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作品名:Tales of Moment 作者:美怜

第10回   牢の中の思惑
「ん……」

 頬に張り付いた冷ややかな感触で、ゆっくりとティアは重い瞼を開いた。

 慣れない場所で寝ていた(正確には気絶していたのだが)せいだろうか。全身の筋肉が凝り固まって鈍く痛んだ。

 ゆっくりと身を起こした彼女の目にまず飛び込んできたのは、頑丈な鉄格子だった。その向こうで、黒い軍服を着込んだ男たちが、大ぶりな銃を片手に、監視の目を光らせて廊下を歩いている。

 つまり、今自分がいるのは……どこかの牢の中。 

(ど……どうして?)

 面妖な話だった。

 先程の事は良く覚えていないが、最後に見た光景は、確かにあの霧の樹海だった筈なのだ。

 横たわっている場所も、本来ならばこんな金属の床の上ではなく、石の台座の上の筈。

 当然、ティアにはこんな場所に見覚えはないし、少なくともついさっきまでは牢の中にぶち込まれるような悪事はしていないと自覚している。

 なのに、何故。

「やあ。お目覚めですか」

「っ!」

 突然、耳に飛び込んできた男の声に、びくりと肩が跳ねた。反射的に声がしたほうを振り返ると、そこには男が立っていた。

 黒いローブ。腰まで伸びた長い黒髪に、目の周りに掘り込まれた黒い刺青。胸にたなびく紫色のスカーフを、蝙蝠の羽のようなマークと『D』の文字をあしらったバッジで止めている。

 紫苑の瞳が、何とも言えない胡散臭い笑みをその顔に貼り付けていた。

 近くに立っていた兵士から鍵を受け取り、男は牢の中に入る。靴音を静かに響かせ、ティアの目の前に立った。

 怯えるようにへたり込んでいるティアを、見下ろすような形で。

「あ。あなたは……?」

「ああ、申し遅れましたね」

 後ろ手で扉を再び閉ざしながら、男は名乗った。

「私はセッツ・エデル・モーメント。帝国4大幹部『四影(しえい)』の……まあ、首領と言ったところです」

「て、帝国……」

 その地名を聞いた瞬間、理解した。

 ここは、あの『留置所』の中だ。

 自分は何らかの理由で囚われているのだ、と。

「さて……」

 笑顔を崩さず、セッツは言った。

「貴女は疑問に思っていることでしょう。何故自分が囚われたのかと」

「……」

「教えて差し上げますよ。ですからそう怖い顔をなさらずに」

 恐怖を覚えながらも、気丈にセッツの顔を睨むティア。

 この感情のない笑顔のせいだろうか。

 彼の考えが、読めない。

「……貴女は“共鳴”したのですよ」

「きょうめい……?」

(あの事を言っているのかしら……)

 あの輝く透明な石。

 自分でも意味が分からないうちに、彼女はあれに近づき、あれを守っていたと思われる主を倒し……そして、あれに触れた。その瞬間あれは粉々に砕け散り、あの中に入っていた何かが、彼女の中に入って行った……

 ティアにある記憶は、そこまで。

 そこから先のことはほとんど覚えていなかった。

 おぼろげな記憶にあるのは、ただ3つのことだけ。

 身体の底から何かとんでもない力が湧き上がってくるような感覚。

 湖面に一瞬だけ映った、変わり果てた姿。

 そして、紅い瞳を大きく見開き、必死に何かを叫ぶフラムの顔。

「我々は探していたのですよ。“共鳴”出来る人間……そして、あの巨大な『主』を名乗る魔物を倒すことの出来る人間を。それを、我々よりも先に完璧に果たした人間が、突如我々の前に現れた。何と言う幸運でしょう」

