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作品名:赤い空と夜 作者:前野 照明

第1回   1
1
 ひび割れたアスファルトの上を、夕方とはいえまだ熱い風が吹きぬけていった。
目に見える全ての物が夕陽で紅く染まっているその中で、一台の4輪車――4ドアセダンがボディを軋ませて急停車した。
 すぐに左右両方のドアが開き、運転席と助手席から地味な紺色のスーツを着た二人の男が車の外に飛び出してきた。
 劣化しているアスファルトの地面を蹴る様に走り、先頭を走っていた黒い髪と瞳の
東洋系の男が、一番近いカマボコ型をした格納庫の扉をこじ開けてその中に入る。
 鉄骨がむき出しの壁や天井。
「来たぞ」
 打ちっぱなしのコンクリートの床には、スクラップと見分けが付かないような飛行機が放置されている、その格納庫の窓際で一息つく暇も無く、外の様子を伺った東洋系の男が、
「車は2台。4人以上いるな」
 と、腰の後ろからコルト・1911М1――45オートを抜きながら低い声で呟く様に言った。
 小型機専用として使われている飛行場。
 その滑走路脇に二台の車が停まっている。
「そうか」
 スーツのズボンが汚れるのも構わずに、埃の積もっている床に座り込んでいたもう一人の男――ブラウンの髪と青い瞳を持っている――がスーツのポケットに右手をいれたまま短く答えて、
「それで?」
「そうだな」
 窓際から外を窺っていた男が振り返った。
 右手のコルト・45オートを無駄の無い動きで、床に座っているもう一人の男に向ける。
「……そうか。そういうことか」
 銃口を向けられた男が、青い瞳を細めた。
「今までとは状況が変わったんだ」
 わざと感情を圧し殺した口調で窓際の黒髪の男が続けた。
「お前の所と俺の――こちらとは話が付いた。和解が成立したんだ」
「和解か」
「……その条件の一つに、お前のコトがあった」
「俺を外の連中にか」
「そうだ、しかし簡単に引き渡したりしたら、他の会社に秘密に進めたこのことがばれてしまう。それで――」
「――ひと芝居ってわけだ」
 唇を歪めた男が、ゆっくりと立ち上がった。
「だが――」
 男がスーツのポケットから右手を抜いた。
 小型の、32口径のオートマチックが握られていた。
 ワルサーPPKの9連発。
「止せ」
 窓を背にした男が、コルト・45オートの引き金に指を掛けながら、初めて感情の篭った声で告げた。
「俺はこいつを使いたく無い」
 セフティ・レバーは外れている。

 そして――
 
 赤い風景が広がる薄暮時の中。
 銃声が辺りに響き渡った。

    ○

 金属が砕ける嫌な音と共にタイヤがバーストした破裂音が、俺の目の前から聞こえて来た。
「!?」
 次の瞬間。
 フロント・ガラスに突っ込みそうな急激なエンジン・ブレーキがかかり、後輪がロックしたマツダ・アンフィニ・RXー7は、
その特徴のあるテールを大きく振った。
 そのままコマのようなスピンに入る。
 両手で握っているステアリングが千切れそうな衝撃。
「――」
 石畳の路面で削られる、ラジアルタイヤが甲高い音を撒きちらし、声の無い悲鳴を上げた俺の眼には同じ風景が流れて行き、
ブルゾンを着ている上半身にシートベルトが強烈に食い込んだ。
「――」
 やがて、奇跡的にも周りの壁や街灯のポールにぶつからずに、数回転したRXー7がようやく停止した。
 遠心力によって限界まで縮まっていたサスペンションが元に戻り、曲線を多用した
デザインのボディが水平に戻る。
「……」
 エンジンオイルとゴムの焦げる匂いの中で、俺が大きく息を吐いた時、複数のエンジン音が響き渡った。
 数台の白いセダン。
 目立たない色に塗られたその車の群れが、エンストしているRXー7の周りにブレーキを軋ませて急停車した。
「――」
 フロントの柔らかいサスペンションによって、つんのめる様な格好で停まった車。
 その内の一台のドアが開き、
「よう」
 紺色の地味な上下を着た男が、運転席の俺に声を掛けてきた。
「生きてるか」
「……残念ながら」
 俺の身体を包み込んでいる、バケットシートとシートベルトで怪我は無かった。
「だったら話は早い。お前が持ってるモノを渡して貰おうか」
「嫌だと言ったら?」
 挑発とも取れる様な応えを返した俺に、ニヤリと笑った男は膨らんでいる自分の左脇を軽く叩いた。
 軽薄な物腰。
 だが――
「分かったよ」
 再び息を吐いた俺は、右手で助手席のダッシュボードから透明なケースを取り出した。
 音楽CD程のプラスチックケース。
 開いている窓から、それを男に差し出した。
 それを、フェアレディの外で受け取った男は、ケースを一瞥してオーバーに頷いてから、
「お互い、ビジネスだ。恨みっこ無しだぜ」
「……用が済んだのなら行けよ」
 変わらず軽薄そうな声で言った男に、俺は憮然として応えた。
「そうだな」
 それに肩を竦めて返した男は、嘲る様に俺に手を振って見せると、乗ってきたセダンに再び乗り込んだ。
 ドアの閉まる音の後、すぐにエンジンがかけられるとバックギアの音を唸らせた車が
俺の周りから離れていく。
 排気音が遠ざかり、それが聴こえなくなった後には、銃弾にエンジンとホイールを砕かれ、走行不能となった車と「仕事」をしくじった哀れな男――俺が残された。
「……くそったれ」
 俺の喉から、唸り声と共に罵声が漏れた。
        


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