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作品名:Tales of Moment 作者:美怜

第12回   魔人
「逃げなさい! 私の屋敷へ、早く!!」

 フォートの声に従い、野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃げ出してゆく。

 だが、フラムとティアだけは、どうしてもこの場から動けなかった。

 その原因は、無論今この目の前にいる、ついさっきまでベリルだったはずのモノ。

「こっ……これは、一体……」

「ああ。魔人(まびと)を見るのは初めてですか?」

 魔人。

 そういう名らしいそれを見上げ、セッツは可笑しそうに言った。

「先程言ったでしょう。アーツ・バングルは【凡人】が装着するべきものでは無いと。魔力とは、荒々しい自然元素の力。素養の無い人間には、扱う事すらままならない……これが、無謀なる愚か者の辿るべき末路」

 セッツがベリルに施したのは、闇属性のアーツ・バングル。5大属性のうち最強と呼ばれる魔力を込めたその腕輪は、本来ならば澄んだ紫色の筈なのだが、今は濁りきった気味の悪い色を放っていた。

「暴走して行き場を失った魔力がアーツ・バングルを介して装備者の体内に逆流し、体組織に異常発達を及ぼす。それが魔人です。力も十分。魔法も、アーツ・バングルの属性に対応したものをそれなりに扱える……」

 セッツの声に応えるように、魔人が吼えた。

 この力が。

 そう、この力こそが。

「そう。姿かたちや理性の有無など、別に大した問題ではない。これこそまさに、あの男が欲したものなのです。彼も本望でしょう!」

「なんですって!」

 ティアが声を荒げた。

 納得出来ない。そう言いたげに、憤慨の声色で。

「そんなの酷いわ! 元に戻して!!」

「不可能ですよ。魔力の暴走を抑えられたとしても、体組織や理性はもう元には戻らない」

 魔人の血走る一つ目を見つめるセッツの目は、まるでゴミでも見るかのような目だった。

 弱者を見下す、強者の。

「そもそも、こんな辺境の田舎者如きが、国の上に立とうとする事自体が愚かだったのです。偉大なる帝国・ダルグの礎となるべくして生まれた、我等闇の民とはまるで違う。所詮あなた方底辺の人間など、我等の手の平の上で、我等の為に踊り狂っていれば良いのですよ!」

「……そんな……」

「貴様ッ!」

 愕然とし、力なく地面にへたり込んだティアを尻目に、素早くフラムが抜刀して、前に飛び出した。

「妹も……フィラのことも、そう思って殺したんだろう! お前にとってはその程度の認識でも、俺にとっては大切な妹だったんだ!」

 剣を握る手が、怒りのあまりにぶるぶると震えた。

 このままでは、留置所の二の舞になることはよく分かっていた。

 でも、止められない。

 再びめぐってきたチャンスだから。

 そして、あのような許されるべきではない暴言を、確かにこの耳で聞いてしまったから。

「絶対に許さない……、俺から何もかも奪って行った帝国を……! せめて、貴様だけは!!」

「……申し訳ありませんが」

 フラムの言葉などまるで聞いていないかのように、突然セッツがくるりと2人のほうに背を向けて歩き出した。

 港に泊まっている、黒い艦のほうへ。

「あんなもので私の剣を汚したくは無い。後始末は任せましょう」

「何だと! 待て!」

 追いかけようと駆け出したフラムの前に、魔人が立ち塞がった。

 セッツを、庇うように。

「また会えますよ。あなた方が、“共鳴”のことを調べようというのならば……いずれ、また」

 魔人の巨体の向こうから、セッツの声が静かに響く。

 その直後、轟音と共に、船がふわりと宙へ浮かび上がった。

 セッツはもう乗り込んだ後だろう。空を飛ぶ術など当然無いし、もう追いかけるのは無理に決まっている。

 どちらにしても、魔人との戦いは避けられない。

「くそっ……ティア、やるぞ!」

「えっ……そ、そんな……!」

 フラムの呼びかけを聞いても、ティアは地面にへたり込んだままだった。

 首をぶんぶんと大きく横に振って、蒼い瞳には涙をいっぱいに浮かべて……戦うことを、全身で拒絶している。

「私、魔人とは戦えない……もとは人間だったのよ! あれは村長なのよ! 私には戦えない!」

「そんな事言ってる場合か!」

 言い争っている間に、魔人はじりじりとふたりとの間を詰めてきている。

 やがて、魔人が長い腕を大きく振りかぶった。腕の先には3本の鋭く長い爪。

 切り裂かれる!

