「今の所はこれ位だが……そっちのセキュリティって奴はどうなってるんだ?情報がだだ漏れだぜ」 今日、依頼を受けてから起きた事を喋り終えた喬一は、持っている受話器に苦情を吹き込んだ。 『こちらとしても打てるだけの手は打つつもりだが、今すぐという訳にはいかない』 電話回線の向こうから、男の声が静かに答える。 「周りを黙らせるのに暇がかかるっていうつもりか?」 『分かって貰って嬉しいよ』 「気味の悪い言い方は止せ…… わざとリークさせてるってコトじゃあ無いだろうな?」 『そんなつまらん手に引っ掛かるのなら苦労はしない』 と、男――ジャック・ビンセントが答えた。 『少々の障害は切り破って貰うしかないな』 「障害ね」 狭苦しい電話ボックスから外に目を向けながら喬一。 旧市街にある大衆食堂「カムルチー」 その前に設置されている公衆電話。 出入り口の引き戸が開けられたままになっている食堂の中、他の客に混じってテーブルについている肩までの髪の女が見えた。 『どうかしたのか?』 「いや、大したことじゃない」 『トラブルイズ・マイビジネスってのは分かるが」 「ほど程にしておくさ――また何かあれば電話する」 『じゃあ』 スポンサーに報告を終えた喬一は、受話器をフックに戻した。 一日一回の報告は面倒だが、これも契約だ。 使われずに電話器から戻ってきた銅貨をズボンのポケットに入れると、電話ボックスの扉を開いた。 食堂に入る。 「雇い主の御機嫌を取るのも大変ね」 椅子に座った喬一の向こう側のテーブルで、サーモンステーキを相手にナイフとフォークを使っていた女――ニイナが言った。 「それも契約の内だ」 喬一は素っ気無く答えると、運ばれてきた揚げ焼そばに箸をつける。 油でパリパリに揚げた麪と、肉や海老、人参、玉葱などの野菜を炒めて片栗粉でとろみを付けている餡が旨い。 それからしばらくの間、周りから聞こえてくる話声をBGMに黙々と晩飯を胃に放り込んでから、 「 一つ聞いてもいいか?」 「……どうぞ」 こちらも旺盛な食欲で料理を食べていたニイナが頷いた。 「あのナイフなんだが」 「ナイフ?」 前置きもなく、本題に入られて首を傾げるニイナ。 「ホテルで国友って奴に使っただろ」 「ええ、それがどうかしたの?」 「あんたのナイフの使い方は前にも見たことがある。船に乗ってる奴が口を割らせる時に使う手だ」 それも、荒っぽい仕事を生業とする連中が、だ。 「当たり――確かに船に乗ってたわ。海賊船よ」 面白くもなさそうな表情で答えたニイナは、淡々と、 「3週間位前に武装商船とやりあってね、沈みはしなかったけど船(ふね)は大破。やっとの思いでここのドックに辿り着いたら、そのままスクラップ場行き。海賊一味はあっけなく解散」 「3週間前か」 ジャンク屋をやっているハリスが言っていた海賊船。 その時のコンテナ船の積み荷の一部は喬一が買い取って、この食堂の外に停めている。 「で、後はあんたと同じお決まりのパターンだと思うわよ」 「俺と?」 「そうよ。傭兵さん」 どうだ、とにっこり笑うニイナ。 「……参った」 軽く両手を上げてみせる喬一。 「一応隠していたんだが。一体どういった手を使って調べたんだ?」 「そういったコトは答えられないわね」 企業秘密よ。と応えたニイナは不思議そうに、 「隠してたって?なんで?」 「そのほうがいいのさ」 傭兵と聞いて顔をしかめる者がいる。そんな人間を何人も見てきた。 「まあ、いいわ。追求しないであげる」 「どうも」 「それで、この手詰まりの状況をどうするの? 次の手はあるのかしら?」 そのタイプではないらしいニイナが、食事の手を止めて訊いた。 「カリスト・オイルとかいうのを当たってみる」 「あたしとあんたは、そのカリストから追われているのよ? 写真見たでしょ?」 本気なのかと訊いたニイナに、ニヤリと笑って見せた喬一は、 「トラブルイズ・マイビジネスだ」 「……ステキね」 「とはいってもあまり気が進まないってのも確かだ」 本当に気が進まない顔で喬一。水気を吸って柔らかくなってきた麺を、箸で摘んで口に入れる。 「大手のトコみたいだから、物騒な得物も揃えているだろうしな」 「――サブマシンガンとかアサルトライフルかしら」 短機関銃と突撃銃。 どう考えても普通のルートでは所持はおろか、購入も出来ない代物だがそこはそれだ。 「邪の道は蛇か。厄介な相手よね」 「全くだ」 頷いた喬一に、 「そこで提案があるんだけど」 空の皿にナイフとフオークを置いたニイナが改まって言った。 「……聞いた後でも逃げれるのなら」 「そこまで質(たち)悪くないわよ」 喬一を軽く睨んでから続ける。 「あたしとあんたは、同じモノを追っている。