「それが……私とフラム?」

「ああ。フラム、と言うのですか」

 そう言いながら、セッツは思い出していた。

 部下が気絶させるより少し前。あの少年が言った言葉、そしてあの憎しみに満ち溢れた表情を。

「あの少年はたまたま貴女の隣にいただけでしょう? 重要なのは貴女ですよ」

「わ、私……?」

「……」

 戸惑うティアの言葉が弱々しく響いた時、不意にセッツの顔から笑みが消えた。

 ……そして、次の瞬間。

 鋭い音と共に、黒い閃光が狭い独房の中を駆け抜け、ティアの身体に撃ち込まれた。

「きゃあっ!?」

「……貴女は、我々よりも先にあれを見つけ……そして“共鳴”を果たした」

 先程から一変。地の底を這うように、低く恐ろしい声で言葉を紡ぐ。

「更に我々帝国の精鋭たちをも手こずった魔物を倒し……更に“共鳴”によって更なる力を手に入れたのです! 我々は貴女のような力のある方を欲していたのですよ!」

「そ、そんな……」

 どうにか立ち上がり、ティアが悲しげに言った。

「それに、主を倒したのは私じゃなくてフラ……あぁっ!!」

 反論しようとしたところに再び閃光が走る。身体がゴム毬のように固い床を跳ねた。

 彼女の意向は完全に無視し、セッツは再び顔に笑みを貼り付けていた。

 今度は先程のような感情のないものとは違う。

 とてつもなく邪悪で、歪んだもの。

「さあ、どうしたのです?」

「……う……っ」

「この私に見せて御覧なさい。この世界をも変えうる“共鳴”の力を」

 無理な話だ。

 あの時の事はさっぱり覚えていないし、あの姿になる方法すらも分からないのに。

「……、どうして?」

 腕を支えに身を起こしながら、喉の奥から声を絞り出した。

 息も絶え絶えながら、必死に言葉を連ねる。

「貴方たち、帝国は……何を、考えてるの? 私のような人を集めて……一体、何をしようと……っ」

「黙りなさい!!」

「……ッ!!」

 ぴしゃりと怒鳴られた瞬間、先程の2発よりも力のこもった一撃が見舞われた。

 あまりの痛みに、もはや声すらも出ない。

 意識が、どんどん遠ざかる。

「あなた方愚民に、我々崇高なる帝国の民の考えなど分かる筈もないでしょう? さあ、早く!」

 朦朧とする頭に、セッツの嫌味な声ががんがんと響いた。

「見せなさい! 私に“共鳴”の力を!!」

「相変わらず悪趣味だな。セッツ」

「「!」」

 突如耳に飛び込んできたそれは、聞き覚えのある声だった。

 ティアとセッツ、お互いにとって。

「火球(ファイアー・ボール)!」

『ぐわあああっ!!!』

 廊下の奥から炎の玉が3発飛び出し、それは牢の前にいた兵たちと扉のほうに向かった。

 業火は兵をいとも簡単になぎ払い、扉も容易く吹き飛ばす。

 やがて、壁の影から赤毛の少年が飛び出し、素早くティアをかばう様に立った。

「……フラム……っ!」

「おやおや。王子様のご登場ですか?」

「へッ。本命は姫じゃなく魔王のほうだよ」

 火を灯した剣が抜き払われる。セッツが、ローブの下から小刀を2本抜き、両手に構えた。

「探すのは面倒だったが、一変に見つけられて幸運だぜ」

