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作品名:Tales of Moment 作者:美怜

第17回   天空クジラ
「天空クジラが出たぞー!!」

 まだ太陽も昇らない早朝。突然屋外から怒鳴り声が響き、驚いてティアは飛び起きた。

 リズの営む酒場は、宿屋の経営も兼ねている。ふたりがいるのは、その客室なのだが……

 あの後、ヒューから「きっと機会は訪れるさ。ま、お前らはそれまで、しばらくこの村でのんびりくつろいで行ってくれや」と言われたのだ。フラムは不満顔だったが、確かに今はこの村で大人しくしている以外にやるべき事も思いつかない。ここは素直に彼の意見に従ったのだった。

 その間は、フラムはヒューたちの仕事を手伝い、ティアは漁や出店を見物して暇をつぶしていたのだが……

 その日から一週間も経たないうちに、この騒ぎである。

 そっと窓の隙間から外をのぞいてみる。クランの漁師たちが、各々漁に使うのであろう道具を手に、慌しく小さな漁港を駆け回っていた。その中にはヒューやリズ、そして先日酒場に飛び込んできた漁師……確かディーンという名だったか……の姿も見える。

 先ほど漁師が怒鳴った名は……天空クジラ。「出た」ということは、魔物か何かだろうか。

 ふと、興味がわく。

 ティアは、そっと隣のベッドで眠っているフラムの側に寄った。

「フラム、起きて。何かあったみたいよ」

「……」

 ティアの呼びかけにフラムは答えない。外であれだけ騒がれているというのに起きないなんて! ティアは思わず呆れたような深いため息をついた。

「もう! フラ……」

 思わず、布団を無理やり引き剥がそうとベッドに近づいたとき、異変に気がついた。

 布団の隙間から見えるフラムの表情は……苦悶に満ちていた。

 手袋をはずしてミーンズ・リングがあらわになった手で、ぎゅっとシーツをきつく握り締めている。息づかいは荒い。額にはじっとりと脂汗が滲んでいる。時折、口からは苦しげな呻き声が漏れる。

 魘されている。

 2年前の悲劇の日からずっと、彼を苛み続けている悪夢に。

(……そっとしておいたほうが……いいのよね)

 起こそうかどうか迷ったが、こういう時は無理に起こさないほうがいいのだと前聞いたことがあったような気がする。

 仕方なく、ティアはひとりで部屋を出た。
 


「おーい、でかい網持って来てくれー!」

「網じゃおっつかねえよ! それより銛だ銛、あるだけ持って来い!」

 屋外は、慌しさと緊張感とでびりびりした空気に満ちていた。

 やがて人ごみの中に、見覚えのある緑色のポニーテールを見つけ、ティアは側に駆け寄る。

「ヒュー!」

「ん? おうティア、おはよーさん」

 ティアに名を呼ばれて、日焼けした浅黒い顔をしたヒューが、快活な笑みで振り向いた。

 やがて、彼女の傍らに、良く目立つ赤毛の姿が見えないことに気がつき、ヒューは怪訝そうに眉を寄せる。

「ん? フラムは一緒じゃねえのか?」

「……、まだ寝てるわ」

「おいおいのん気なもんだなぁ。こちとら大騒ぎだってのに」

「何かあったの?」

「あれ、見てみな」

 親指で沖のほうを示され、言われるがままにそちらを向いたティアは、ぎょっとした。

 雲の間から、何か巨大な魚の尾ビレらしきものが見え隠れしているではないか!

「な、な、な……」

「ははっ、でかいだろ? 『天空クジラ』ってんだぜ、あれ」

 言葉を失うティアに、ヒューはおかしそうに笑いながら教えた。

「あいつはヒレをちょっと動かすだけでとてつもねえ突風が起こる。そんなもんが村の近くで起これば、こんな小さな村は吹っ飛ばされちまうだろ? だからその前に、村じゅうの漁師総出で捕まえるのさ。あいつの肉は脂がのって絶品だぜぇ〜」

「ティア、ヒュー!」

 なじみのある声に振り向く。ようやく悪夢から覚めたらしいフラムが、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

「よう、フラム。ようやくお目覚めか」

「何の騒ぎだよ」

「あれあれ。『天空クジラ』ってんだ。ティアは驚きのあまり声も出ないらしいぜ」

 にやにや笑いながら、再び天空クジラのいるほうを指し示すヒュー。雲の間にうごめく巨大な魚を見、フラムが固まる。

「……でかいな」

「だろ? さあて、お待ちかね。作戦開始だぜ、2人とも!」

「「え?」」

 フラムと、ようやく我に返ったティアが、口をそろえて疑問符を浮かべた。

「まさか、手を貸してほしいことって、あれのこと?」

「そうそう。天空クジラは、5年に一度の今の季節……ちょうど今頃現れるのさ。帝国兵どもは、あのデカブツの存在を知らない。3人がかりであいつをボコにして、その騒ぎで帝国兵どもをひきつけるんだ。うまく行きそうだろ?」

「冗談じゃない! いくらなんでも相手が悪すぎる!」

 フラムが抗議の声を上げた。

「第一、あんな不確かなもののために俺たちは一週間近くも待たされたのか? あいつが毎年必ず今頃の時期に来るとは限らないだろう!」

「決まってたのさ」

 きっぱりとヒューは答える。

「俺は風の魔法能力者。風や雲を読むのは漁師の十八番さ。俺の力なら、より正確に風や雲を読むことも出来る。あれみたいなデカブツが近々現れるってのも、風や雲の乱れ具合なんかで分かる。……ま、何となく、だけどよ」

