千春さんのアパートは薄暗く散らかっていた。 ゴミ袋とそこから溢れたゴミが汚い。 何故か病院っぽい匂いがするし湿ってる。 一人暮らしの女性にしちゃあ、何というか、その、不気味。 何かの作業所、てえ感じだな。
台所は打ちっぱなしの壁が冷たかった。 妙にでかい冷蔵庫から、千春さんは人魚だという大きな肉塊を取り出してきた。 何重にもビニール袋で巻かれているその隙間から、消毒液の匂いがぷん、とした。
「腕を振るって人魚料理するから、待っててねぇ〜」 俺は台所横のこれまた薄暗いテーブルで待つ。 ちょっとテンション下がってきた。 早く食うもんくって次にすすみたい、そんなきもち。
長い!って 貧乏ゆすりを5万回位したかな。 やっと料理が運ばれてきた。
テーブルの上には、たくさんの魚。
炒めた、魚。 揚げた、魚。 よく煮込まれた、魚。 どれも、魚の料理。
「す、すごいっすね」 千春さん料理上手え!どっかの料理屋のフルコースみたいだ!
「遠慮しないで、食べてね」 千春さんは笑いながら、スプーンで俺の口に押し込んできた。
ん…一口目は旨い?かな。 けど、これは化学調味料の味だな。 肉自体は何てことは無い。ただの魚なんだけど、 味付けが濃い! このわけのわからない赤いソースは、すごくドロドロしてるし。 緑のスープは、深い色をしていて香辛料がきつい。 …そっか、魚が生臭いんだ。 だから、それを打ち消す為に味付けを濃くしているんだな。 でも、まだまだ少し生臭いなー。
でも、女の手料理だしな…。 ここは誉めとくのが男なんだろうな。 「ん、うまいっす」
千春さんはニコニコしながら、またしても俺の口に入れようとしてくる。 「も、もう、自分で食べますよっ」 「照れてる。可愛いわね」 男に手料理を食べさせるというシチュエーションのせいか、 千春さんは高揚してテンションが上がってる。 やたらにひっついてくる千春さんに、俺の機嫌も治ってきた。
…それにしても、濃い味だ。 …こんなに濃くしてしまうと、 素材の味がわからないじゃないか。
喉が渇く。全部食べ終わるまでに俺は沢山水を飲んだ。
何とか食い終わった。千春さんは俺の様子をじっと見て、言った。 「実くん、おいしかった?」 「うまかったっす」 「本当に?」 「本当です!ありがとうございました」 「…」
千春さんは、じーーっと俺の顔を見る。 謎の沈黙。 千春さんの目がふと閉じて、また開いた。悲しそうな目。なんでだ?
千春さんは俺に尋ねた。 「実くん、喉渇いてるよね?ジュース、飲む?」 「ああ、いただきます」
突然グラスに注がれたのは、謎の黒い液体。 「え、何すか、これ」
「健康食品店で買ったの。漢方薬が入った、体にいいジュースよ。わたし、最近凝っているの」 「墨みたいに真っ黒ですね」 「美味しいから試してみて」
そっとグラスに口を付けてみる。 胸焼けするように甘く、薬のような匂いがする。 しばらく我慢して、半分ぐらい飲んだところで、限界になった。 「!!」 むっと吐き気が沸き起こり、俺はむせて、咳き込んだ。 グラスの中身が、服と床にかかる。
「大丈夫?実くん」 「ゴホゴホ…すいません」 「気分が悪い?」 「はい」 「吐きそう?」 「そっか でも…、 これ、もっと飲んだほうがいいと思うわ!」
「!?」
突然、千春さんがすごい勢いで俺に掴みかかってきた。 不意のことで俺は動揺して、何もできなかった。
次に千春さんは俺の頭をひっつかんで、 ジュースのボトルの先を、無理やり口に含ませてきた。 黒い液体が勢いよく喉に流れこんでくる。
またしても、耐え難い吐き気。
「ぐわっ」 俺は床に伏せて大量に嘔吐した。 胃が痙攣して何もかもを押し出してしまう。 さっき食った魚が、全部床に撒き散らされた。
数十回咳き込んで死にそうになった。
涙目で見上げると、千春さんが静かに俺を見ていた。 千春さんはゲロで黒く汚れていた。
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