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作品名:さばくのぎんぎつね流 作者:砂漠の銀狐

第1回   娘さんを下さい。
ピーンポーン・・・チャイムが鳴った。

中年の男は玄関へ向かい、ドアを開けた。

そこには1人の若い男が立っていた。

「また君か。」と中年の男が言った。

この若い男は5年程前から毎週のように家を訪ねて来る。

経験上、玄関先ではめんどうなので居間へと通した。

・・・。

居間は6畳程の和室で机に箪笥、奥に仏壇が置いてある。

昭和の臭いを残すどこか懐かしい部屋だ。

上座に中年の男、下座に若い男が座った。

まず、中年の男が口を開いた。

「何度、来ても答えは同じだよ。」

若い男は返した。

「なぜです?僕のどこがいけないんですか?」

若い男の言葉は冷静さの中に興奮を感じ取れた。

2人の会話は続く。

「君のどこが良いとか、悪いとかそういう問題じゃない。」

「全然、答えになってません。」

「はぁ、めんどくさい。」

「今、めんどくさいって言いました?」

「いや、言うよ。」

「どうしてですか?僕は定職にも就いていますし、そこそこの収入もあります。来月には課長への昇進も決まっています。何が不満なんですか?お父さん。」

「君にお父さんと言われる義理はない。」

中年の男は声が少し荒げた。

それでも若い男は怯まなかった。

「僕は娘さんを愛してるんです。ですから、僕に、僕に、娘さんを下さい。」

男は頭を床に付けて、土下座の態勢になった。

・・・・。

・・・・。

・・・・。

しばらく沈黙が続いた後、中年の男が言った。

「遺骨はあげられないだろ。」

ゆっくりと若い男は顔を上げた。

「来る度に言ってるが、娘は5年前に死んでる。」

「僕は形に拘りません。」

「良いように言うな。」

「僕は娘さんを愛してるんです。ほら、娘さんも笑顔じゃないですか?」

若い男は中年の男の後ろに手をかざした。

・・・。

中年の男は呆れ気味に言った。

「遺影だからな。そら、笑ってるだろ。」

中年の男は続けた。

「はぁ・・・・最初、現れて娘さんを下さいって言われた時は殺してやろうかと思ったけど、今では呆れて怒る気にもならへんわ。むしろ、去年、妻に先立たれたからは・・・・・。」

「グー、グー。」

若い男のイビキだ。

パーン。

頭を叩く乾いた音が響いた。

「・・・。」

「何で?」

「あの、朝、早かったんで。」

「知らないよ・・・・はぁ、帰ってくれ。」

「分かりました。今日は帰ります。でも、また必ず来ます。」

「いや、来んでええよ。」


数ヵ月後。


「はぁ、あいつ、最近、来なくなったなぁ。」

ピーンポーン・・・チャイムが鳴った。

中年の男は玄関へと向かった。

ドアを開けた中年の男の顔は満面の笑顔だった・・・。


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