「ここは貴方がたのような子供の来るべきところではない。こんな陰湿な場所はとっとと出た方がよろしいのでは?」
突然、フラムの前に現れた謎の男。
「私とて、任務とは言え……こんな土臭い場所、早く立ち去ってしまいたいのでね」
そう言う彼の後ろには、黒い軍服を着込んだ帝国の兵士たちが数十名控えている。頭上には、いつの間にか先程見かけた巨大な飛空挺が空で低くうなりをあげていた。
嘲笑を浮かべる彼の顔があらわになった途端、フラムがはっと息を呑んだ。
「……お前は……ッ!」
「ああ、成る程」
いきり立つフラムの方には目もくれず、抱きかかえられて気絶しているティアを見、表情を崩さずに男は言った。
「彼女は“共鳴”したのですね」
「共鳴……?」
背中の翼と額のマークを改めて見て、フラムが聞き返す。
きょとんとした顔で男は言い返した。
「貴方は間近で見ていたはずですが?」
(……もしかして、あれが?)
ティアがあの石に触れた瞬間に起こった、あの凄まじい現象。
あれが“共鳴”なのだろうか?
……
「……、そんな事はどうでも良い」
気を失ったままのティアの身体をそっと台座の上に寝かせて、フラムは立ち上がった。その手に、鞘から引き抜き火を灯した剣を握って。男の後ろの兵士たちが身構える。
「俺を覚えているか」
「さて、何のことやら。私は此処に来るのは初めてですよ」
「此処じゃない。俺の故郷……火の島、小都市マグナで、だ」
台座から降り、ざぶざぶと湖水を掻き分けて、ゆっくり、一歩ずつ……警戒しながら、フラムは男の傍へ歩み寄る。
表情は落ち着き払っているように見えても、彼の心中は熱く煮えたぎっていた。……怒り、憎しみ……そして、歓喜で。
やっと、見つけた。
それだけが、今の彼の心境。
「……」
フラムの心中を察したのか、男が動いた。
「そこの娘を連れて行きなさい」
『ハッ!』
ティアを指差して、男が命じる。兵士たちがびしりと敬礼し、一斉に台座に向かって湖水を蹴散らしながら駆け出した。
誰もかれも、たかが旅人のガキのことなど眼中にはない。大事なのはただひとつ、“共鳴”したティアのことだけ。
そう言っているように聞こえて、かっとフラムの頭に血が上る。
「! 待っ……」
逃がすわけには行かない。
そう思ってはいても、足は咄嗟にティアの方へ向いていた。
彼らの言う“共鳴”が何のことかは分からないが、ティアがそうなってしまってその結果狙われてしまっているのなら、守らなければ……そう、無意識に思っていたから。
「ええい、小うるさいネズミめ!」
怒声と共に、背後からとてつもない殺気を感じた時には、既に遅く。
振り向こうとした瞬間、兵士の一撃がフラムの後頭部に直撃した。
「うぐ……ッ!」
頭に鈍い痛みが走り、視界が暗転する。
力なくくず折れ、橙色のコントラストを描く赤毛が、湖に沈む。
「よくやりましたね。……彼は放って置きなさい」
「は。し、しかし……」
「放っておけ、と言っている」
「は、ハッ! も、申し訳ありません!」
そんなやり取りが、遠のいていく意識の片隅に聞こえた。
妹の髪は、俺と同じ橙を帯びた赤色。
でも、瞳だけは水みたいに澄んだ青い色をしていた。
魔法能力を生まれ持った俺とあわせて、妹もまた故郷の町では異端だった。
でも、小さい頃は寂しいという事だけはなかった。
幼馴染の少女、そして育ての親の老父が、いつだって傍にいてくれたから。
……でも。
「あたし、職人の村で修行してくる。絶対一人前になって帰って来るよ!」
いつからか。
「帰って来いとうるさくてね。ずっと迷っていたんだが……」
どんどん、俺たちは。
「やーい、化け物兄妹!」
誰からも、見放されて行って。
そして、ついに。
あの男が、変な真っ黒い建物と一緒にやって来た、その日。
「痛いよぉ……、どこ……? おじいちゃぁん……」
この世界でたった一人の、血を分けた『家族』さえも。
「嫌だ!! 逝かないでくれ、フィラあぁああああっ!!」
ついに俺は、一人になってしまったんだ。
「う……っ」
嫌な夢だ。
そう思いながら、フラムは目覚めた。
身体の半分が湖水に浸かったまま気絶してしまったためだろう。身体が冷え、心底寒かった。
「……畜生」
まだがんがんと鈍く痛む頭をさすりながら、起き上がる。
辺りを見回してみる。すっかり静まり返っている。飛空挺も、あの男も、兵士たちも……ティアの姿も、何処にも見えない。
まるで、今までのこと全てが夢であったかのように。
……でも、夢じゃない。
この痛みと寒さ、そして心に色濃く残るどうしようもない怒りが、何よりの証拠。
「……セッツ・エデル・モーメント」
低く呟いたのは、あの男の名。
2年前突然やってきて、自分に残された全てを焼き払った、憎むべき敵の名前。
間違えようがない。昨日のことのように覚えている。あの男自身が、そう名乗ったのだから。
「俺の妹……フィラの、仇」
自分の心に、記憶に。
深く深く、刻み付けるように。
「じっちゃんも、探し出す……フィラの、最期の願いだから……」
胸にぶら下がるガラスのペンダントに、無意識に手が伸びた。
廃棄するなど、考えられない。
……まだ自分が2人でいられた頃、妹が自分に贈ってくれたもの。
思い出を宿した、形見だから。
「……よし!」
やがてすっくと立ち上がった彼の紅い瞳には、炎のように赤々と燃える闘志が宿っていた。
「……待ってろ、セッツ!」
すぐに樹海の出口へ駆け出した。
ティアのことなど、考えてはいられなかった。
2年間も捜し求めた仇敵が、今、自分の目と鼻の先にいるのだから……。
|
|