結局、樹海を戻る途中でティアには会えなかった。道中はもちろん、彼女が自宅と称したあのあばら家にも。
やはりセッツたちに攫われたのか、もしくは樹海の外まで出て行ったか。
だが、今のフラムにとってそんな事は重要ではなかった。最優先されるべき事項は、セッツだけ。
彼は、自分からたった一人の血縁である妹を殺めた、憎むべき仇なのだから。
そう考えていると、いつの間にかリヴェイルの前まで戻って来ていた。
「……」
立ち寄らないほうが良いだろう。
ただ戦うさまを見せただけで、ティアと一緒に追放宣言を受けるほどの魔法嫌いの村長がいる村なのだから。
そう結論して、通り過ぎようとした時だった。
「おい。お主」
いきなり呼び止められた。振り向くと、そこには村長・ベリルが立っていた。
「話がある。入りたまえ」
予想外の展開で内心驚きながらも、フラムは黙って素直に彼についていった。
案内された先は村長の家だった。
暖炉で火がぱちぱちと爆ぜ、薄暗い部屋の中を淡く照らし、その中に2人の顔はぼんやりと浮かび上がる。
「……さて」
傍らの妻にお茶を出すよう命じながら、机の上で指を組んで、ベリルは切り出した。
「樹海で何があった?」
「!」
「何故知っている、とでも思ったか? 奥のほうから凄まじい魔物の叫び声が聞こえたわい」
ぎくりとするフラムに、ベリルはそう吐き捨てるような軽蔑の視線を浮かべて言った。
「それにあの船。あんなでかいモンを見逃すわけなかろうが」
「……」
「洗いざらい話すことじゃな」
そう言うベリルの瞳には、嫌悪の感情がありありと現れていた。
「このリヴェイルと樹海はそう遠くない。嫌な噂が立ったら迷惑じゃ」
「……結局心配なのは自分の世間体なんだな。汚ねぇ奴」
「黙らんか!」
嫌な表情を隠しもせずにそう言い捨てたフラムに、ベリルがどん、と拳を机に打ち付け、声を荒げる。
「良いから話せ!」
「……」
彼の態度は気に入らないが、フラム自身は、あの出来事は誰かに知って貰った方が良いとは思っていた。
あそこに出くわした自分とティアを除いて、尚且つ……出来るならば、なるべく権力の高い人間に。
それが……不本意ながらも、ちょうど目の前にいる。
「分かったよ」
渋々ながらも、フラムは話した。
樹海の奥で起きた……湖の主、不思議な石、そして……恐らく帝国の手で、ティアがどこかへ消えたことを。
セッツと自分の因縁については省いた。ティアにもそう言ったが、セッツのことは自分だけの問題であって、この男に自分の身の上を話す必要はないと思ったから。
「……ティメール、じゃと……」
「?」
必要な限り全てのことを話し終えた直後。震える声で、ベリルが聞き返した。
「本当にその名を言ったのか!?」
「あ、ああ……」
「知らぬわけはあるまい! それは1000年の昔、賢者によって『時空の扉』に封印されたと言われる、時の邪神の名じゃぞ!」
「邪神……って、ああ!」
やっと思い出した。
小さい頃、よく養い親の老父に読み聞かせてもらった話に、確かそんな名前が出ていた。
妹はいつもその話を怖がって泣いていたが、幼い自分は賢者のかっこいい活躍が大好きで、毎晩寝る前に聞かせて欲しいとせがんだような。……何しろ十年近く昔の話のため、記憶は曖昧だった。
「何と言うことじゃ……お前たち2人は、ティメールの封印を解いてしまったかも知れんのだぞ!」
「なっ……」
思わずうろたえる。
あそこがそんなにも重要な場所だったということなど、2人とも知らなかった。それにあの時は必死だったし、敵の命の事など考えてもいられなかった。“共鳴”というらしいあの現象のことも、ティアがほぼ本能的に呼び起こしたことだったのだから。
「そもそも、俺たちは……」
「言い訳なんぞ聞かん!」
そう説明しようと口を開いたが、すかさずベリルに遮られてしまう。
勢いよく乱暴な音を立てて椅子から立ち上がり、くるりとフラムに背を向けてベリルは言った。
「出て行け! 2度とこの私に顔を見せんでくれ! ああ、魔法などと……忌々しい!」
「……あのさ。爺さん」
内心苛々しながら、思い切ってフラムは尋ねた。
ティアに出会って以来、ずっと心に引っかかっていたことを。
「あんた、どうしてそんなに魔法嫌いなわけ?」
「……」
そう尋ねながら、フラムは、出会った頃のベリルの愛想のいい笑顔を思い出していた。
「封印のことはともかく……この間は魔物からあんた達を助けてやったんだ。それなのにただ魔法能力者ってだけで、あんたは村から俺を追い出した。……俺が村に流れ着いた頃とは大違いの反応だぜ。おかしいだろ」
「分からぬか? たわけが」
フラムのほうを振り向かないまま、静かに言うベリル。
しかしその声色には、明らかに嫌悪の色が浮き出ていた。
「お前はその力を持っているからこそそう考えられるのじゃろうが、わしらはそんな物騒なもんは持っとらん。わしらにとってお前たちの力は魔物並みに恐ろしいんじゃよ」
「……」
「……お節介がどうしようもない迷惑を生む事もある、ということじゃ。知らぬままなら、どんなに……」
ぱちり、ぱちり。
暖炉が爆ぜる乾いた音だけが、険悪な空気の漂う部屋の中に静かに響いた。
「……あの船ならば、渓谷のほうへ飛んで行ったの」
「!」
そうだ、セッツ!
あの時自分は気絶していた。だからどっちへ行ってしまったかなど知る由もなかった。
情報が、手に入った。
「あそこには帝国留置所があったはず。ティアが捕まっとるかもしれんぞ。……“魔法能力者”同士馴れ合おうとするのは自由じゃがな」
そう言ったきり、ベリルは口を開こうとはしなかった。
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