第１章 蒼い季節 la saison de jeunne
昭和５０年（１９７５年）３月 秋田駅
彼岸の陽気が数日続いたかと思うと、次の週は忽ちに此の季節最後の吹雪が人々の春待ち感を逆撫でする様にして寒さを呼び戻したりと、不順な天候を不規則に繰り返した月だった。然し、漸く下旬にもなると早春の底冷えも収まって、路地裏に固まっていた黒く煤けた雪もすっかり姿を消して、春らしい陽気に千秋公園の樹木も一斉に芽吹き始めた。その日は朝から風もなく、穏やかな一日だった。此の時期は日較差が大きく、昼間暖かかった分夜になると少しばかり冷え込んでいた。
二十歳を迎えた香取耕治は、新しい季節の訪れと共に漸く自分にもやって来た台本のない人生と謂うステージの緞帳がゆっくり上がってゆく時に感じる晴れがましさと、心地よい緊張感に浸っていた。耕治は地元の進学高校を経て、東京の中井で下宿生活をし乍ら一浪したあとの此の春に、何とか東京六大学の一つに受かった。母親も浪人生活が始まった去年の春とは違って、息子の晴れの大学生活のスタートに少しでも世話を焼きたくて、同じく高校に進学が決まったばかりの弟の気分転換も兼ねて、母子三人で上京することになっていた。
|
|
