「あらら、えらいこっちゃだわ、ったく!」
リズは、思わず素っ頓狂な声を上げる。
それはもちろん。酒場を出てすぐ、野次馬がごった返している場所が目に飛び込んできたからで。
ざわめきの中心で、何かが殴られるような音が聞こえる。
嫌な予感を全身で感じ、リズは必死で人ごみを掻き分けて中心のほうへ進んで行く。
「ちょっと、どいて……ッと。……ヒュー!!」
「う。……リズ?」
どうにか野次馬を押しのけて最前列へたどり着いたリズの目に飛び込んで来たのは、数名の帝国兵に囲まれてくず折れている青年の姿だった。淡く緑がかった金髪。伸びっぱなしになったそれを、首の後ろの緑色の紐で無造作に縛ってある。
リズの悲鳴に近い声を聞いて、呻きながらもヒューは振り返る。日に焼けた肌はあちこちに血のにじんだ新しい傷。風の民の証、翡翠の瞳は、痛みにゆがめられている。
「また来たのかよ。おせっかいな奴」
「あんた、こりもせず何やってんのよ!」
「こいつらが、「お前らはただ偉大な帝国の為に黙って魚を出せばいいんだ」とか何とかぬかしやがったんだ! いくら何でも黙ってらんねぇだろ!」
手に持っていた漁師の銛を、鋭く帝国兵の顔に突きつけて言うヒュー。その声色は、憎しみに満ちていた。
「こっちはな。いきなり変な建物引っさげて乗り込んで来やがったお前らなんかにゃあ、鱗一枚だってやりたくねぇんだよ!」
「ヒュー、もうやめな! あんた、ひどい怪我……」
「……貴様!」
不意に、帝国兵の一人がヒューの側に歩み寄る。そして、くず折れていたヒューの胸倉をつかみあげて怒鳴った。
「まだ痛めつけられたりないようだな? 田舎者の分際で……おら!!」
「うぐ……!」
「ヒュー!!」
怒声と共に、下腹部に拳を喰らわされる。がくりと地面にひざを追って呻くヒューの元に、慌ててリズが駆け寄る。
「いくらなんでも無茶しすぎよ! ほら、あたしの酒場に……」
「げほっ……う、うっせぇ!」
咳きこみながらも、あくまでも気丈に。ヒューが、きっと帝国兵の顔を睨み付ける。
「せめて、もう一発でも……こいつらに叩き込んでやんなきゃ気が済まねえ!」
「ほう? 面白いじゃないか!」
「ならばやってみろ、ガキ! その身体で何が出来る!」
いよいよ腰の剣に手を伸ばしかけた帝国兵の罵声が、朦朧とする頭にがんがんと響く。
彼の手首で、腕輪が力なく光った。
「……爆炎(イラプション)!!」
高らかな叫び声と共に、至近距離で爆発が起きたのは、その時。
『ぐわあああっ!?』
「「な……」」
「『せめて、一発』。これで良いか?」
そう言いながら人ごみの中から現れたのは、自分と同年代と思われる青年。赤毛に紅玉の瞳の、火の民。
ヒューは、確かに見た。
彼が両手にはめている手袋の下に、見覚えのある『気』の揺らめきを。
「あ。あんた……」
「フラム!」
ヒューが何かを言おうとする前に、もう一人の人物が人ごみから顔を出した。
こちらは青い髪に、蒼穹の瞳。水の民の少女だ。
「もう、やっと追いついたわ」
「よう。遅かったな、ティア」
「もう……って、あなた! すごい怪我……!」
むう、と頬を膨らませる。その時、視線の端に傷だらけの風の民の姿が飛び込んできて。
ティアと呼ばれた少女が、慌ててヒューの側にしゃがみ込み、肩に手を添える。
「お、お客さん?」
「お、おい……」
「動いちゃ駄目。じっとして」
そう言って目を閉じるティア。
次の瞬間、またしても。
手袋の内側の手首に『気』が集まってゆくのを、ヒューは見た。
そして、つい先ほどまでごく平凡だった彼女の姿に、ありえない変化が……額にはマーク、背中には羽が……起こってゆくのも。
「回復清水(ヒール・ウォーター)!」
ティアがそう唱えたとき、泉と水泡とが現れ、それはヒューの肌の傷に触れ、そしてたちどころに癒していく。
群集たちの中からどよめきが起こった。
反応が収まったのを見、フラムという名らしい青年が呆れたようにため息をついた。
「……お前な。公衆の面前で堂々とそれ使うなよな」
「あっ。ご、ごめんなさい。つい必死で」
「お、お前ら……それ!」
「……、驚くことでもないだろう?」
言葉を失うヒューに向かって、フラムは笑いかける。
その視線の先には、手袋には隠されていない……緑色の『腕輪』があった。
見覚えのある輝きと共に。
「お前が、俺たちと同じ『力』を持ってるなら、さ」
「の。……能力者なのか、お前らも」
「ええ」
「ぐぅっ、貴様らぁ……黙っていればいい気になりおってぇ!」
うめき声と共に、先ほどフラムの魔法を受けた帝国兵たちが立ち上がる。
怒りに満ちた声で言う彼らが、ついに剣を抜いた。
「もう許さんぞ、ガキ!」
「ふーん。だったらどうするっての?」
すっくとヒューが立ち上がった。傷はティアの魔法で癒えている。
もう一度、戦える!
「あんたら、邪魔だよ。とっとと失せな!」
ぐっと腰を落として、手に持った銛を構える。
もちろんそのまま突き出しても、その矛先は帝国兵の身体には届かない。
しかし、彼は稀代の魔法能力者。常識は通用しない!
手首の腕輪……ミーンズ・リングに力強い輝きが灯る。
巨大な力の渦が、手から銛の先端へと移動していく。
「……吹き抜けろ、一陣の風! 烈風槍(ウィンディ・ランス)!!」
詠唱と共に、風の魔力を蓄えた銛を思い切り突き出す。
それと共に、円錐型に集められた風が、銛の先端から一気に開放され、帝国兵目掛けて炸裂する!
轟音と共に、烈風の槍は帝国兵たちを容赦なくなぎ払う。音のおかげで、断末魔すら一同の耳には届かなかった。
「……す、凄い」
思わずティアが感嘆の声をもらす。
それとほぼ同時に、野次馬たちから歓声が上がった。
「……すっげーぜ、ヒュー!!」
「やりやがったな魔法使い!」
「流石は王国騎士団長ウィルの息子だな!」
「おーう、サンキュー!」
村人たちに満面の笑顔で返すヒュー。
「……やれやれ、ね」
リズが苦笑いする。
やがて、ヒューは2人のほうを振り返って、にこやかに言った。
「申し遅れたが……俺はヒュー。ヒュー・アトラスってんだ。色々ありがとな!」
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