竜のような動物を動力に動く定期便で、約3日。
船頭の案内に従って船を降りたふたりを出迎えたのは、強い風だった。
< 風の島:フェルザ 雲の漁村:クラン >
「何だかこの風、いいにおいがするわ」
大きく手を広げて全身で風を受けるようにしながら、気持ちよさそうにティアが言う。
「……ああ、確かに。キュアとは全然違うな」
風にあおられる首のスカーフを横目に見ながら、フラムはそれだけ答える。
少し冷たい、塩気を含んだような風だった。
「わあ、お店がいっぱい! 活気がある村なのね。ね、少しだけ見ていきましょう!」
「お、おい」
目をきらきらと輝かせて、フラムを追い越して村へ続く道へと駆け出すティア。
そちらを見ると、確かに道のそこかしこに沢山の露店が並んでいる。
店先には、沢山の魚や果物といった商品が所狭しと並べられていた。
ひとつの店先で楽しげに商人と話すティアの背中を見て、思わずフラムは呆れてしまう。
「ったく……俺たち、観光に来てるんじゃないだろうに……」
「フラム! 早く!」
「はいはい、分かったって」
ティアの呼び声に半ば強引に導かれて、フラムは渋々彼女の傍らに歩み寄った。
「らっしゃい!」
豪快な声でフラムを迎えたのは、雲のような銀髪をたたえた筋肉質の男性。瞳は風の民特有の濃い緑色だ。
この村に住む漁師の一人だろう。
「お嬢ちゃんのお連れさんかい? アンタもどうだい、お土産におひとつ。うちの魚は活きが良いぜ、ほれ!」
店先に並んだ魚の中から一匹を選び、尾びれを掴んで持ち上げ、ふたりに見せるようにする男。
鼻先に突きつけられるそれを押しとどめて、フラムはなるべく邪険にならないように口調を抑えて言った。
「悪いなおっさん。俺たち、のんびり買い物なんかしてる暇なんかないよ。帝国にちょっと急ぎの用事があってさ」
「あん? 帝国だ?」
帝国。
その単語を聞いた途端、男の表情が露骨に不機嫌になった。
「どうしたんですか?」
「アンタたち。悪いことは言わねぇから、帝国に行くのだけはやめときなよ。あんな盗人どもの国なんか!」
「「え?」」
突然そう言われて、ふたりはぽかんとする。
丸太のように太い腕を胸板の前で組んで、顔をしかめながら男は続けた。
「留置所、知ってんだろ? 2年前あれが出来てから、俺たちが採った魚のほとんどはみんなあそこに持ってかれちまうのさ。帝国兵どもや捕まってる奴らの飯にするんだと。だが連中、俺たちには魚の代金ビタ一文払いやしねぇ。そのせいで、いくら俺たちが魚を採ってもほとんど儲からなくなっちまったのさ。酷ぇ話だろ?」
「まあ……」
「だから、こうして観光客相手に地道に商売するしかねぇのよ」
そう言って、再び魚の尾びれを掴み、男はまたふたりに自分の店の商品を薦めはじめる。
「っつー訳で、一匹ぐれぇ買ってはくれないかねぇ? 家族も喜ぶぜ?」
「いや、俺たち旅してるし。当分帰らないよ。料理する暇もないし腐らせたら悪いだろ?」
「ええ。ごめんなさい」
「そうかい」
ふたりにやんわりと断られた男は、心底残念そうに手に持っていた商品を店先に並べなおす。
「ま、どうしても帝国なんぞに行くってんなら、城下町に行きな。こんなひなびた漁村じゃぁ、俺たちが漁に使う小船しかねぇからよ」
旅立つ前、フォートに教わったのと同じだ。
あるいは、と思ったが、やはりここから出ているのはキュアとフェルザを往復する船だけらしい。
仕方がない、とりあえずここから外国を目指すのは諦めたほうがいい。そう思い、ふたりは男に頭を下げた。フラムのほうは軽く会釈する程度に、ティアは大きく深々と。
「ああ」
「ありがとうございます」
「おう。……はーい、らっしゃいらっしゃい!」
ふたりに軽く手を振り、再び客寄せに戻る男。
彼の姿を横目に見ながら、ふたりは村に続くなだらかな坂道を降りる。
しばらく歩くとぱっと目の前が開けて、大きな広場が現れた。
目の前に大きく広がるのは、雲をいっぱいにたたえた大きな空。すぐそこが漁港になっているのだ。あちこちに小さな漁船が浮かび、雲の波にぷかぷかと揺られている。
あちこちで、漁師たちが忙しそうに動き回っている。
そんな様子を見ながら、ティアはやはり楽しそうに目を輝かせていた。
「さっきのお店もそうだけど、ここは活気があるのね」
「ああ、お前が育ったのはリヴェイルだもんな」
「そうね。あそこはのどかな村だったから」
「……そうか」
ティアの表情がだんだん寂しそうになっていくのを察し、フラムは話題を打ち切る。
やがて、フラムは広場に並ぶ建物をぐるりと見渡し、一番目立つ看板を見とめ、そちらへ向かって歩き出した。
慌ててフラムの背中を追いかけ、ティアが尋ねる。
「どこへ行くの?」
発泡酒が並々と注がれた、巨大なジョッキの絵があしらわれた看板を指差し、フラムは言った。
「酒場さ。帝国を目指すにしても石を探すにしても、まずは情報収集だろ」
スイングドアを押し開けた瞬間、酒の匂いと人々の喧騒が耳に飛び込んできた。
店内のあちこちで、酒が並々と注がれたジョッキ(まるで酒場の看板の絵と同じように)を片手に、仲間と談笑する漁師たちの姿が見られる。
