食料や衣類などに限らず、品物を動かして商売を行っている所ではそれを一時保管して置く為の倉庫がどうしても必要となる。 それは、辺境最大の自由貿易都市という性格を持つこの場所では特に肥大化が進み、遂に都市の中に倉庫だけを集めた広大な区画を持つこととなった。 倉庫街。 小さな国家なら十年は賄っていけるといわれる程の物資を呑込んでいる場所。 「……先客がいるな」 延々と墓標の様に続く倉庫の列の間から、道を挟んだ向こう側を伺いながら喬一。 大手企業のダミーである『カリスト・オイル』名義の倉庫の一つ。 「フェアレディZだわ」 その前に停まっている数台の車の中に、尾行から漏れていたロングノーズ・ショートデッキのボディを認めたニイナが、 「あのカルカノって男の言った通りだったわね」 「あの状況で、出任せはないさ」 しかもあんな目に遭えばな。と喬一。 ちなみに、喬一とニイナに接触してきた「あの男」達は、今も乗ってきた車の中で気絶を続けている筈だ。 たとえ目が覚めたとしても、2人が身に付けていたベルトやネクタイで手足を拘束しているので、すぐには動けないだろう。 「……ここで、マイクロマシンの取り引きか」 「大手の会社と吸血鬼がね」 とても信じる気にはなれないけど。とニイナ。 「怪物同士か」 ため息を吐いた喬一。 吸血鬼。 この仕事を受けてから良く耳にする言葉だった。 「まぁ、あそこに居る連中に訊いて診るしかないわ」 ニイナは自分に言い聞かせるように呟くと、腰のホルスターからルガーP08を抜いた。 左手で、機関部上端のトグル・リンクを操作して、尺取虫の様に逆V字型に立ち上がったそれを放すと、前進した遊底が弾倉上端の9ミリ弾を薬室に送り込んで閉じる。 ドイツ語の文字が見える位置に安全装置を動かしたニイナが、 「喬一?」 「ああ――ホラーものは苦手なんだが」 ニイナに名前を呼ばれた喬一は、そうぼやくとコルト45オートを抜いた。 セフティ・レバーを下げ、左手でスライドを軽く引いて薬室に45口径弾が装填されているのを確認する。 通常のセフティ・レバーだけではなく、グリップを握れば解除されるグリップ・セフティも持っているので、暴発の可能性が非常に低いその45オートに再びセフティを掛けてから、 「行くか」 「そうね」 短く言葉を交わした喬一とニイナはゆっくりと、倉庫に近づいていく。 倉庫の前。 そこに停められている車の陰や車内に隠れている者が居ないのを確かめる。 フェアレディZのマフラーに手をかざした。 まだ熱を持っていた。 「――」 吸血鬼はともかく、先を越されたのは本当らしい。 荷物を搬入する車両の為の大扉の横に、人間のサイズに合わせたドアがあった。 倉庫に出入りする関係者用のドア。 その横に張り付いた喬一は、右手の45オートのセフティレバーを外した。 ドアを挟んで喬一の反対側に付いたニイナもそれに倣った。 金属音。 2艇のオートマチックが撃発状態になった。 鋼鉄製の岩丈なドアを開ける。 こんな所から中に入るのは標的になるようなものだが、背の届く所には窓が無いし、 それがある屋根からでは時間が掛かり過ぎる。 緑色に塗られているコンクリートの床。 高い天井の梁に付けられた水銀灯に、2段に積み上げられた黒や青のコンテナが照らし出されていた。 待ち伏せはない。 機械油の匂いが混じっている、埃っぽい空気。 「……」 ニイナに指先で合図した喬一は、床から4メートル程の高さがあるコンテナによって通路のようになっているそこに身体を滑り込ませた。 足音を発てずに、奥に向かって進み始める。 両側にあるコンテナの壁の間で神経を研ぎ澄ませ、右を見ると同時に左を、上を背後を探った。 