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作品名:Tales of Moment 作者:美怜

第5回   『何か』の呼ぶ声

 嫌な予感がしていた。

 取り返しのつかないような何かが、起こるような気がしていた。

 この先は、この樹海に住んでいる自分でさえ、入ったことが無い場所。魔物も入り口付近とは段違いに数が多い。どうにか魔法で撃退しつつも、ティアはフラムを追う足を止めなかった。

 まさかこんな場所で、自分と同じ魔法能力者にめぐり合えるなんて思わなかった。

 運命のようなものを、彼から感じたから。

 ……そして、これは彼が出会うより前からの話だが。

 時折、奥のほうから『声』が聞こえるような気がするのだ。自分を呼ぶ、誰かの……いや、何かの声が。

 普段は気味が悪いからと放って置いていたのだが、何故か今日は素直に従う気になれた。

 きっと……彼がいるから。

 そう思いながらも、ティアは駆け続ける。

 やがて、霧の向こう側に炎のような赤毛を見とめ、彼女は心から安堵した。

「……フラム!」

「なっ、お前!?」

 振り向いた彼の紅玉の瞳は、驚きで大きく見開かれていた。信じられない、と、その表情が語っている。

「何でついて来た!」

「貴方が心配だったからに決まってるじゃない!」

「俺の問題だ。お前には関係ない!」

「ここから先は私も行った事が無いの。何が起こるか分からない……危険よ!」

 真っ直ぐフラムの瞳を見つめ返して、ティアはきっぱりと言った。

「どうしても行くなら、せめて一緒に!」

「……お前さ」

「?」

 熱のこもった言葉が、フラムの冷ややかな声で遮られた。

「どうしてそんなに俺と一緒にいたがるんだ? 初対面のくせに」

「!」

 ぎくりとした。

 確かに、自分は彼に運命のようなものは感じていた。

 でも、その理由は……今のティアには分からない。

「……そ、それは……」

「……」

 思わず口ごもってしまう。

 彼を放っておけないその気持ちに、偽りは無いはずなのに。

 しばらくの沈黙の後、フラムが、はあ、とため息をついた音が聞こえた。

「分かったよ」

「え?」

 内心、ぎょっとして顔を上げた。

 彼の了承を心待ちにしていたはずなのに、何故だろうか。

「俺には目的がある。引き返すことは出来ない。……一緒に行けばいいんだろ」

「……ええ!」

 今度こそ、心から喜んで、ティアは大きく頷いた。

 もう少し、この不思議な少年と一緒にいられる。

 そう思うと、本当に嬉しかった。



 しばらく歩いて、行く手を阻むように生えた茂みを突き抜けると、突然目の前がぱっと開けた。

「……ここは?」

「私もこんな奥まで来たことないわ……こんな場所があったなんて」

 そこは、大きな湖だった。

 中心部に、台座のようなものが見える。表面に、水属性の紋章が大きく掘り込まれていた。

 あの船の姿は、見えない。

 ここにはもういないのだろうか。

「……引き返すか」

 踵を返そうとして、異変に気がついた。

 ティアが、動こうとしない。

 まるで地面に縫いとめられたかのように、直立不動でぴくりとも動かないのだ。

「おい。……えっと、ティア?」

「……呼んでる」

 初めて名前を呼んだにも関わらず、あまりにも見当違いな答えが返ってきた。

 拍子抜けしつつも、フラムは内心苛々しながら、再び彼女を半ば怒鳴るように呼んだ。

「おいティア! 何だよ、呼んでるって!」

「分からない。でも、感じるの」

 そう、呟くような小さな声で言うティアの足が、湖のほうへ導かれるように向かって行った。

「誰かが……ううん、何かが、呼んでる。私を」

「お、おい!」

 フラムが呼び止めるのにも構わずゆっくりと進んで行く。ついにティアの足が水中に、足首までぱしゃりと浸かった。

 服が濡れるのも構わず、ざぶざぶと水を掻き分けながらティアは進む。

 ……その時。



『止マレ!』



 突如として、くぐもった声が音としてではなく、心の声のように、2人の頭の中に響く。

 それに次いで、2人の目の前に巨大な水柱が立った。



「「!?」」

 2人が息を呑む。ティアがやっと足を止めた。

 吹き上がった水が雨のようにばらばらと降り注ぎ、容赦なく2人の服を濡らしたが、今の2人はそんなことは全く気にならなかった。

「……ッ!」

「何だ……こいつ!」

 目の前に現れたのは、巨大な竜のような魔物。

 大きさも強さも、そこらへんのウルフなどとはまるで格が違う。

 敵意をむき出しにしてらんらんと光る瞳が、こちらを睨んでいる。

 気味が、悪い。

(あの変な声が聞こえるまで、気配が無かった……どうして!?)

 混乱するフラムとティアの、見上げた先で。   

 魔物の顎が、動いた。



『我ハ湖ノ主ナリ。貴様等、何ヲシニ来タ』


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