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作品名:エチュード 作者:スクラトフ

第2回   2
 店を出ると、冷たい風が吹いた。両手をジャケットのポケットに突っ込むが、指は少なからず冷える。手袋を買わねばならんと悠治はいつも思うのだが、装身具や洋服を売る店に入るのが苦手だった。悠治は今年二十四歳であるから、とっくに身だしなみには気をつけねばならない年頃である。しかし、自分の外見に対する無頓着さに加えて、ファッションに対するコンプレックスがあって、手袋はもちろん、服や靴を選ぶセンスが自分には欠けているのだと、いつの間にか決め付けていた。しかしそれは、ほとんど言い訳である。センスが無いのではなく、ただ単に、そうしたものを選ぶのが面倒くさいのである。また、そうしたものを選ぶのにかける時間が無駄に思えてならないのである。彼のような男に必要なのは、自分の好みに合わせて、相手の男の外見を飾ろうとする世話焼きの恋人だろう。彼はおそらくいちいち抵抗しない、かえって、女の言うとおりにしていれば、何も考えずにすむから楽である。よっぽどおかしな服装を強いられるのでなければだが。
 また、シャツ一枚の上にジャケットを羽織っただけでは、あまりにも夜風が身にしみた。十一月の下旬になれば、冬の気配もかなりはっきりしてくる。悠治はただでさえ曲がり気味の背筋をさらに縮め、肩をすぼめて歩いた。寂れた街並みが、まばらな光をまとって流れた。
 悠治の家は、仕事先の「喫茶クラルテ」から十五分ほど歩いた住宅街にある。元は両親の持ち家だったのだが、山陰に住む母方の祖父母が高齢になり、体の自由が利かなくなってきたので、夫婦二人して荷物をまとめて、介護に向かうため出て行った。それから二年経つ。公務員だった父が残した家は、さほど広くは無いが、一人住まいには少し所在無い気がした。しかし、それも最初のうちだけである。悠治は、寂しさを感じる前に、好きなだけピアノに没頭した。自分が孤独だなどという風には考えたことも無かった。一年前からは猫を飼った。敬愛するチェコの作曲家にあやかって「レオシュ」と名づけたこの猫を、悠治はピアノを弾いているときも、弾いていないときも、傍らに置いた。離れるのは、悠治が仕事先に向かうときだけである。
 


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