同じ間隔に並べられているコンテナの列が切れる。 左側。 瞳に動く物が映った。 「!?」 反射的に、引き金に指がかかった45オートを振り向けた。 「あら」 銃口の先、隣のコンテナの間からルガーを構えたニイナが顔を出した。 「――」 45オートとルガーの照準を同時に逸らした喬一とニイナが、安堵の息を吐いたその時。 銃声が倉庫の中を響き渡った。 「!!」 一発ではなく、複数の連続した発射音。 もう足音をたてないようにしても意味が無い。 一瞬だけ目を合わした喬一とニイナは、倉庫の奥に向かって走りだした。 コンテナの隙間を走って、止まる。 靴の底が緑のペンキを塗られた床を踏む時に出る音と、呼吸のための息遣い。 何回か同じ動きをくり返しながら走っている喬一の耳に聞こえていた銃声が途切れた。 「――」 走りながら、歯を噛み締めた喬一の目の前が開けた。 コンテナが置かれてはいない、広場の様になっている場所。 そこに足を踏み出した喬一は、息を呑んで立ち止まった。 「なっ」 濃厚な血と硝煙の匂い。 それが一体となって喬一にまとわりついてくる中、 緑色の床に人の型をしたものが幾つも転がっていた。 「――」 衣服と床を赤い血で染めている7・8人の死体。そのまわりには無数の空薬莢が散らばっている。 そして―― その死体の中に一人の男が佇んでいた。 黒い革のハーフジャケットに黒いズボン。サングラスで表情を隠し、茶色の髪をオールバックで撫で付けているその男は、両手で何かを抱えていた。 いや―― 「何か」ではない。 人間だ。 目立たない紺色のスーツを着ている男。 その左右の腕は力なく垂れ下がり、焦点の合っていない両目を開けたままの顔からは生気が完全に失せていた。 一目で生きていないというのが分かる男の首筋。 そこに、黒ずくめの男の口が押し付られている。 その男の口は、赤く染められていた。 「――」 血を啜っている男を見て硬直した喬一に、本能が警告を発した。 こいつには迂闊に近寄るな―― 喬一の脳裏に囁く。 死にたくなければすぐに逃げろと。 だが―― 遅かった。 抱えていた死体を無造作に床に捨てた男が跳躍した。 「!」 喬一は、反射的に両手で構えた45オートを男に向けたが、その時には彼の目前まで男が迫っていた。 速い。 喬一が引金を絞るよりも早く、男の左手が閃いた。 弾き上げられた拳銃が暴発した。 銃声と共に発射された45口径弾は、天井の照明を細かいガラスの破片に変え、男の手を濡らしている赤い液体――犠牲者の血と共に雨のように喬一の顔や服に降り注いでいく。 銃を持っていた両手が跳ね上がったことによって出来た隙間。 そこから男が喬一の内懐に入ってきた。 「――」 銃が使えなくなった形になった喬一に、男の右手がくりだされてくる。 「――」 後ろに身体をずらして、それを避けようとした喬一。 その左足が床に転がっていた幾つかの空薬莢を踏みつけた。 足をとられる。 「うわっ!」 バランスを崩し、コンテナに背中をぶつけることで仰向けに倒れることだけは避けることができた喬一に、再び赤く染まった男の手刀がくり出された。 「喬一っ!」 ニイナの悲鳴混じりの声。 「――」 自分の身体を、その肉を裂かれた時の激痛を予感して全身を強ばらせた喬一。 眼前の男と目が合った。 男とサングラス越しに視線を交わす。 「何でお前がここにいるんだ」 嗄れた声で男。 「俺は手を引けと言った筈だぞ。喬一」 「……ハミルトン?」 男――ハミルトンが喬一の水月に止めていた手を握って鋭く打ち付けた。 「ぐっ」 息が詰まり、身体を折り曲げてコンテナを背中に蹲ろうとする喬一を男が押し付ける様に支えた。 