「貴方一人でこの私に勝てるとでも? そこのお嬢さんは戦力外だと思いますが」

「……、勝つさ」

 お前がやったんだろう、と声を大にして叫びたい気持ちをぐっと堪えて、静かにフラムは言った。

「絶対負けられない。あんただけは絶対に許さない」

「……」

「……、赤毛に蒼眼の少女に見覚えはあるな」

「青い髪に蒼眼ならそこにいますけどねぇ」

「……とぼけるのもいい加減にしろ!」

 声を荒げる。それでもセッツは全く動じなかった。

「フィラ・バーンズ。あんたが2年前、火の小都市マグナで殺した少女の名。もう忘れたとは言わせないぜ」

 頭に蘇るのは、忌々しい過去の記憶。

 哀しみ、絶望、怒り、そして……憎しみ。

「あんたがその手でこの世界から消した……俺の妹の名を!」

「!?」

 ティアがはっと息を呑んだ。

 ああ、と、セッツがぽんと小刀を持った手を打ち合わせた。それでも刀は2本とも落とさない。

「あの少女ですか、思い出しましたよ」

 そう楽しげに言うセッツの顔には、反省の色など一切なかった。

「軍人である以上、手をかけた人物の顔などいちいち覚えていられませんねぇ。2年も経った今になって……無茶苦茶な少年だ、貴方は」

「ッ、黙れっ!!」

 かっと頭に血が上るのを感じる。

 理屈では分かっている。目の前にいるからとは言え焦ってはいけない、と。

 しかし、この激情は止められない。

 ありとあらゆる怒りの感情が、沸々と心にこみ上げていくのが分かる。

「絶対に許さない……友達、養父、妹……俺から何もかもを奪った帝国を……。……せめて、貴様だけはッ!!」

 二人称が『あんた』から『貴様』に変わったことから、彼の憎しみの深さが、ティアにはよく分かったような気がした。

 それ程、妹の死が彼には苦痛だったのだと。

 そして妹を死に追いやったセッツを憎むことしか、彼には出来なかったのだと。

「はあああああっ!!」

 今やフラムの心にあるのは憎しみだけ。

 2年間で培った技術も何もなかった。

 ただ、怒りに任せて剣を振り回しているだけ。

 当然動きも大振りで、避けるのも受け流すのも容易いことだった。

「……ここで暴れるのも我々が憎いのも、貴方の勝手ですが」

 がむしゃらに飛び掛るフラムを2本の短剣でいなしながら、セッツは言った。

「そちらの彼女は如何するのです? 私や貴方の術が彼女に当たっても宜しいのですか? まあ、私は構いませんがね」

「!」

 はっとするフラム。思わず、床に座り込むティアのほうに視線を動かす。

 無意識に、隙が生まれた。

「……遅い!」

 鋭く声が響いた瞬間、闇の雷鳴が2本の短刀の切っ先から生まれ、駆ける!

「ぐぁああっ!!」

「フラム!!」

 攻撃を受け、身体が紙屑のように吹き飛ぶ。容赦なく壁に叩きつけられたフラムのもとに、ティアが這って行った。

「……その程度ですか、生粋の魔法能力者というものは。案外弱いものですねぇ」

「ッ!」

 ぎり、と唇を噛む。

 悔しい。

 ようやく見つけたのに。

 仇を討てると思ったのに。

 殺すどころか傷つけることすらも出来ず、こんなにも容易く弄ばれてしまうとは!

