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作品名:赤い空と夜 作者:前野 照明

第11回   警告
再び階段に足を掛けた。
地上に向かう、男女2人分の足音が暗い闇に響いては消える中、
「……喬一?」
前を行く男、喬一に、女、ニイナが硬い声で、
「あたし、訊きたい事があるんだけど」
「……」
喬一の無言の肯定に、
「あなた言ったわよね――」
と、いちど言葉を切ってから、
「『あいつを、また撃つ』って」
「そう言ったな」
喬一が、背後から聞こえてくる、もう一人分の足音の主を振り向かずに答えた。
そのブルゾンの背中に、
「撃てるの?」
「……」
「トモダチなんでしょ?」
階段を降りていた喬一の足が止まった。
「今は……もう友達じゃない」
そう呟いた喬一の足が地上に着いた。
無言でビルを出る。
その喬一の視線の先、石畳の歩道と車線の境。
「……えっ」
眉を寄せた。
シルバーグレイのBMWが停まっていた場所に、
赤とシルバーに塗り分けられた燃料タンクと小型のカウリング。
空冷4気筒のエンジン。
スズキGSX−1100カタナ。
「どうして」
倉庫街に置いてきた喬一のバイクだった。
「……バックアップよ」
喬一の後ろからニイナの声が掛かる。
「成程。昼間、簡単に俺に追いついたのもこのシステムのおかげか」
アパートに港湾地区。
彼女が喬一の先回りが出来たのも、だ。
「ここの人間だったって訳だな?ニイナ・モリワキ」
「海賊だったってのはホントよ。この業界は人材不足だからって、ここにスカウトされたのもね」
「俺と接触したのは?」
「あんたの監視」
「……」
あっさりと答えたニイナを、一瞥した喬一はバイクに跨った。
バックミラーに掛けられているヘルメットを被るとエンジンをかけた。
低い排気音の中、
「どこ行くの」
「ネグラに帰って寝る」
「ネグラってどこにあるのよ」
「秘密だ」
ギアを一速に踏んで、クラッチを繋いだ。

