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作品名:赤い空と夜 作者:前野 照明

第12回      決意

音が聞こえた。
何か、硬い物を叩いている様な音だった。
それが連続している。
「……」
ベッドで仰向けになっていた喬一は、ぼんやりとした意識のまま目を開いた。
腕時計を見る。
怪我の、傷の痛みを我慢していた内に、いつの間にか眠っていたらしく、クロノグラフの針は、既に昼になっている事を告げていた。
「……」
目が覚める原因となった、何かを叩いている音は、まだ続いている。
そして――
「喬一」
名を呼ばれた。
「――」
一瞬で目が覚めた。
音のする方向に首を廻した。
誰かが、ドアを叩いている。
「――居るんでしょ、喬一」
女の声。
「あの声は……」
ベッドの横に着けている台――小型のテーブルの上のコルト45オートを引き寄せていた喬一は顔をしかめた。
「ごめんなさい、入るわよ」
喬一が応えないので、しびれを切らしたらしい彼女の声が聞こえ、ドアのロックが外された。
「なっ」
鍵の掛かっているシリンダー錠を、あっさりと解除してベージュのスーツ姿の女が、部屋の中に入って来た。
肩までの黒い髪を揺らして、
「何よ、居るじゃない」
「お前。何で――」
部屋に入ってきた女を認めて、ベッドから立ち上がろうとした喬一は、
「――」
傷の痛みに顔を歪めてから、
「そうか、あいつから俺のヤサを聞いたんだな」
と、呻き声混じりの言葉を漏らした。
「――ニイナ」
「そうよ、ボスのご命令でね――」
名前を呼ばれた女――ニイナが、再びベッドに倒れ込んだ喬一を数秒、怪訝そうに見つめてから、
「――ちょっと。どうしたのよ、それ」
怪我の傷によって、左足の倍以上に腫れ上がっている右足を見て声を上げた。

  ○

 30分後。
「そう……」
 昼間だが、薄暗い室内でベッドに座っている喬一に、
「それで、一人で動いて一人で転倒(こけ)て怪我をしたと」
肩までの黒髪を揺らしながら、腰に両手を当てて立っているニイナが呟いた。
「迂闊だったわね」
「……言うな」
辛辣な台詞を吐いたニイナに、彼女が慌てて買って来た包帯を右足に巻いている喬一が
呻き声で応えた。
「それで」
喬一の前で彼女が、
「どうするの?」
「……さあな」
と、喬一が唇を歪めた時、テーブルの上で電話のベルが鳴り響いた。
旧式の黒い電話。
「――」
少し待て。とニイナに手で合図を送った喬一は、受話器を取った。
『喬一、生きてた?』
「ヒルダ?」
酒場「ネスト」の主であり、情報屋でもある彼女――ヒルダの声が電話回線を通じて入って来た。
『何処かの連中に絡まれたって聞いたんだけど』
「……さすがに耳が速いな」
俺の事が、情報としてどれ位の価値があるんだろうかと考えながら、
「それで、裏を取るだけって訳じゃ無いんだろ」
『あんたが頼んでいた件、判ったわよ』
「聞かせてくれ」
『あの免許証は偽造よ。用紙というか材質は本物だけどね』
「……書いてある内容が偽物だってのか?」
『当たり。で、その出所も聞きたい?』
珍しく、勿体ぶった言い方になったヒルダに、
「聞きたい」
『出所は『エウロパ商会』と同系列の会社よ」
「……」
喬一の目が細くなった。
『正確には「エウロパ商会」の様なダミー・カンパニーを表に立てている所って事に
なるんだけど』
「そうか……」
「カリストオイル」の男から取り上げた免許。
それの偽造元は、喬一のスポンサーであり、そのバックに付いている大手・大資本の企業ということになる。
「敵、味方も同じか――」
そう呟いて黙り込んだ喬一に、
『喬一。余計なお世話かもしれないけど』
「降りるってオプションは無しだ」
『……そう言うと思ったわ』
「ご期待の副えなくて申し訳ないな」
自嘲混じりの軽口の後、礼を言って電話を切った喬一は目の前のニイナに、
「ボス――ビンセントの命令で来たって言ってたな」
「ええ。そうよ」
「あいつは何だって?」
「新しい情報よ」
訊かれた彼女が応えた。
「奴の居場所か?」
「……そうよ」
奴。
ハミルトン。
体内にマイクロ・マシンを注入され、人間である事を奪われた男。
「何処に居るんだ?」
「聞いてどうするのよ」
ポツリとニイナが訊いた。
「……」
前を見たまま答えない喬一に、ニイナが、
「また、邪魔が入るわよ」
「『カリスト・オイル』の奴らがな」
喬一を狩りの獲物の様に扱った連中。
「だが、それでも行かなきゃならん」
「どうしてよ。今度は怪我じゃ済まないかも知れないのよ」
昨日のような快活な喋り方ではない彼女に、
「奴が、あいつがああなったのは――」
言い淀んでから、
「俺が、あいつを撃ったからだ」
「……あんただけで、連中の足を止める積もり?」
「そうなるな」
「馬鹿言わないで。その怪我でどうしろっていうのよ」
「動かせない程の怪我じゃ無い」
「……」
 一瞬だけ絶句したニイナだったが、テーブルの上の拳銃に視線を移してから、
「……分かったわ。あたしも行く」
「えっ」
 ニイナの意外な宣言に、目を見開いた喬一。
「何だって?」
「あたしも行くって言ってんのよ」
「待てよ、おい」
「あんたのその足じゃ、アクセル踏めないわ」
 喬一を睨んだニイナが、不機嫌そうな口調でそう告げて、
「そうでしょ、相棒」
 と、付け加えた。



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