「……いいでしょう」

 セッツの冷めた声で我に返った。

「貴方の事情はどうだか知りませんが、今は彼女と一緒に此処を出なさい」

「何だと?」

「彼女をただ痛めつけるだけで満足するほど、私は馬鹿ではありませんよ。“共鳴”についてはまた別の手段を考えるとしましょうか」

 そう言い、セッツはあっさり2人に背を向けて牢を出た。

「……あと4つ、か」

 そう呟いたのを、フラムは聞き逃さなかった。

 痛みも忘れて、立ち上がる。

「ッ、待て!!」

「それまで私と争いたいのであれば」

 憤るフラムのほうをちらりと振り返って、静かにセッツが口を開いた。

「水の都・クェスに来る事です。追いついて見せなさい」

 そう言い残し、静かに彼の黒い背中は建物の奥へ消えて行った。

「……」

 しばし、沈黙。

 まるで時が止まったかのようだった。

「……ぐ……っ」

 緊張の糸が緩んだせいだろうか。

 胸に受けた痛みが再びぶり返した。力なく冷たい鉄の床にへたり込む。

「だ、大丈夫? 今、傷を!」

 慌てて、ティアがフラムの肩に手を乗せ、目を閉じて詠唱に入った。

 その瞬間、フラムはこの目で見た。

 詠唱が進むに連れ、ティアの姿があの時と同じ翼を生やした姿へと変わって行くのを。

「……!!」

「回復清水(ヒール・ウォーター)」

 詠唱が終わり、魔法が完成する。水球のようなものがいくつも生まれ、フラムや側にいるティアの肌の傷に触れ、癒していく。

 光が収まったとき、二人が受けた傷はほぼ完全に治っていた。

「立てる?」

「あ、ああ……それより、お前!」

「……?」

「その格好!」

「えっ……あ!」

 フラムに指差され、ようやくティアも今の自分の姿を理解した。

 背中の羽、額のマーク。

 変わり果てた姿が、側にあった姿見(恐らく、セッツが共鳴を成功させた時に備え、ティアに姿を見せるために置いたのだろう)にはっきりと映っている。

 思わず、震える指先が額に伸びた。

「……、魔法に応じて発動するのか。ざまあみろ、セッツめ」

 驚きで高鳴る心臓をどうにか沈め、フラムはそう誰にともなく吐き捨てた。ティアが不安そうに蒼い瞳を伏せる。

「私、何だか怖い……今の私の魔法、見た? 今、フラムだけ治すはずだったの。でも、いつもより範囲が広く発動して、私まで一度に回復が……。これ以上の力なんか、私……いらないわ」

「まあ、良いんじゃないか。元に戻る方法も分からないし……それに」

 少しだけだが、分かる気がする。

 彼女がそれを手に入れてしまったことが、向こうにとってどれほど都合の悪いことか。

 確信を胸に、フラムは言った。  

「これ、もしかしたらチャンスかもしれない」

 フラムの声で、ティアが不思議そうに首を傾げた。

「チャン……ス?」

「連中はお前を……お前と“共鳴”したあの変な石を狙っているんだろう? 逆に考えれば、そのうちの1個はお前が先に持ってる、って事だ。連中が何を考えてるかは知らないけど、もしこのままなら……」

「あっ……!」

 そこまで聞いて、ティアにも読めた。

「あいつは最後、確かに『あと4つ』て言った。同じようなものがいくつもあるんだ」

「つまり、私と“共鳴”した分とあわせれば、全部で5つね。……なら」

「そう。“共鳴”の条件は分からないが……お前があれをお前の中に持ち続けている限り、あっちは絶対、5つ全部を揃える事は出来ない」

「阻止、出来るかもしれないのね。帝国が企んでる何かを」

「そういう事」

 今はまだ、予想でしかない。

 いずれは帝国に乗り込む時もくるかもしれない。まだ見ぬ、あの石を求めて。

 その為には……今の自分の目的、セッツを、追う。

 帝国がいるところに、必ずあの石はあるはずだから。

「だから、ほとぼりが冷めるまではそのままでいいんだ。それに、向こうから襲われる事もあるかもしれない。“共鳴”してる今なら魔力も強いだろ」

「……分かったわ」

 大きく頷いた。

 自分だって、今日のように捕まって拷問を受けるのはもう御免である。

 それに、自分たちのせいで、帝国によって世界が危険に晒されているのは、もはやまごう事なき事実であるのだから。

「とにかくここを出ましょう」

「そうだな」

「行くの? あれは完全に挑発よ」

「そうだとしても行くさ。聞いてただろ」

「……そうよね。それほどまでに……憎いのよね。あの男が」

「……」

 ティアの言葉には答えず、ティアは黙って牢の扉に手をかけた。

「行くぞ」

「え、ええ」

 トーンを抑えたフラムの声に促されて、慌ててティアは彼の背中を追った。


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