 そう言うヒューの目は、いつになく真剣だ。

 視線を、沖合いでうごめく天空クジラのほうに向けて、ヒューは力強く言った。

「もし……そう、もしあいつが現れなかったら……帝国兵どもの警備を強行突破してでも、俺はお前らを村の外へ連れて行ったさ」

「どうしてそこまで私たちの為に?」

「俺も、ここまで騒ぎを起こされちゃあ……ちょっと、人事じゃなくなってきたもんでさ。悪いけど……もうちょい付き合っても良いよな?」

 そう言って振り向くヒューの顔には、いつもどおりの快活な笑みが浮かんでいた。思わずフラムは苦笑いをこぼす。

「……そう言われたら、協力しないわけには行かないだろ」

「そうね。私たちで力になれるなら」

「そう来なくっちゃな!」

 やわらかく微笑んでティアも賛同する。嬉しそうに、ヒューが満面の笑顔で言う。

「じゃ、ちょっとばかし荒れるけど、踏ん張ってろよ?」

 そうふたりに言ってから、ヒューは天空クジラのいるほうを向き、両手を構えて目を閉じた。

 数秒後、すぐに異変は起こる。

 今まで穏やかだった空気が、徐々に暴風をはらんだ荒れたものに変化してゆく。

 それはたちまち、まっすぐ立っていられないほどの威力へと膨れ上がってゆく!

「「……ッ!」」

 思わず、ふたりは吹き飛ばされないように地面に伏せる。

 それでも術者であるヒューだけは、しっかりとその地に立って、天空クジラをじっと見据えていた。

「……よっしゃ! 行けぇ!!」

 ヒューの掛け声と共に、周囲で吹き荒んでいた風が、一斉に天空クジラめがけて飛んでいくのが、ふたりにもはっきりと見えた。

 魔力が生んだ風は、天空クジラの周りへと集まってゆく。

 それが、あの巨体の動きを縛り付け、3人がいるほうへと押しているではないか!

 危険を察したほかの漁師たちが、ヒューに向かって風の音に負けないぐらいの大声で怒鳴る。

「おいヒュー! ここまでするにゃあ何か理由があるんだろうがよ、このままじゃ港に激突するんじゃねえのか!? そうなったら村も俺たちもただじゃあ済まねぇぞ!!」

「だーいじょうぶだって、その前に仕留めるからよ! それにこれだけやりゃあ十分だろ!」

「……無茶をする。後でまたリズさんに叱られても知らんぞ!!」

 最後の怒声には聞こえなかったふりをし、ヒューは後ろで絶句しているフラムたちに向かって言った。

「さあ、こっからが本番だぜ2人とも!」

「……あ、ああ……」

 はっと我に返り、慌てて立ち上がるふたり。

「いいか。弱点はあいつのデコッパチだ。俺はあいつを縛り付けてるから、頼むぜ!」

「分かった」

「ええ!」

 なるべく村への被害が少ないぐらい、そして魔法が届くぐらいの絶妙な距離を、ヒューの生み出す風の束縛が保ち続ける。

 フラムとティアも、各々武器を取って詠唱を始めた。ティアの姿が、“共鳴”の姿へと変わっていく。

 赤、青、緑。

 3色の幻想的な魔力の輝きが、しばらくその場に幻想的なグラデーションを生み出し続けていた。

「……今だ!!」

 ヒューの掛け声に呼応して、フラムとティアが溜め込んだ魔力を開放する!

 今自分が持っている、最も協力な魔法を、あの怪魚に叩き込むために!

「爆炎(イラプション)!!」

「濁流(スプラッシュ)!!」

 ふたりの攻撃は、逃すことなく天空クジラの額を貫いた。

 猛烈な断末魔の叫び声と共に、雲に飛沫があがる。

 やがて、脳天に風穴を開けた天空クジラの亡骸が、雲の上にぷかりと浮かび上がった。

「……一丁上がり!」

 弱めた風で、天空クジラを港の側まで運びながら、満足そうにヒューが笑う。

 丁度その時だった。

「やかましい! 何の騒ぎだ!」

 今頃になって、ようやく帝国兵たちが、怒り心頭といった表情で村になだれ込んでくる。

 待ってましたとばかりに、漁師たちが帝国兵たちに我先にと群がった。

「兵士さん! 見てくだせぇよあれ!」

「天空クジラってんですよ!」

「ちょっくら、引き上げるの手伝ってくれませんかねぇ!」

「ええい! 群がるな、愚民どもがあ! ……ちッ、陛下のご命令さえなければこんな連中!」

 どうやら、先日のヒューのように、余程のことをしない限りは、帝国兵たちは村人には手出し出来ないらしい。腰の武器を取ることも出来ず、ただ漁師たちの剣幕に押されているばかりであった。

「そら、今がチャンス! 行くぜ!」

「あ、ああ!」

 まさかこんなに上手くいくとは。

 自信満々に笑いながら言うヒューに促されて、ふたりは複雑な気分で村を逃げるように後にした。


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