「まあ、モノを見てくれ」 挨拶もそこそこに、青色のつなぎ姿の男――ハリスが笑いながら言った。茶色の瞳を隠す様に皺が動く。 「こっちだ」 親指で、背後の敷地の奥を指すハリス。 喬一よりかなり上の歳で老人といっても良い位なのだが、 それを感じさせない軽やか身のこなしで喬一の先を歩いて行く。 「なあ、爺さん」 「何だ」 「またモノが増えたんじゃないか?」 と、改めて周りを見回しながら、喬一。 タイヤやドアのない自動車やその部品といった、ありきたりの物だけでは なく、どこから持って来たのか、ローターが取り外された小型のヘリコプターや、航空機用のピストン・エンジンとジエット・エンジンが雑然と並べられている。 「ああ。出てくもんも多いがな」 「捨てる神もあれば――か」 ジャンク・ヤード。 別名、スクラップ置き場だ。 「喬一。ひとついいか?」 「何だ?」 「いつからコーヒーが好きになったんだ?」 前を歩いているハリスが、横から突き出ている何かのアンテナを避けながら言った。 「いい豆を使ってる」 「そうだろう、俺もそう思う」 身体にまんべんなく、くっついているコーヒーの香に顔をしかめる喬一。 「エウロパ商会」を出た喬一は、信号待ちで止まっているトラックの運転手とコインで交渉の結果、好きな所で勝手に降りろという事となり、このジヤンク・ヤード近くまでホロ張りの荷台の上で、積み荷のコーヒー豆が詰められた布袋と一諸に揺られていたのだ。 「おっと、ここだ」 喬一の前をしばらくジグザグに歩いていた、ハリスの足が止まった。 国営鉄道のマークが入った貨物用コンテナの陰に有る、青い防水シート。 「こいつだ」 言いながら、シートを外す。 その下から一台の2輪車が姿を見せた。 シルバーメタリックと赤の2色に塗られている燃料タンクと、同色のエッジの効いた小型のカウリング(風防)は、デザイナーが日本刀をモチーフとしたとかで、このバイクのデザイン上の強烈なアクセントとなっている。 「入って来たばかりの品だぞ」 ハリスが、ブラック塗装された空冷4気筒エンジンを見ながら言った。 スズキGSX1100S。 通称、カタナと呼ばれているバイク。 「エンジンはそのままだが、ブレーキやサスは強化されてる」 「……これはどう見ても、ジャンクとは言えないんじゃ無いか?」 ここに入って来るジャンク、スクラップとは程遠い、かなり状態の良いバイクだった。 「書類上はスクラップになってる。壊れていなくてもな」 「出所は何処からだ?」 「聞きたいか?」 「できたら」 と、喬一。 「……海賊船にやられた船からだ」 無用なトラブルを背負込みたくはない。という喬一の表情を見たハリスが肩を竦めて、口を開いた。 「海賊?」 この街の南側は港で、外海では海賊が出る。 「3週間ほど前、とある貨物船が海賊に襲われてな。もっとも貨物船だといっても武装商船だったから派手に撃ち合って、まあ海賊船は追っぱらったんだが、積み荷のコンテナに一発食らっちまった」 「――その中にこれが入っていたと?」 銃弾や、その破片が当たった跡が一切無いエンジンや外装を見ながら喬一。 「そうだ。だから書類上は、だ」 ニヤリと笑ったハリスに、 「成程」 ――つまりは、そういうことだ。 この爺さんのジャンク屋には、時々この手の「スクラップ」が運び込まれてきたりする。 「で、どうする?」 ハリスが訊いて来た。 「お前の車――セブンは、エンジンに大穴が開いてるって聞いてるんだが」 「よくご存知で」 と、ため息を吐いた喬一。 喬一の車、RXー7は前回の「仕事」でエンジンを壊してしまった。 5.56ミリのライフル弾を喰らった13Bシーケンシャルターボ・エンジンは、ローターやハウジングなどの部品が砕けてしまい、修理は不可能となっていた。 つまり、今回の「依頼」には使うことが出来ない。 「判った……こいつでいい。いつもの処の小切手で」 「『エウロパ』発行のか。そりゃあ構わんが――」 「何だ?」 「ホントにこれで良いのか?」 もっと軽くて速い奴も何とかするぞと言うハリスに、 「――いいさ。まあ、弾を喰らった時に強そうだし、パワーの化け物じゃない分使い易そうだ」 このクラスの排気量では170馬力オーバーも珍しくは無い。 「……化け物か」 「どうかしたのか?」 意味あり気に呟いたハリスに、怪訝顔で喬一が訊いた。 「いや。化け物が出たっていう話は知ってるか?」 「化け物?」 首を捻る喬一。 「知らなかったのか?、何でも何処かの大手がそいつにちよっかいを出して、お抱えのエージェントが何人か病院送りになったって話だ」 「……初めて聞いたよ。しかし現実主義のあんたからホラーネタがでるとは以外だったな」 小さく笑った喬一に、こちらもバツが悪そうに笑ったハリスが、 「放っとけ」 「で、その化け物ってのは何だ? 狼男か?」 「いや、違うな」 ハリスは首を振った。 「吸血鬼だ」 ○