まあ、どこからこの話を聞いたとかいうのは、今は詮索しないでおくわ」 「……それはこっちの台詞だ」 ぼそりと呟いた喬一に構わずに、 「そして、どこかの組織もそれに目を付けていて、下手すればそいつらに何もかも持って行かれてしまうっていうことになりかねない」 「それはちょっと困るな」 箸を置いて彼女を見た喬一は、他人事のように応えた。「何もかも」というその中には自分の命も入っている。 「あいつらに勝てるものはといえば、身の軽さしかないわ。でも一人だとそれを生かすのは難しい。そこで――」 「 俺と組もうっていうのか」 「そうよ。分かってもらえて嬉しいわ」 「別に納得したわけじゃない」 喬一は憮然として言った。 組もうという提案。 確かにこのままだとかなり苦戦するだろうというのは容易に想像が付く。 しかし―― 言うまでも無く、彼女――ニイナは女だ。 女は男と違う。身体だけではなく、感情もだ。 そして、それは余計なトラブルの元を抱え込むことになる。 だが―― 「あんたが俺をどう利用するつもりなのかは知らんが、そううまく行くかな?」 「さあ? でもこういう状況だから、あんたもあたしを利用すればいいわ」 「……フィフティ・フィフティ、五分と五分だと言いたいのか」 「そうよ。『それ』が手に入るまではね」 きっぱりと言い切ったニイナに、少し考える振りをしてから、 「分かった。今更何を、という気がしないでもないが」 「決まりね」 「ああ」 これもマイクロマシンを手に入れる迄の話だ。それは彼女も十分承知の上だろう。 「お手柔らかに頼むぜ、ええと――」 「ニイナ・ユミ・モリワキ。ニイナでいいわよ。あたしも喬一って呼ばしてもらうから」 そう喬一に答えた彼女は、喬一を睨んでから、 「分かってると思うけど、抜け駆けは無しよ」 「あんたのガンの腕は知ってる。敵に廻したくはない」 念を押してきた彼女に、片手を上げて応えた。 追っ手のバイクのラジエーターを正確に撃ち抜いた銃の腕やホテルでの言動を見ると、荒っぽい事にかなり場慣れしているらしいというのがうかがえた。 出し抜くのは面倒な相手だ。 「で、これからどうするの?今からそのオイル屋に乗り込む?」 「いや、その前に――」 ○
赤/銀のツートーンカラーに塗られている車体が、ゆっくりと停止した。 「『ネスト』?」 バイクの後ろ、リヤシートから降りたニイナが、入り口のドアに掛けられている真鍮のプレートに書かれている店の名を口にした。 「ここが?」 「ああ」 キーを捻って、両足の間で低い排気音を発てている空冷4気筒エンジンを切った喬一が、 「情報を売ってる」 「馴染の情報屋って訳ね」 「そういうこと」 ドアを開けて、店の中に足を踏み入れた喬一が、昼間に来た時と同じくカウンターに向かって歩いていくと、 「喬一?」 カウンターの奥から、この店のオーナーである彼女――ヒルダが顔を出した。 「あんた一体なにやらかしたのよ? ここんとこ有名人になってるわよ」 「いつものコトしかやっていない」 「そう?」 と、小さく首を傾げたヒルダは、喬一の後ろにくっつく様にして店に入ってきたオレガリオに笑いかけてから、 「珍しいわね、喬一が女のコを連れてくるなんて」 「そんなんじゃ無い」 これも昼間と同じ位置のスツールに腰を降ろした喬一が、 「同業者だ」 「ニイナです。よろしく――ええと」 「ヒルダよ。こちらこそ」 意味有り気に微笑みながら、挨拶を交わした二人の女。 「それで、あたしは何をすればいいのかしら?」 そのうちの一方、情報屋が喬一に声をかけた。 「カリスト・オイルという会社が在るんだが、そいつの事が知りたい」 「それだけ?」 「後はこれをー」 カウンターに運転免許証を置いた。 ホテルで襲ってきた、国友と名乗っている男が持っていた物だ。 「偽造だと思うが、この男が何処の奴か分かれば」 「……オイル会社はともかく、こっちの免許の方は今すぐってわけには行かないわよ」 二人の座っているカウンターに、どこからか取り出したノートパソコンを置いたヒルダ。 ディスプレイを開いて、キーボードを弾く。 節電の為に待機状態になっていた 液晶画面が明るくなった。 更にキーボードを操作する。 幾つかのウインドウが開き、文字の羅列が拡がっていくのを確認してから 二つのカップを出すと、 「紅茶でいいわね、そちらは?」 ヒルダに聞かれたニイナが、あたしもそれで。と答えた数十秒後。 ポットから注いだ紅茶を二人の前に置いたヒルダは、 「出たわよ」 ヒルダは、パソコンをくるりと回して喬一の方にカラー画面を向けた。 「カリストオイル……結構でかいところなのね」 喬一の横から画面を見たヒルダが呟いた。 