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作品名:Tales of Moment 作者:美怜

第7回   7
 最初に見つけた時から、あの台座はやたら目立っていた。

 湖のど真ん中に大きく設置されていることも怪しかったし、表面に彫られた紋章もそう。

 何かあるとは思っていたが、まさかこんなものが隠されていたとは。

「何だ……あれ」

 突然現れた光の中心部を凝視する。

 淡く蒼く透き通った宝石のようなものが、光の中でふわふわと浮いている。中で、水が無限に滴り落ち続けているのが見える。

 近くで見ようと立ち上がろうとして、足に力を入れようとした途端。

「うぐ……ッ!」

 全身にびりびりと痛みが走った。力なく、その場にくず折れる。

 主との戦いのダメージが予想以上に大きい。こんな人気の無い場所で、身動きが出来ないままでいるのは非常に危険だ。

 新手の魔物が出るかもしれない。

「ティア! 俺も早く……」

 回復してくれ、と言おうとして、異変に気がつく。

 自分の回復が済んだのか、いつの間にか立ち上がっているティアは……まるでここに到着した時のように、ぼんやりとその場に立ち尽くしているではないか。

(またかよ!)

 苛立たしげに、舌を打った。

「おい! ティア!!」

「……っ」

 いや、最初よりも自我はあるようだ。フラムの呼び声にびくりと肩を震わせて反応する。

 そのまま歩き、フラムの隣でそっと屈み込んだ。

「……あれだわ」

「?」

「私を呼んでいたのは、きっとあれよ」

 その声は確信に満ちていた。

 フラムの顔は見ずに、そっとフラムの足に手をかざして、唱える。

「回復清水(ヒール・ウォーター)」

 蒼い揺らめきが、ふわりとフラムの身体を優しく包み込んだ。

 傷が塞がって行く。痛みが引いて行く。

 立てる。

「……これで、大丈夫」

 ぽん、と軽くフラムの肩を叩いて、再び光に向かって歩き出すティア。

 すぐに立ち上がって、引きとめようと腕を伸ばした。

「待てって! 危険だ! 何が起こるか分からないぞ!」

「……2年前から、ずっと」

 一瞬だけ足を止めて、突然語りだした。

 今なら、無理やりにでも腕をつかんでこちらに引き戻す事も出来る筈。……が、何故か出来なかった。

 今この話を聞かないと、後悔するような気がしたから。

「私、ずっと誰かの呼び声を聞いていたの。……いつもなら、怖いからって放っておいたんだけれど……」

 そう言って、不意にティアはフラムのほうに顔を向け、続けた。

「2年も経って、今更……なんでだか、今日はそれに従える気分になれたの。貴方に出会えたからかしら」

「……」

「今なら、分かるの。私を呼んでいたのは、きっとあれ。だから……私、応えなくちゃ」

 そこで言葉を切って、ティアは再び歩き出す。

 フラムが我に返ったのは、ティアの足が水中から出て、台座についた時だった。

「ティ……っ」

 呼び止めようとしても、声が出ない。そればかりか、足が動かない。

 先程、ティアの魔法で治癒した筈なのに、何故!

(どうして! どうして……動かないんだ!)



 何か取り返しのつかない事が、これから引き起こされるような気がして……正直、とてつもなく怖い。

 それは、フラムもティアも同じ気持ちだった。

 何故、呼ばれているのか。誰かを呼ばなければいけないほど、切羽詰った状況なの?

 そもそも、何故私が?

 あらゆる疑問が頭の中でごっちゃになり、混乱している。

 でも、これだけははっきりしていた。

 自分を呼んでいたのは、この目の前で光っている石だった。

 それなら……まず、これを手に入れ、色々調べなければ。

「……っ」

 震える手が、ゆっくりと光の中の結晶体の側へ伸びる。

 石の表面に、指先が少し触れた瞬間。

 宝石に、突然ぴしりとひびが入り……やがて、ぱりぃん、と派手な音を立てて粉々に砕け散った。

「!?」

「なっ……割れた!?」

 2人の驚きをよそに……元々『宝石』だったもの……砕けた破片と、石の中に入っていたモノが、ぱっとティアの体の周りに舞い散る。

 ……その直後。

(なっ……何、これ……)

 何とも言いがたい妙な感覚が、ティアの全身を襲った。

 身体に満ちるのは、未知の力。

 全身から、力が満ち溢れるような……押さえようのないパワーが、あふれ出すような。

 心が、焦燥と恐怖に駆られる。

 ああ、駄目だ。

 押さえきれない!

「……ティア!!」

「っ……あぁああああああ!!!」

 フラムの声が、やっと出る。

 それを引き金に……声にならない声と共に、一気に力が解放された。

 光が、魔力が、爆発する。

「うっ……!?」

 轟音を上げ、とてつもない魔力が生まれてゆく。

 ごうごうと音を立てて、湖中の水を巻き上げてゆくその力は、先程の主の比ではない。フラムの見る限り、それをはるかに上回っているように見えた。

 そして、その力に生まれたわずかの隙間からのぞいた、ティアの姿は……豹変していた。

 背中に……濃い蒼に輝く蝶の羽が、あったから。

「……何なんだよ」

 ようやくそれだけ、フラムの口から言葉が紡ぎだされた。

 訳が分からない。一言で言うならば、そういう心境。

 いきなりこんな場所に連れ出されて、自分と同じ魔法能力者と出会って、得体の知れない化け物と戦う羽目になって、それから今度はこの状況。混乱しないほうがおかしい。

 自分も彼女も、よくよく運が良いものだと思う。

 ……いや、待て。

 今度は彼女と戦う事になったとしたら?

 今度こそ、無事じゃあ済まない!

 それに、彼女の身も危ない!

「ティア! 返事しろ!! 聞こえてないのか!? おい、ティアーっ!!」

 轟音に負けないように、フラムが声を張り上げた時。

 音が、やんだ。目の前で展開されたとてつもない光景が……幻のように、消えうせてゆく。

 それと同時に、ティアの身体がどさりと倒れ伏した。背中の羽は、そのまま消えずに残して。

「!!」

 慌てて立ち上がり、彼女の側に駆け寄った。

 屈みこんで、ずぶ濡れの身体を抱き起こして、愕然とした。

 彼女の額で、水属性の紋章が蒼く輝いている。

 少なからず嫌な予感を感じて、ティアの身体をやや乱暴に揺り動かした。

「おい! ティア!?」

「……ぅ……ッ」

 喉の奥から呻き声が漏れた。どうやら気絶しているだけのようだ。魔力をほぼ完全に使い果たしたらしい。

 ほっと安堵の息を漏らした時。

 先程自分たちが来たほうから、足音が聞こえた。

 しかも、複数。

「!?」

 冗談じゃない。また戦闘か?

 そう心の中で毒づきつつ、腰の剣に手を伸ばして、身構える。

 やがて、がさがさと茂みが音を立てて……

「……おやおや」

 現れたのは、一人の男だった。

 黒いローブに腰まで長い黒髪、目の周りに刺青を入れたその男は、どこか胡散臭い敬語で、2人の顔をまじまじと見ながら言った。

「これは……凄まじい状況に出くわしたものですねえ……」

 その顔に、邪悪な笑みを浮かべて。


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