最初に見つけた時から、あの台座はやたら目立っていた。
湖のど真ん中に大きく設置されていることも怪しかったし、表面に彫られた紋章もそう。
何かあるとは思っていたが、まさかこんなものが隠されていたとは。
「何だ……あれ」
突然現れた光の中心部を凝視する。
淡く蒼く透き通った宝石のようなものが、光の中でふわふわと浮いている。中で、水が無限に滴り落ち続けているのが見える。
近くで見ようと立ち上がろうとして、足に力を入れようとした途端。
「うぐ……ッ!」
全身にびりびりと痛みが走った。力なく、その場にくず折れる。
主との戦いのダメージが予想以上に大きい。こんな人気の無い場所で、身動きが出来ないままでいるのは非常に危険だ。
新手の魔物が出るかもしれない。
「ティア! 俺も早く……」
回復してくれ、と言おうとして、異変に気がつく。
自分の回復が済んだのか、いつの間にか立ち上がっているティアは……まるでここに到着した時のように、ぼんやりとその場に立ち尽くしているではないか。
(またかよ!)
苛立たしげに、舌を打った。
「おい! ティア!!」
「……っ」
いや、最初よりも自我はあるようだ。フラムの呼び声にびくりと肩を震わせて反応する。
そのまま歩き、フラムの隣でそっと屈み込んだ。
「……あれだわ」
「?」
「私を呼んでいたのは、きっとあれよ」
その声は確信に満ちていた。
フラムの顔は見ずに、そっとフラムの足に手をかざして、唱える。
「回復清水(ヒール・ウォーター)」
蒼い揺らめきが、ふわりとフラムの身体を優しく包み込んだ。
傷が塞がって行く。痛みが引いて行く。
立てる。
「……これで、大丈夫」
ぽん、と軽くフラムの肩を叩いて、再び光に向かって歩き出すティア。
すぐに立ち上がって、引きとめようと腕を伸ばした。
「待てって! 危険だ! 何が起こるか分からないぞ!」
「……2年前から、ずっと」
一瞬だけ足を止めて、突然語りだした。
今なら、無理やりにでも腕をつかんでこちらに引き戻す事も出来る筈。……が、何故か出来なかった。
今この話を聞かないと、後悔するような気がしたから。
「私、ずっと誰かの呼び声を聞いていたの。……いつもなら、怖いからって放っておいたんだけれど……」
そう言って、不意にティアはフラムのほうに顔を向け、続けた。
「2年も経って、今更……なんでだか、今日はそれに従える気分になれたの。貴方に出会えたからかしら」
「……」
「今なら、分かるの。私を呼んでいたのは、きっとあれ。だから……私、応えなくちゃ」
そこで言葉を切って、ティアは再び歩き出す。
フラムが我に返ったのは、ティアの足が水中から出て、台座についた時だった。
「ティ……っ」
呼び止めようとしても、声が出ない。そればかりか、足が動かない。
先程、ティアの魔法で治癒した筈なのに、何故!
(どうして! どうして……動かないんだ!)
何か取り返しのつかない事が、これから引き起こされるような気がして……正直、とてつもなく怖い。
それは、フラムもティアも同じ気持ちだった。
何故、呼ばれているのか。誰かを呼ばなければいけないほど、切羽詰った状況なの?
そもそも、何故私が?
あらゆる疑問が頭の中でごっちゃになり、混乱している。
でも、これだけははっきりしていた。
自分を呼んでいたのは、この目の前で光っている石だった。
それなら……まず、これを手に入れ、色々調べなければ。
「……っ」
震える手が、ゆっくりと光の中の結晶体の側へ伸びる。
石の表面に、指先が少し触れた瞬間。
宝石に、突然ぴしりとひびが入り……やがて、ぱりぃん、と派手な音を立てて粉々に砕け散った。
「!?」
「なっ……割れた!?」
2人の驚きをよそに……元々『宝石』だったもの……砕けた破片と、石の中に入っていたモノが、ぱっとティアの体の周りに舞い散る。
……その直後。
(なっ……何、これ……)
何とも言いがたい妙な感覚が、ティアの全身を襲った。
身体に満ちるのは、未知の力。
全身から、力が満ち溢れるような……押さえようのないパワーが、あふれ出すような。
心が、焦燥と恐怖に駆られる。
ああ、駄目だ。
押さえきれない!
「……ティア!!」
「っ……あぁああああああ!!!」
フラムの声が、やっと出る。
それを引き金に……声にならない声と共に、一気に力が解放された。
光が、魔力が、爆発する。
「うっ……!?」
轟音を上げ、とてつもない魔力が生まれてゆく。
ごうごうと音を立てて、湖中の水を巻き上げてゆくその力は、先程の主の比ではない。フラムの見る限り、それをはるかに上回っているように見えた。
そして、その力に生まれたわずかの隙間からのぞいた、ティアの姿は……豹変していた。
背中に……濃い蒼に輝く蝶の羽が、あったから。
「……何なんだよ」
ようやくそれだけ、フラムの口から言葉が紡ぎだされた。
訳が分からない。一言で言うならば、そういう心境。
いきなりこんな場所に連れ出されて、自分と同じ魔法能力者と出会って、得体の知れない化け物と戦う羽目になって、それから今度はこの状況。混乱しないほうがおかしい。
自分も彼女も、よくよく運が良いものだと思う。
……いや、待て。
今度は彼女と戦う事になったとしたら?
今度こそ、無事じゃあ済まない!
それに、彼女の身も危ない!
「ティア! 返事しろ!! 聞こえてないのか!? おい、ティアーっ!!」
轟音に負けないように、フラムが声を張り上げた時。
音が、やんだ。目の前で展開されたとてつもない光景が……幻のように、消えうせてゆく。
それと同時に、ティアの身体がどさりと倒れ伏した。背中の羽は、そのまま消えずに残して。
「!!」
慌てて立ち上がり、彼女の側に駆け寄った。
屈みこんで、ずぶ濡れの身体を抱き起こして、愕然とした。
彼女の額で、水属性の紋章が蒼く輝いている。
少なからず嫌な予感を感じて、ティアの身体をやや乱暴に揺り動かした。
「おい! ティア!?」
「……ぅ……ッ」
喉の奥から呻き声が漏れた。どうやら気絶しているだけのようだ。魔力をほぼ完全に使い果たしたらしい。
ほっと安堵の息を漏らした時。
先程自分たちが来たほうから、足音が聞こえた。
しかも、複数。
「!?」
冗談じゃない。また戦闘か?
そう心の中で毒づきつつ、腰の剣に手を伸ばして、身構える。
やがて、がさがさと茂みが音を立てて……
「……おやおや」
現れたのは、一人の男だった。
黒いローブに腰まで長い黒髪、目の周りに刺青を入れたその男は、どこか胡散臭い敬語で、2人の顔をまじまじと見ながら言った。
「これは……凄まじい状況に出くわしたものですねえ……」
その顔に、邪悪な笑みを浮かべて。
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