フラムは、迷わず真っ直ぐにカウンター席へ向かった。
カウンターの中で、女将らしき中年の女性が、傍らの客と話していた。
ちょうど2人分、彼女の正面の席が空いている。
2人の存在に気づいた女性は、すぐにこちらに満面の営業スマイルを向けてきた。
「いらっしゃい!」
「こ、こんにちは……」
「あら、そんなカタくならなくったっていいのよ。おばちゃん、気さくなほうだから!」
輝かんばかりの笑顔を向けられて思わず固まるティアに、カラカラと笑いながら言う女性。
「あたしはリズ。ここの女将やってんのよ。……あんた達、水の民と火の民だね? 珍しいカップルじゃないの!」
「えっ!? そ、そんな……」
「何言ってるんだよ女将さん」
完全に予想外の話題。
思わず顔を赤くして言葉を詰まらせるティアを押しのけて、フラムは酒場の女将・リズにキッと鋭い視線を向けた。
「別にそんな関係なんかじゃないさ。……それより」
「ああはいはい、ご注文ね。でもあんた達まだ未成年だろ。ジュース? それともお茶?」
「いや、そうじゃなくて。俺たち、首都に行きたいんだ。ちょっと急ぎの用で、すぐにでも」
「え?」
妙に力のこもった真剣な声色と眼差しとでそう言われ、戸惑いながらもリズは口を開いた。
「そんなに急ぎの用なの? それじゃあちょっと運が悪かったね、あんた達」
「えっ。どういうことですか?」
「ロクドゥ大橋、あるだろ。クランと城下町をつなぐ橋なんだけどね」
「ロクドゥ……ああ、あのでかい橋か」
キュアにたどり着くまでの記憶を辿って、フラムは、大陸を隔てるように架かった巨大な橋を思い出した。
それは、いつまで歩いてもなかなか向こう側が見えないほど、あまりにも大きく長い橋。橋の途中途中にいくつか宿泊施設が設置されているほどだ。
時折下を流れる川から魔物が飛び出してくることもあるが、それでもその橋は、この国を行き来する人々にとっての重要な道筋だった。
「つい最近だけどね、帝国の連中が橋を封鎖しちゃったのよ。『例え旅行者だろうと、この村から一歩たりとも出ることまかりならん!』ってさ」
「「え!?」」
「ま、漁港を封鎖されないだけましだけどさ。城下町でしか売ってない道具もあるし、ちょいと不便で困ってるのよ」
唖然とするフラムたちをよそに、カウンターの上で頬杖をついて、心底迷惑そうにリズは愚痴る。
「あたしたち村のモンはともかくね、旅の商人はいい迷惑みたいよ。こんなひなびた漁村より、城下町のほうが売り上げが良いに決まってるもの。橋の上で、どこにも行けず待ちぼうけしてる人もいるだろうし……城下町のほうは、もっと厳しい規制が入ってるかもね。もし城下町に行けたとしても、定期便が出てるかどうか……そもそも、船を使わせてくれるかどうかも分からないわよ」
「そんな……」
「くそ。こんなところで立ち往生かよ」
思わず苛立つ。
まさかこんなところで、足止めをくらうとは思わなかった。それも、つい先日対立してきた帝国の手で。
こうしている間にも、彼らは何かを企んでいる……いや、行動を起こしているに違いないのに!
「まさか、もう私たちのことを知られたのかしら」
「いや、いくらなんでも早すぎる。それに、たったふたりの為にこんな派手なことするか?」
リズに聞かれないように、顔をつつきあわせてひそひそと話し合うふたり。
その時、乱暴に扉が開かれ、一人の男が血相を変えてカウンターの側に駆け寄った。周りの客たちが、一斉にそちらへ視線を集中させる。
「はあっ、はあっ……り、リズさん!」
「なんだいディーン? 騒がしいねぇ」
ディーンと呼ばれた男は、肩でぜいぜいと息をしながら、しっかりとリズの顔を見つめて言った。
「ひ、ヒューの奴が……また、帝国の兵士と騒ぎ起こしてやがるんだ! 頭に血の上ったあいつを止められるのはリズさんしかいないだろう? また頼むよ!」
「えぇっ、またかい! はあ、ほんとに世話の焼ける……」
呆れたように深くため息をついて、リズはカウンターの外に出て、客たちのほうを見回して大きな声で言った。
「そういうわけだから、ちょいと店開けるからね!」
「おーう。頑張れよー!」
「大変だなぁリズ、悪ガキの保護者ってやつも!」
げらげらと笑う客たちのダミ声が、慌しく店を後にするリズの背中にぶつかる。
ちょうどフラムの近くの席についていた2人組みの客が、苦笑いを浮かべて会話を交わしていた。
「いくら“力”があるからって、いちいち帝国兵に喧嘩売ってたら命がいくつあっても足りないよなぁ」
「ああ。相変わらずの無鉄砲だな、ヒューは。親父とそっくりだ」
(……“力”?)
チカラ。
その言葉の響きには、覚えがあった。
いつも、ごく普通に自分が振るっている“力”。
まだ実物を見ていないので、これは当然予想でしかないが。
きっと恐らく、そのヒューという人物は、自分やティアと同じ……
「……」
「フラム? ちょっと、どこへ行くの!」
いつか、霧の樹海で黒い船を目撃したときと同じ衝動。
ティアを置いてきぼりにして、フラムは席を立っていた。
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