部屋に運び込んだヒーターに電源を入れ、居間に戻ってくると、ユリは目を閉じて寝息を立てていた。ソファの上に長く体を横たえて、行儀良く、腹の上に手を組んで眠っていた。レオシュは床に下りて、ヒーターの前で座っていた。悠治がヒーターの電源を切ると、レオシュが顔を上げて、不満ありげに鳴いた。 悠治はユリの肩に手を置いて揺り動かした。だが、起きる気配は無い。全身の力がすっかり弛緩しているらしく、悠治の腕の動きに合わせてぐにゃぐにゃと揺れた。 「ユリ」 呼びかけたが、やはり目を覚まさない。しばらくどうしたものかと考えたが、やがて決心して、悠治はユリの体を抱えて部屋まで連れてゆくことにした。居間は広いので、朝、一番冷え込むのである。このままにしていると、もちろん風邪を引いてしまう。悠治は横になっているユリの背中を左手で支え、右腕を彼女のひざの裏に差し込んで、力をこめて抱えあげた。ユリの小柄で華奢な体は、見たままに軽かった。ピアノばかり弾いているせいで、男の割りに非力な悠治にも難なく持ち上げることが出来た。 部屋はまだ暖まりきってはいなかったが、こうしてすっかり眠り込んでいるなら、布団に入ってしまえば、気がつかないうちに自分の体温で温まってゆけるだろう。悠治がユリを布団の上におろそうとして、かがみこんだとき、少し体のバランスが崩れた。するとユリの両腕が伸びて悠治の首に絡んだ。 「こら」 悠治が小声で叱ると、 「だって危ないんだもん」 と目を閉じたままのユリが答えた。 悠治はユリの体を布団に横たえて、手を離そうとした。しかし、ユリの両腕が巻きついたまま離れなかった。それどころか、しっかりと両腕に力がこもっていて、悠治を自分の体に引き寄せようとしているようだった。 「ふざけるのはやめなさい」 悠治は背中の力を緩めなかった。ユリが甘えるような声で言った。 「もっかい、名前呼んでください」 「寝ろ」 反射的に悠治は邪険なくらいの口調で言い放ち、首元からユリの両腕を引き剥がして逃れた。支えを失って横になったユリは、ゆっくりとした動作で布団にもぐりこんだ。それを見て、安堵した悠治は、部屋を出て行こうとした。すると、後ろからユリが言った。 「明日はちゃんとピアノ弾きます」 悠治はその言葉対して返事はしなかった。 「ヒーター、タイマーにしてあるからな」 「おやすみなさい」 「おやすみ」 悠治は扉を後ろ手で閉めた。そして、自分の寝室へと足を向けながら、さっきのユリの所作を思い返した。彼女がなにを思ってそうしたのか、分からないつもりは無かった。しかしどうも捨て身過ぎて、手に余る。危うく思われるほどだ。すると彼女がこれからどういう生き方をするのか、心配になった。いつの間にか、ユリが赤の他人という気は、ほとんどしなくなっていた。
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