやお菓子の入ってる袋だけを差し出した。
「いくらなんでも重いでしょ?もうすこし持つよ」
「これでいい」
「でも…」
「いいってば。デカ女」

 ぶちっ。ムカツク。好き好んでこんなにでかく育った訳じゃないての。おかげで、共学だってのに男子が足りないせいで、フォークダンスの時はいっつも男役ばかりだったさ。
…まぁ、そのおかげでユキエとも踊れたケドさ。

ぷしっ。

 ヒロユキが歩きながら酒缶を開けて飲み出した。イラついていたわたしも負けじとスミノフを袋からかっぱらい、ラッパ飲みした。
 ちらりとヒロユキがわたしを見て笑った。どきりとするような、奇麗な笑顔だった。
「笑うな。チビ」
「うるせぇ、170はあるっつの。不幸なブスおんな」
「なによそれ」
「同じ“幸”が付いてるのに、幸恵は幸せいっぱいじゃん。なのにあんたは何やってんのさ。すんげ不幸ヅラ」
 どきりとした。見透かされているようで。
「はぁ?親友が幸せで、なんでわたしが不幸ヅラになんなきゃなんないのよ。
てか…ちょっと、ヒロユキ…あんた呑めないんじゃなかったっけ?」
 確か前にユキエから聞いてたような…呑むとすぐ酔っ払って…吐くって。

ぷしっ。

 また開けて一気飲みした。
なんか変だ、今日のヒロユキ。5本目のプルタブに指が行きかけた。さすがに止めようとして手を出したら、男のすごい力で両手首をつかまれた。

 コンビニの袋がどさりと落ちる。

 コンクリートの壁に押しつけられて、キスされた。ヒロユキなのにユキエを思い出した。

 力が抜けた。ぺったりと座り込むと、バランスを崩したヒロユキがコンビニの袋にけつまずいて転んだ。
咳き込むと同時に吐いた。吐きまくり、咳き込む。それを繰り返して苦しそうだった。
 混乱しながらもかすかに残った理性で、ミネラルウォーターのボトルを転がってた袋から引っ張り出して、ヒロユキに飲ませた。汚れた顔や手もきれいにしてやった。

「ねぇ…いつから知ってた?」
 自分でも驚く程、優しい声で聞いてた。ヒロユキは答えない。
「ねぇ…なんか云ってよ」
 涙がぽろぽろ出て来た。しばらくヒロユキはわたしを悲しそうに見ていた。また酒缶に手をかけようとしたから、ひっぱたいてやった。ヒロユキは重い口をひらく。
「高校んの時くらい。ユキエからあんたの話ばっか、聞かされてた頃から…」
「そう…。隠し通せててると思ってたんだけどなぁ…」
「…苦しい?」
「うん」
「やめちゃえば?苦しいなら」

 三角形のピースはひとつだけとは限らない。

「やだ。だってずっと好きだったんだもん」
「…叶わないと分かってても?」
「うん」
「…そっか」

「ヒロユキは?」

 何も答えなかった。


 ちくりちくり。

 ユキエは布に針を刺す。

 パッチワークは出来上がってる頃だろうか。


〈Fin〉


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