「カリスト・オイル」の住所や電話番号は言うに及ばず、資本金に取引先のリストといった、普通では手に入らない情報が液晶に表示されている。 「オイルというか油脂全般を扱っている会社だ。 車や飛行機、船の燃料だけじゃなくサラダ油やオリーブオイルも売っている。ダミーカンパニーにしては手広くやってるな」 湯気をたてているカップを口に運びながら喬一。 「これは?『カリスト・オイル』の送金先? 一体どんなからくりを使ってるの?」 「こういった所は、稼いだお金を一度銀行に通しているからね。そこのデータを覗かせてもらったのよ」 目を丸くして画面を見つめているニイナに、何でもなさそうに答えたヒルダが、喬一の前に紙片を差し出した。 「ダミー会社と銀行か。どいつもこいつも怪しいことをやってるわね……どうしたの?」 ニイナが、喬一に顔を向けた。 パソコンの画面から視線を外して、紙片――メモ用紙をじっと見つめていた喬一が、 「……奴か」 「?」 なんだか良く分からないニイナは、何?とヒルダに目線で聞いてみたが、ヒルダは肩をすくめただけだった。
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一時間後。 再びバイクに跨った喬一は、 旧市街の中でも一番古い区画でGSX−1100カタナを停めた。 身震いしながら エンジンを切る。 ヘルメットを脱ぐと、熱を持っていた排気管が冷えていく金属音がヤケに耳に響いた。 外灯などの人工の光に照らされずに、いつ頃建てられたのか誰も知らない家屋が陰鬱にずらりと並んでいる。 再開発という言葉もかけられない、忘れ去られた場所。 バイクから降りた喬一の後ろからエンジンの音が聞こえてきた。 「……」 この辺りは、普通の人間ならば余程の物好き以外は寄り付かない場所だ。 つまりー。 バイクを楯に身体を低くしながらその方向に振り向いた喬一に、ヘッドライトの点滅が浴びせられた。 一台のミニ・メイフェアがパッシングを繰り返しながら、ゆっくりとこちら側に進んでくる。 ある独特なテンポが付けられたパッシング。 それは過去喬一も使っていた合図だった。 「喬一か?」 喬一の横に停止した、その名の通りの黒い小型車から鋭い声をかけられた。 随分前に聞いた声。 「ああ――」 右手でズボンのベルトに挟んでいた、コルト45オートを掴んだまま喬一は応えた。 「――ハミルトン」 「悪いが挨拶は抜きだ。喬一」 ミニの運転席で身体を屈めていた男、ハミルトンが運転席から乗れと手で合図した。 「……」 一瞬だけ躊躇した表情を浮かべた喬一だったが、ドアを開けてミニの助手席に乗り込んだ。 見かけよりは中は狭くはない。 「昔話も無しにしたいが、構わないな」 「ああ、いいさ」 頷く喬一。 その手の話題は苦手だった。 「――俺が追われているのは知ってるだろう」 「研究所に押し込んで盗みを働いたからだって聞いているが」 「そうか」 ハミルトンは前を向いたまま無表情で応えた。 夜だというのにサングラスを掛けているその横顔は、最後に喬一が会った時の記憶より 痩せ、やつれて見えた。 何かが変わっている。 「喬一。お前も俺を追ってるんだな」 「ああ」 おかげで俺は殺人犯にされちまった、と言いそうになるのを押さえた喬一は、 「そいつは今、何処にある?」 「取り戻せと言われたのはそれだけじゃ無いだろう」 喬一の質問に応えずにハミルトン。 「設計図、実験データてとこか」 「……」 黙りこんだ喬一に、どこからか取り出したプラスチックのケースを差し出した。 「お前が追っている物だ」 車窓越しに、受け取ったその透明なケースを月光で透かしてみる。 中には光ディスクが入っていた。 「これは俺には必要ない」 「なぜだ?」 右手で45のグリップを握ったまま喬一は訊いた。 ライバル会社に売り飛ばせば一生遊んで暮らせる金が手に入るかもしれない情報だ。 それをあっさりと他の奴に渡すのはどんなお人よしでも考えられない。 「言ったろう、必要無いって」 「それで、何で俺なんだ?」 「お前に渡すのがいいように思った。それだけだ」 ハミルトンは喬一にそう言うと、ミニのエンジンをかけた。 話は終わりだ。 助手席からおりた喬一に、 「これで、お前の仕事は終わりだろ」 「だから?」 「この件から手を引いてくれ」 「…… 」 「俺に構うな。喬一」 そう言ったハミルトンが、ミニを発進させた。 「……」 走り去って行くミニの排気音とテールランプが小さくなっていく。 「構うな、か」 それは、警告とも頼みにもとれるものだった。
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