   ○

「エウロパ商会」前でニイナと別れた喬一がバイクで走り出してすぐに、建物の間から飛び出して来た車があった。
「!」
そいつが滑り易い石畳の道路をものともせずに追ってきたのを、バックミラーに写ったヘッドライトの光で確認した喬一は、シフトダウンしてアクセルグリップを捻った。
回転計の針がハネ上がり、リアを軽く沈めたバイクがフル加速に移った。
数秒の内に3ケタの速度に達したバイクのミラーで、後ろを見た喬一は、
「――」
昨日から数えて何回目かの罵声を漏らした。
喬一の跨っているバイクの後ろに、ターボチャージャーの回転音をボンネットの下から 張り上げた、黒い車体がぴたりと貼り付いて来ていた。
バンパーに開けられたエアダクトや、左右に大きく張り出したブリスターフェンダ
ー、 リアの大ぶりなウイングが、この車の性能を物語っていた。
 ランチア・デルタHFインテグラーレ。
 元々は5ドアのハッチバックだが、2リッター16バルブ・ターボエンジンに、
フル タイム4WDの駆動系と、ベースの車両とは全くの別物だった。
曲がり角。
交差している道からは、ヘッドライトの光は出てこない。
赤/銀の車体を傾けたバイクが、直角に折れ曲がっている道を左に曲がると、後ろの
ランチアも、ドライバーの巧みなハンドル捌きと、フルタイム4輪駆動のシステムで、リヤタイヤが派手に流れる事も無くそれに続いた。
「――」
喬一の、こちらの方が不利な状況になってきた。
二輪、バイクでは下手をすれば転倒する危険があるが、4輪車でその心配は急ハンドルを切らない限りは殆どないといっても良かった。
ランチアを振り切ろうとして、道の角を曲がる度に、喬一のブレーキとアクセルグリップの操作がだんだんとラフになってくる。
また曲がり角。今度は右だ。
ブレーキとエンジンを空吹かししながらシフトダウン。
右に傾けたバイクを立て直すと加速、シフトアップ。
突然、後ろにくっついて来ていたランチアがブレーキを掛けて速度を落とした。
逃げれた、と思った時、
目の前、道路の反対側から走ってきた車。
後ろに付いている追っ手のランチアと連絡を取り合っていたそいつは、バイクの進路を まともに塞ぐ格好でに助手席側をこちらに見せてその場で停止した。
「!!?」
ヘルメットの下で声にもならない悲鳴を上げた喬一は、右手と左足のブレーキを思いっきり握り、踏み込んでいた。
かん高い音をたててフロントとリアのタイアが路面とのグリップを失った。
前後ブレーキのロック。
簡単にバランスを崩したバイクが、右側を下に転倒した。
フットレストが転倒の衝撃で折れ飛び、マフラーが路面と擦れて火花を散らす。
道路に叩き付けられた喬一は、そのままバイクと一緒に転がって行く。
金属が、バイクが石畳で削られている音が耳障りだ。
かなり長い時間が経った気がしたが、実際はほんの数秒程の後、喬一の動きが止まった。
「……」
呻き声を上げた喬一が俯せになったまま手や足に力を入れてみて骨が折れていないのを 確かめた時、すぐ近くで車のドアが開く音が聞こえた。人の気配。
「?!」
それに気が付かなかった自分を呪いながら、上半身を起こして腰の後ろに差している、 コルト45オートを抜こうとした喬一の手が押さえられた。足でだ。
「無駄な事はしない方がいいぜ」
男の声。
「…… 」
喬一がどう動いてもやることは同じだろう。
右手から45オートが抜き取られてから、男の足が喬一をひっくり返した。
二人の人影。その内の一つが屈みこんだ。黒か紺のスーツ。白く見える手は薄いゴムの手袋を着けているからだろう。
「いいか、これは警告だ」
先程の男の声が、
「これ以上痛い目に遭いたくなければ、この件に手を出すな」
「……」
「奴を追うのは俺達の仕事だ」
 わざと淡々と喋っている男に、
「……言いたい事はそれだけか」
「そうだ」
「用が済んだのなら失せろ」
感情を押さえてそれだけ吐きすてるように言った喬一。
「……」
男は喬一から離れた。
ランチアに戻りながら、45オートの弾倉と薬室から弾丸を抜くと、石畳の路面に捨てる。
 喬一を挟んで停まっていた二台の車のエンジンがかけられ、ギャを唸らせてクルリとターン、シフトアップして遠ざかって行く。
「……」
喬一は身体を起こすと、そのままゆっくりと立ち上がった。
右足が少し痺れているが、歩けない程では無い。
放りだされている45オートを拾った喬一は、転倒してエンストしているバイクに近付く。
身体を屈め、シートとハンドルの根元に手を添え、上半身をバイクに押し付けながら両 足に力を掛けると、倒れたバイクが起き上がった。
「――」
息を吐いた喬一は、バイクのサイドスタンドを蹴り出した。
自分の身体を点検する。
石の路面との摩擦でズボンの右、腰から踝あたりまでの布地が大きく裂けていて、その下の皮膚も同じ様になっていた。
後は打撲と擦り傷だけらしい。
次にバイクを調べた。 右のエンジンカバーとマフラーに傷が入り、カウリングに取り付けられていたウインカーが折れて配線でブラ下がっているが、走行不能になる程のダメージは受けていない様だった。
 それを確かめた喬一はバイクに跨がった。
 ギャを踏んでニュートラルの位置にしてから、スターターボタンを押した。
 何回かセルモーターを回すと、パンパンとおかしな排気音を発ててエンジンがかかった。
 右のフットレストが折れて無くなっているので、右足はぶら下げたまま走りだす。
 数分後。
 喬一が自分の塒に辿り着いたのは、身体を襲う激痛に意識を失いそうになってきた時だった。
 バイクを降りると、右足を引き摺りながら部屋のドアに取り付き、 鍵を使ってドアを開ける。
 中に入った。
 油の切れている様な、嫌な軋み音を発ててドアが閉まるのを、背中で聞きながら壁に取り付けられているスイッチを押した。
 くすんだ蛍光灯の光が部屋を照らした。
 6畳程の板張りの狭い部屋で、大半のスペースを占めている安っぽいベッドに、陽に灼けて色が変わっている壁紙と14型のテレビに電話。
 喬一はベッドに倒れ込んだ。
 しばらくの間そのまま動かずにいた喬一だったが、無理矢理ベットから離れると水に濡らしたタオルと、備え付けの救急箱を持ってきた。
 服を脱ぐ。
 ベッドに腰掛けると濡れたタオルで右足の傷を拭ってから、薬箱に入っていた消毒液を振りかける。
 傷口に白い泡が立ち、声を上げることも出来ない程の強烈な刺激に喬一は奥歯を噛み締めた。
 歯の間から呻き声を漏らしながら、傷薬をぬったガーゼを傷口に当てて繃帯を巻く。
 その他の傷は大したことは無いのでタオルで拭くだけにしておいた。
 簡単な治療――とは言えないかもしれないが――を終えた喬一は、45オートをベッドの横に着けて有る台に置くと、電灯を消してベットにもう一度倒れ込んだ。
「……」
 喬一を車で追って来た連中の事を考える。
 あの男は、警告だと言っていた。
 この件にこれ以上手を出すなと。
「『カリストオイル』か――」
 名乗ってはいなかったが、多分そうだろう。
 夕方、ホテル「フォボス」で襲って来た男。
 そいつが口にした会社名であり、
 夜に尋問した男が所属していた会社だった。
 そして――
 ハミルトンを追っていると。
 恐らく倉庫街で起きた事への、決着――報復をするつもりなのだろう。
 それは、喬一と真っ向から衝突するという事でもあった。
 「――今度は、タダじゃ済まないかもな」
 呟いた喬一は、熱く疼く傷の痛みを無視する様にしながら眼を閉じた。


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