確かに、聞こえた。
音としてではなく、念として。
先程と、同じ声が。
「……、さっきの『止まれ』ってのもあんたか?」
『ソノ通リダ、炎ノ少年ヨ』
幾分落ち着きを取り戻したフラムが尋ねる。随分あっさりと肯定の答えが帰ってきた。
『ココハ貴様等ノヨウナ子供ガ来ルベキ場所デハナイ。用ガ無イノデアレバ早々ニ立チ去レ』
「……そうは行かないの、主さん」
ティアが一歩前に出て、真っ直ぐ『湖の主』と名乗った竜の頭を見上げた。
「理由は話してくれないけれど、彼はここに用があるのよ。そして……私は、彼について行きたいの」
「……お前……」
正直、信じられなかった。
どうして、彼女はそこまでして自分にこだわるのだろうか。
ただ、『同じ能力者だから』というだけでは無い筈。
ならば、どうして……。
『ナラバ……』
ざあ、と、水が大きく波打った。
竜の巨体が、動く。
背筋がひやりと凍りついた。怖い位の殺気を、全身に感じる。
(来る!?)
「下がれ!!」
「え……」
急いで警告するも、ティアは動かない。
例え動けたとしても、あちらの方がリーチが長すぎる。
間に合わない!
『排除スル!!』
ひゅん、と、空を切る音が至近距離で聞こえた直後。
何か太いものがティアの身体目掛けて思い切り叩きつけられた。
「きゃああっ!!」
「……くそ!」
彼女が受けたのは、主の長い尾だった。
湖面に沈められたティアを横目に、フラムは駆け出した。腰の鞘から素早く抜刀し、いつものように集中する。
たちまち、リヴェイルでの騒ぎの時のように、刀身に炎が赤々と燃え上がった。
「やるしかない! ティア、立て!!」
「……え、ええ!」
全身から湖に突っ込んだ為、ずぶ濡れになりながらも立ち上がり、弓を構えた。
目を閉じて気を集中させ、詠唱を始める。
「貫け、蒼き矢!」
「だあああああっ!!」
湖面を蹴散らすように、主の懐目掛けて一気に走る。
走りながら、剣を握る手にぐっと力を込めた。
「水矢(アクア・アロー)っ!」
高らかにティアが唱える。
フラムの後を追うように、矢の形を成した水の魔力が飛んだ。
狙いは、眉間。
『ソンナモノデ我ハ射落トセン!』
主の尾が上がり、矢を叩き落とす。
「そうくると思ったぜ!」
走る速度は落とさない。
上がった尾の下を素早く抜ければ、そこはもう主の懐!
思い切り跳躍し、剣を大きく振り上げる!
「喰らえ!」
『遅イ!』
「!?」
主が叫んだ直後、頭上で何かが光った。
避けられない!
『奔流(スプラッシュ)』
主がそう唱えた直後。ごう、という轟音と共に、とてつもない流れがふたりの身体をもみくちゃに翻弄した。
「うわぁああああっ!!」
「きゃぁああああっ!!」
自分は空中で無防備だったところを狙われ、ティアは2度目の詠唱を阻止されたのだ、と分かった。
そう深くない場所だったのが幸いした。もしも今ので深みにはまっていたら、溺れ死んでいたかもしれない。
水圧で押しつぶされそうになるのを必死でこらえる。
どうにか気絶は免れたが、ティアのほうは……立てない。足をやられたのだろうか。
『無様ダナ。愚カナ子供メ』
自分だけでもどうにか立ち上がろうとしたところを、主の尾にからめとられた。身体が軽々と宙に持ち上げられる。
全身を太い尾で拘束され、身動きが取れない。骨がみしりと嫌な音をたて、全身にぎりぎりと痛みが走る。
「う……ッ、ぐぁ……!」
『コノママヘシ折ッテクレヨウカ、ソレトモ骨モロトモ喰ラウカ?』
そう嘲笑うように言う主の口が、がばりと開いた。
冗談じゃない。
だが、剣は先程水に飲まれたときに落としてしまった。
まさか、こんなところで終わるのか?
目的も果たせないまま!?
「こんな所で……死ねるかよッ!!」
夢中で、自分を縛り付けている主の身体をつかんだ。
いつも魔法を使うときにする、手首のアーツ・バングルに力を集めるような、そんなイメージ。
先程ティアの家で焚き火をした時のような、弱々しいものとは違う。
もっと大きく、強く、攻撃的なものを!
「火球(ファイア・ボール)!!」
フラムの手の平から、巨大な火炎が生まれる。
魔力の出現先は、主の皮膚の至近距離。
『グアォオオオオオオオ!!』
熱に悶える主の絶叫が響いた。
拘束が緩む。すかさず間をすり抜け着水し、落とした剣を拾い上げた。
暴れまわって隙だらけの主が、自分の正面に在る。今度こそ!
「炎刀(フレイム・ブレイド)!」
再び火を灯した剣の一閃が、主の腹を斜めに切り裂いた。
主の細長い体が、仰向けに崩れ落ちる。
巨大な水飛沫が上がり、再び周囲に雨が降った。
『オノレ……マサカ、コンナ子供ニ……』
くぐもった声が響いた。
その声は弱々しく、まさに生命が潰える直前のもの。
『コノ封印ハ……決シテ……誰ニモ……』
途切れ途切れに言葉が発せられながら、その身体がだんだんと水に溶けるように透けて行くように見えた。
いや、確かに溶けている。
骨も残さず、青い光の粒子へと。
『……ティメール……扉……開カセン……誰ニ……モ……』
その言葉を最後に、主の亡骸は完全に霧に溶けるように消えうせた。
……勝てた。
「……はあ」
一気に脱力した。
倒れ込んだままのティアのほうを振り返って、やや大きな声で言った。
「ティア……生きてるか」
「な、何とか……痛たた」
どうにか上半身だけ起こしながら、ティアがフラムの問いかけに答えた。
「ごめんなさい……立てないの。先に回復して良い?」
「ああ」
頷き、視線を正面の台座に戻した。
まだ空中に残っている亡骸の残骸を見つめながら、フラムは主の最後の言葉をもう一度思い出す。
(ティメール……か。どこかで聞いたような……)
当然あった事など1度もないはず。が、その名に聞き覚えはあった。
過去の記憶を総動員して、どうにか思い出そうと頭をひねるフラム。
……が、その時間は与えられなかった。
「「!?」」
突然、台座の上で何かが蒼く輝きだしたから。
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