「……?」
宿屋へ向かう途中、入り口付近が騒がしいと思って、フラムは足を止めた。村人たちが集まり、何やらもめている。その中には、数日前村に到着した時に優しくしてくれたリヴェイル村長・ベリルの姿もあった。
好奇心から、そちらへ足を進める。人ごみを掻き分けるように、声のするほうへ進んだ。
「だから何度も言っているだろう。お前は村には入れないんだ!」
「お主が村にどんな影響を及ぼしたか……知らないはずはないじゃろう!」
老人や数少ない若者の、怒りに満ちた声があちこちから聞こえてくる。
「……分かっています!」
意外にも、反論したその声は、まだあどけなさの残る少女の声だった。
「でも……もう2年も前の話なのに……」
「時間がたてば忘れられるとでも思ったか! 愚か者!」
「……っ!」
出会ったときとはまるで正反対の、嫌悪感たっぷりの声で、容赦なくベリルは少女に怒声を浴びせる。少女がはっと息を呑む。
なんて嫌な会話だ。少なからず、不快感がフラムの心をちくりと刺した。
「ちょっと、通してくださ……っと」
ようやく人ごみを抜け出したフラムの目に飛び込んで来たのは、自分とそう歳の離れていなさそうな、滝のように青く長い髪、そして蒼穹の瞳の少女だった。片手に弓を持っているが、矢のほうはどこにも装備していない。村人たちの突き刺さるような嫌悪の視線に全身を射抜かれ、小柄な体が余計に小さく見えた。
一体何があったのか。成人すらしていない少女を寄ってたかって罵るなど、どうかしている。そう言ってやりたかったが、村人たちの言い分が真に正しいのだとしたら、よそ者である自分ではとても弁護しきれない。
とりあえず、この理不尽な状況だけでもどうにかしよう。そう思って、フラムは少女と村人たちの間に割って入るように立った。
「フラム殿! 邪魔をしないでいただきたいですな」
「……彼女は?」
「……ただの『追放者』ですよ」
追放者。ますますただ事ではない雰囲気だった。
「あ、あなたは……」
「ああ、気にするな。俺はこの村とは関係ない。見てのとおり、『火の民』だからな」
おずおずと顔を上げた少女に、ぎこちなくフラムは笑いかけ、自分の髪と目の色を示して見せた。
「とにかく、落ち着いて話を……、……!」
そう言ったフラムの声が途切れた。
はっとする彼の視線の先には……魔物。
ここらではポピュラーな魔物、ウルフにリーフモスキートが1体ずつ。どちらも大した敵ではないが、今はまずかった。非戦闘員が大勢いる。そして更に……目の前の少女の背後で隠しようのない殺気を発しているにもかかわらず、彼女は魔物に気付いていない。
弓を持っていても経験がなければ……いや、そもそも肝心の矢を持っていないのであれば非戦闘員と同じだ。
舌打ちし、フラムは少女を村人たちのほうへ突き飛ばし、剣を抜いた。
「きゃっ!」
「下がってろ!」
悲鳴を上げよろけた少女に鋭く命じ、フラムは剣を構えた。手袋越しに、手首に力が満ちてゆくのを感じながら、いつものように集中する。
ごう、という轟音と共に、剣の刀身だけが赤々と燃え上がったのは、その瞬間だった。
「!!」
「これはッ!?」
村人たちの間にどよめきが走った。ごうごうと燃える剣の切っ先は、村人がいる場所までもとてつもない熱気を伝えていたが、フラム本人はその剣を熱がりもせずに平然と手にしていた。
「……行くぜ!」
叫び、地面を蹴った。戦意を感じた魔物たちが、咆哮する。
まずは……厄介な、空を飛び回るリーフモスキートから。好都合なことに、それは無謀にもフラムの真正面に突っ込んできた。
「……はっ!!」
大きく剣を振り上げ、高熱を帯びたそれを思い切り、胴体部分に叩き付ける。キィ、とか細い断末魔をあげ、リーフモスキートは地面にぼとりと落ち、それきり動かなかった。
次はウルフ。走る速度を落とさず、そのまま剣を振りかぶる。
しばらく様子を疑っていたが、やがてウルフはこちらへ飛び掛ってきた。
急ブレーキをかけ、大きく……
「炎刀(フレイム・ブレイド)!」
剣を、振り上げる!