 咄嗟にフラムはティアを抱きかかえて後方へ飛んだ。直後に、背後を魔人の爪が掠める。今まで自分たちがいた場所に、鋭い爪あとがくっきりと残っていた。 

「ひ……ッ」

「ぼやぼやしてると俺たちもああなるんだぞ! 死にたいのか!」

「で……でも!」

「もう元には戻らない! 俺たちがやらなきゃいけないんだ!」

 ティアを押しやり、フラムは立ち上がった。剣に火が灯り、赤々と燃え上がる。

「あの男のことは気に食わない……でも、何となく分かる気がする」

 不気味な濁った光を放つアーツ・バングル。
 
 人間離れした姿と力。

 今も尚あの男の体内で暴れ狂い、身体を蝕み続けている膨大な魔力。

 自分たちが生まれ持った「魔法能力」というものは、とてつもなく危険なものなのだ。

 幼い頃、ふざけて妹にアーツ・バングルをつけようとした時、祖父は柄にも無く激怒し、自分からアーツ・バングルを無理やり取り上げようとした。

 普段と違う祖父の様子に恐怖し、思わず泣いてしまったのを良く覚えている。

 血の繋がりは無いとはいえ、祖父もまた故郷・マグナの人間。当然魔法能力者ではない。そんな彼が何故アーツ・バングルの副作用を知っていたかは謎だったが……今になって、彼が怒った理由がようやく分かった。

 もし止めていなかったらと思うと、ぞっとする。自分が妹を怪物化させるなんて、考えたくなかった。

 ……そして。

「ベリルは魔法能力者じゃない。魔法に選ばれなかったんだ。……でも、俺たちは違う」

 剣を握る手に力がこもる。

 そうだ。

 自分たちは、あの男とは違う。

 魔法を、使えるんだ。

 この手で。

 自分自身の、力で。

「俺たちは魔法に選ばれた。だから、俺たちでけりをつけなきゃいけないんだ!」

「……!」

 ティアがはっと息を呑んだ。

 それを尻目に、フラムは地面を蹴って駆け出した。

 同時に、再び魔人の爪の斬撃が振るわれる!

 大丈夫、動きは大振りだ。避けられる!

「っと……はっ! ……!?」

 2回ほど攻撃を回避し、気がついた。

 魔人の足元に、輝く紫色の陣が浮かび上がっているのを。

(魔法!?)

 そうだ、セッツも言っていたじゃないか。

 暴走しているとはいえ、今の彼は、魔法を操るだけの力を得た立派な魔物なのだから!

 セッツが彼に与えた魔法の属性は……、……闇!

『 暗 黒 ( ダ ー ク フ ォ ー ス ) 』

 くぐもった声で、魔法を唱える声が聞こえた。

 それと同時に、フラムの側で闇の波動が生まれ、炸裂する!

 肌の表面が少し抉れたようだが、問題ない。回避が後一歩遅れたなら、身体が粉々に吹き飛んでいたところだ。

「……っ!」

「フラム!」

 ようやくティアが立ち上がった。片手に弓を持って。

 皮肉るように、フラムは笑った。

「へっ。心は決まったらしいな」

「……、まだ少し怖いわ。でも、さっきのフラムの言葉でようやく決心がついた」

 蒼い目を伏せて、静かにティアは言った。

「仕方ないのね。私たちがやるしかないのよね。……私も戦うわ!」

 足元に青い陣が浮かび上がり、姿があの時の羽を生やした姿へと、徐々に変わってゆく。

「フラム、村長を引き付けてくれる?」

「ああ」

 頷き、再びフラムは駆け出した。

 爪の一撃をひらりひらりと避け続ける。

 ティアに攻撃が当たらないように。彼女の魔法が確実に決まるように。

「……涼やかなる水音の調べよ……」

 来る!

 今の彼女が持つ、最大の攻撃が!

 爪の一撃を剣で跳ね返して、フラムは後ろへ飛んだ。

 次いで、背後で蒼い光の粒子が、はじける。

「……奔流(スプラッシュ)!」

 放たれたのは、あの時樹海の奥、主が放った魔法だ。

 どこからか現れた水流が、魔人の巨体をいとも簡単に押し倒し、地面に貼り付ける。

「俺たちもかなり喰らった魔法だ。効くだろ、爺さん」

『ガ……ァガア……』

「俺からも行くぜ!」

 一気に跳躍し、剣の切っ先を下に向けた。

 行き先は、魔人の身体のパーツで1番目立つ場所……顔の、巨大な目玉!

「だああああっ!!」

 落下のスピードに乗せて、思い切り……突き刺す!

 確かに、何かを貫いた手ごたえを感じる。

 しかし、まだとどめではない。

『ギィァアアアアアアアア!!!!!』

 凄まじい悲鳴が響いた。

 すぐに体勢を立て直す。剣を持ち直して……

「炎刀(フレイム・ブレイド)!!」

 身体から胴体へ、火をともした剣を思い切り、切り裂くように振る!

 再び悲鳴が轟いた。

 深い切り傷の中から、何かがざらざらと風に乗ってこぼれ落ちていく。

 身体が朽ちてきているのだ。

 今の一撃で、終わったのだ。

「そんちょ……」

 ぎょろりと動いた目が、最期の力を振り絞って、しっかりとティアを捉える。

 それは、憎悪の目だった。

「……ぁ……」

『 …… コ ノ 殺 人 者 ガ ァ …… ! 』

 もしかすると、彼はとてつもなく哀れなのかもしれない。

 孫の姿を変えた帝国ではなく、孫の命を奪ったティアを……魔法を憎むしか、彼には出来なかった。

 そして今、孫と同じ最期を迎えようとしている。

 ……でも、彼がやろうとした事は、決して報われないし、許されるべき事でもないのだ。

 魔法が、彼を狂わせた。

 やがて、魔人の……ベリルの身体は、風に乗って跡形も無く消えてしまった。

 ティアが、再び力なく地面にくず折れる。

「……なさい」

 ぽたり、ぽたり。

 地に付いた手の甲に、いくつもの雫がこぼれた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


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