数30分後。 喬一は、自分の物となった、GSXー1100カタナで片側四車線のメイン・ストリートを走っていた。 燃料タンクの下では、骨董品レベルのDOHC16バルブエンジンが唸りを上げ、重量が200キロ以上有る車体を3桁のスピードで引っ張っている。 「……」 時々、右手のアクセルを開けて加速の具合を視ていた喬一は、ヘルメット――バイクと同時に手に入れた――の下で、満足そうに目を細めた。 目の前に現れるトヨタやフィアットなどの小型車を追い越し車線から抜いていく。 どのギア、回転数からでも獰猛ともいえる加速をするエンジン特性と、交換・強化された足回りで、この速度でも不安は無かった。 しばらくそうやってバイクに身体を馴染ませた喬一は、ブレーキを掛けてスピードを落とす。 歩道よりの車線にを寄せた。 メイン・ストリートを外れ、網目模様のような裏道に車を乗り入れると、同じような アパートが並んで建っている区画をゆっくりと走り、アパートのドアに書かれている番地を確かめた。 エンジンを切って、バイクから降りる。 バックミラーにヘルメットを引っ掛けてから、5階建てのアパートの中に入った。 階段で2階まで上がる。 薄く暗い廊下を歩き、204と番号が書かれたドアを確認すると足を止めた。 スポンサーのビンセントから、小切手と共に渡された資料にこのアパートの番地が載っていた。 2階、204号室。 ハミルトンの住処。 喬一は、柔らかい皮のドライビング・グラブをはめたままの右手で、ドアのノブをゆっくりと回してみた。 鍵はかけられていない。 「……?」 ドアを細く開いて室内の様子を伺った喬一の耳には、アパートの前を通る車の音しか入って来ない。 誰もいない様だった。 しかし―― 更にドアを開いて、人間が入れるだけの隙間にすると、体をそこに滑り込ませた。 後ろ手でドアを閉める。 薄暗い部屋。 2、3回瞬きして部屋の明るさに目を慣れさせてから奥に進んで行く。 「……」 ○
それは、ダイニング――居間の床にあった。 一人のスーツ姿の男が、木の板が張られている床に仰向けに倒れている。 「……] 目立たない紺色の上下を付けている男。 そのの横にしゃがんだ喬一の目が止まった。 首筋。 そこは、どす黒い血の色に染められていた。 この部屋のドアを開けた時に感じた物。 匂い。 それは血の匂いだった。 念の為、男の脈と呼吸をしているかを調べる。 両方とも止まっていた。 「なんてこった」 無表情のまま立ち上がった喬一は、既に死んでいるその男をそのままにして 2DKの部屋を調べた。 寝室やトイレ、浴室と見て廻る。 誰も隠れてはいなかった。 再び死体の側に戻る。 喬一には、見覚えの無い男だった。 「あの野郎。何やったんだ」 この部屋の持ち主に、口の中でそう呟いたその時。 出入り口のドアが乱暴に開かれた。 「動くなっ!」 鋭い声。 女の声だ。 「!?」 そして、金属の擦れる音。 その音を聞いて、右手を腰の後ろに腰の後ろに廻していた喬一が凍り付く。 金属音は拳銃のセフティレバーを動かす時に出る音だった。 いつ聞いても嫌な音だ。 「聞こえたでしょ?」 逆光の中、声の主が、部屋に入ってきた。 ベージュのジャケットと、膝までのタイトスカート。 ルガーP08自動拳銃を右手に持った女だった。 年齢は喬一と同じ位で、意思の強そうなブラウンの瞳と肩までの高さで切り揃えている黒い髪。 「両手をこっちに。ゆっくりとよ」 「分かった、撃つなよ」 6インチの銃身に、丸いトリガーガード、すらりとしたグリップといったスマートなシルエットを持っているルガーと、それを構えている彼女の絶妙なラインを視た喬一は、結構いい女だなと、この状況では不謹慎な事を頭に思い浮かべながら、両手を前に出した。 「後に下がって」 彼女に言われた通り、両方の手を突き出したままの格好で立ち上がり、そのまま後向きに窓際まで下がった喬一と、床の死体を見比べながら、 「――あんたがやったの?」 「まさか、俺が来たときはこうなってた」 「何者なの?」 「ここの奴とは知り合いなのか?」 「聞いているのは、こっちよ」 質問に質問で返した喬一に、彼女はピシャリと応えた。 ルガーの狙いを喬一から外さずに、 「もう一度訊くわ。あんたは何者?」 「見ての通りだ」 「どこかのエージェントが何の用?」 あっさりと、何者かをいい当てられた喬一は、 「ここの住人に聞きたい事があったんだが、留守みたいだ」 「……それを信じろっていうの?」 「そうしてもらえると有難いんだがな、お嬢さん」 人を喰っている口調の喬一。 その喬一を睨んで、 「ニイナって名前があるわ」 「吉村喬一だ」 「ヨシムラ……」 彼女――ニイナは、喬一をもう一睨みすると息を吐いから、 「ここの住人に用があるのは、あたしも同じよ」 「同業者か」 呟いた喬一は、ニイナに動くぞと声をかけてから、再びしゃがみ込んで男の身に付けているものを探った。 左の脇にホルスターで吊ってあるS&W・M19リボルバーとその弾薬が出てきたが、それ以外の身元が分かるものは何も出てこなかった。 「誰なの、こいつ」 「俺が訊きたい」 ルガーの狙いを外さない彼女に、喬一は答えた。立ち上る。 「俺はこれで失礼したいんだが」 「何処行こうってのよ」 「逃げる。ここに長い時間居るのはまずい」 最初は、ハミルトンではない男の死体で、次に銃を持った同業者らしい女。 だとしたら、次に来るのは死んでる男の仲間、組織の人間だということは簡単に想像が付いた。 「ハミルトンの居場所を知ってるの?」 「まさか」 と、女に応えた喬一。 彼女に背を向けて、ドアに向かう。 「――先に出て」 ようやく、ルガーの引き金にかけていた指を緩めたニイナに、喬一は手を振った。 ドアを開け、204号室を出る。 「――ハミルトンか」 彼女は、ハミルトンの本名を知っていた。 どこからか情報が漏れている。 「……」 どう贔屓目に見ても、厄介事が増えたらしいのは確実な様だった。
|
|