巨大な炎の一閃が、ウルフを容赦なくなぎ払う。大きく放物線を描き、ウルフの身体はぶすぶすと黒煙を上げながら崖の下へ落ちて行った。あの下は文字通りの奈落の底。生還はきっと叶わない。
勝利を確信し、ふうと息をつく。刀身の火が、しゅう、という音と共に沈下し、それを確認したフラムが剣を腰の鞘に収める。
「大丈夫か?」
そう言って笑いかけて見せたが、村人たちも少女も皆怯えたように黙り込んだままだった。
「……今のは……魔法!? 火属性の……!」
少女が上ずった声で言った。見開かれた蒼い瞳は、驚愕にいろどられている。
「大昔、賢者が邪神と戦った時に使ったとされる『魔法』……それを今、使える人……あなたは『魔法能力者』!?」
「じろじろ見るな」
むっとしながらフラムは言う。
旅の先々で魔法は魔物相手に駆使してきた。驚かれるのは今に始まったことではないが……化け物扱いでもされているようで、気分の良いものではなかった。
幼い頃は、本当に化け物に近い扱いをされたこともあった。人々が遠ざかっていくのはこの力のせいだと思い、この力を疎んじたこともあった。
生まれ持ったこの力を、彼は薄々理解していた。今この時代、魔法を使えることは本来ならばあり得ない話であると。周りから見れば、自分は異形の力を持つ人の姿をした化け物に見えるのかもしれない。
だが、少なくとも今は、自分はそんな風には思っていない。
物心ついた頃から身体に備わったこの力を、今更捨てることは出来ない。今の自分の目的のためにも、自分の剣の威力を増幅してくれるこの力は、必要不可欠なもの。
そして、自分は化け物なんかじゃないと信じている。誰に何と言われようとも。
……だから。
この力を信じていられるうちは、この力を誇る。そう、決めたから。
「いちいち疑わなくても、確かに俺は能力者だ」
そんな思いを胸に、そうフラムは名乗って見せた。……相変わらず、村人たちは驚きを隠せない様子だったが。
やがて、ベリル村長が口を開いた。
「……出て行け」
「え?」
「出て行けと言っておるんじゃ! 長々と居座ってわしらの清き清流の村を汚しおって! 早く出て行かんか、悪魔めが!」
「そうだそうだ!」
「出てけっ!」
「帰ってくるな!」
やがて、村人たちも火がついたように騒ぎ出した。
「お前もだ、ティア! その小僧と共にあの汚らしい樹海へ帰らんか! もう話すことはない!」
「……ッ」
少女の顔を鋭くにらみ付けて、ぴしゃりとベリルは言い放つ。ティアと呼ばれた少女が、悔しげに唇を噛んで俯いた。
やがて、顔を上げたティアは、フラムの手を引いて歩き出した。
「な……」
「来て。私の家……この先に、霧の樹海っていう樹海があるの。その中に私の家があるから」
「霧の樹海……って、このあたりじゃ有名な魔物の巣窟じゃないか! そんなところに住んでるのか?」
「村長が仰ってたでしょう?」
驚くフラムの顔を見ずに言うティア。前を向いたまま歩き続けているので表情は分からないが……その声は、驚くほど低く、冷たかった。
「私は『追放者』なの」
「……!」
はっと、息を呑む。
彼女は、追放者。処分を受けたのは彼女の責任。例え魔物に喰われたとしても、村の人間には関係も責任も何もない。……そういう、事。
それを理解したフラムは、迷いなく歩き出した。
正直、あの村を発とうとしていたのは事実だったし、あの村人たちの本性を知ってしまった今では、例え実りがあったとしても留まりたくはなかったのも、フラムにとってはまた事実だ。
ふたりを見送る姿は、ない。
(……汚らわしいのは、どっちだか)
心の中でそう呟きながら、フラムはティアに導かれるままに歩き続ける。
遠くに、霧をまとった樹木が見えた。
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