嫌な予感がしていた。
取り返しのつかないような何かが、起こるような気がしていた。
この先は、この樹海に住んでいる自分でさえ、入ったことが無い場所。魔物も入り口付近とは段違いに数が多い。どうにか魔法で撃退しつつも、ティアはフラムを追う足を止めなかった。
まさかこんな場所で、自分と同じ魔法能力者にめぐり合えるなんて思わなかった。
運命のようなものを、彼から感じたから。
……そして、これは彼が出会うより前からの話だが。
時折、奥のほうから『声』が聞こえるような気がするのだ。自分を呼ぶ、誰かの……いや、何かの声が。
普段は気味が悪いからと放って置いていたのだが、何故か今日は素直に従う気になれた。
きっと……彼がいるから。
そう思いながらも、ティアは駆け続ける。
やがて、霧の向こう側に炎のような赤毛を見とめ、彼女は心から安堵した。
「……フラム!」
「なっ、お前!?」
振り向いた彼の紅玉の瞳は、驚きで大きく見開かれていた。信じられない、と、その表情が語っている。
「何でついて来た!」
「貴方が心配だったからに決まってるじゃない!」
「俺の問題だ。お前には関係ない!」
「ここから先は私も行った事が無いの。何が起こるか分からない……危険よ!」
真っ直ぐフラムの瞳を見つめ返して、ティアはきっぱりと言った。
「どうしても行くなら、せめて一緒に!」
「……お前さ」
「?」
熱のこもった言葉が、フラムの冷ややかな声で遮られた。
「どうしてそんなに俺と一緒にいたがるんだ? 初対面のくせに」
「!」
ぎくりとした。
確かに、自分は彼に運命のようなものは感じていた。
でも、その理由は……今のティアには分からない。
「……そ、それは……」
「……」
思わず口ごもってしまう。
彼を放っておけないその気持ちに、偽りは無いはずなのに。
しばらくの沈黙の後、フラムが、はあ、とため息をついた音が聞こえた。
「分かったよ」
「え?」
内心、ぎょっとして顔を上げた。
彼の了承を心待ちにしていたはずなのに、何故だろうか。
「俺には目的がある。引き返すことは出来ない。……一緒に行けばいいんだろ」
「……ええ!」
今度こそ、心から喜んで、ティアは大きく頷いた。
もう少し、この不思議な少年と一緒にいられる。
そう思うと、本当に嬉しかった。
しばらく歩いて、行く手を阻むように生えた茂みを突き抜けると、突然目の前がぱっと開けた。
「……ここは?」
「私もこんな奥まで来たことないわ……こんな場所があったなんて」
そこは、大きな湖だった。
中心部に、台座のようなものが見える。表面に、水属性の紋章が大きく掘り込まれていた。
あの船の姿は、見えない。
ここにはもういないのだろうか。
「……引き返すか」
踵を返そうとして、異変に気がついた。
ティアが、動こうとしない。
まるで地面に縫いとめられたかのように、直立不動でぴくりとも動かないのだ。
「おい。……えっと、ティア?」
「……呼んでる」
初めて名前を呼んだにも関わらず、あまりにも見当違いな答えが返ってきた。
拍子抜けしつつも、フラムは内心苛々しながら、再び彼女を半ば怒鳴るように呼んだ。
「おいティア! 何だよ、呼んでるって!」
「分からない。でも、感じるの」
そう、呟くような小さな声で言うティアの足が、湖のほうへ導かれるように向かって行った。
「誰かが……ううん、何かが、呼んでる。私を」
「お、おい!」
フラムが呼び止めるのにも構わずゆっくりと進んで行く。ついにティアの足が水中に、足首までぱしゃりと浸かった。
服が濡れるのも構わず、ざぶざぶと水を掻き分けながらティアは進む。
……その時。
『止マレ!』
突如として、くぐもった声が音としてではなく、心の声のように、2人の頭の中に響く。
それに次いで、2人の目の前に巨大な水柱が立った。
「「!?」」
2人が息を呑む。ティアがやっと足を止めた。
吹き上がった水が雨のようにばらばらと降り注ぎ、容赦なく2人の服を濡らしたが、今の2人はそんなことは全く気にならなかった。
「……ッ!」
「何だ……こいつ!」
目の前に現れたのは、巨大な竜のような魔物。
大きさも強さも、そこらへんのウルフなどとはまるで格が違う。
敵意をむき出しにしてらんらんと光る瞳が、こちらを睨んでいる。
気味が、悪い。
(あの変な声が聞こえるまで、気配が無かった……どうして!?)
混乱するフラムとティアの、見上げた先で。
魔物の顎が、動いた。
『我ハ湖ノ主ナリ。貴様等、何ヲシニ来タ』
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