「もう一度言う。この件から手を引くんだ」 そう囁いたハミルトンが喬一から離れると、 「動かないで!」 ルガーの照準を、ハミルトンに合わせたニイナが声をあげた。 「――俺に構うな」 「そんな要求は聞けないわ」 ハミルトンの冷えびえとした口調に負けずにニイナ。 「言っとくけど、ハッタリとかじゃないわよ」 今までは二人の男が接近し過ぎていて、引金を絞れなかったのだ。 ハミルトンに命中した弾丸が貫通して、喬一の身体にめりこんでしまう可能性もある。 「何故こんなことを――」 「何故だと」 平ベったい、感情の無かったハミルトンの声に感情が混じった。 「復讐だ」 「復讐ですって?それでこんなに殺したっていうの?」 「こんな身体にした奴等に思い知らせてやるためだ」 ハミルトンがサングラスを外す。 「なっ!」 ニイナが声を上げた。 驚愕混じりの声。 ハミルトンのその目は燃えているように真っ赤に染まっていた。 「それは――」 「お前らの雇い主に聞いてみるんだな」 吐き捨てる様に云ったハミルトンが、後ずさった。 助走も付けずに2段に重ねて置かれているコンテナの上に飛び上がる。 「そんな――」 絶句したニイナがルガーの狙いをコンテナ上の男に付けたが、既にその姿を捉えることはできなかった。 「何だったのよあいつは」 呆れたというふうにニイナ。 2段に重ねて置かれているコンテナの高さは床から4メートルはある。 「それをひとっ飛び出来るなんて」 「……」 喬一は咳き込みながら立ち上がると、 「どうであれ見のがして貰ったってのは確かだ」 「そうよね……下手をすれば、ああなっていたのは――」 ハミルトンが抱えていた死体をちらりと見たニイナが言葉を切った。 首筋に鈍い刃物で付けた様な傷。 「――ねえ、もしかして」 「血を飲んでた様だな」 「……じゃあ、どこかの会社のエージェントが血を吸われたっていうのは」 「作り話じゃない」 「吸血鬼っていうのも」 「本当の話だったって事だ」 ハミルトンの手から飛び散った赤い液体――犠牲者の血で濡れた服と拳銃を見下ろした喬一は呟いた。 「手を引け。構うな――か」 「えっ」 「それより、銃声を聞かれた。早くここから出たほうがいい」 いくら広い倉庫街で夜だとしても倉庫に荷物を出し入れする人間がいるはずだし、野次馬やもっと面倒な連中を呼び寄せるだろうというのは簡単に想像が付く。 再びコンテナの間に入った。 「まったく、ホラーモノに出演するハメになるとはね」 出口に向かって走りながらニイナが言った。 「それも リハーサルなしで」 「……どう見てもミスキャストだ」 同じく走っている喬一が答えた。あれを見ても信じられないという思いが強い。 「出来るなら、これ位で済んで欲しいわ」 「まったくだ」 鋼鉄製のドアが見えた。 喬一はドアに手をかけるとゆっくりと動かした。 倉庫の外に漏れだした四角い明かりが大きくなって行く中、 「喬一。待って!」 ニイナが声を上げた。 その彼女の鋭い声と殆ど同時に、 「そこまでだ。動くな!」 警告が発せられた。 喬一やニイナではない、3人目の声。 「!?」 とっさに、全開に近く開いたドアの脇に身体を張り付かせた2人に、 「聞こえただろ、お二人さん」 更に金属音。ポンプアクション式のショットガンの遊底を操作する音。 「……喬一」 ニイナの低い声。 「もしかして動揺してる?」 「……ああ……ミスキャスト位じゃ済まないみたいだ」 自分の迂闊さを呪う喬一に、 「……そうね」 倉庫の天井を仰いだニイナが、大きく息を吐いた。
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