塗装の剥げた扉の前で、真理恵は俺に尋ねた。
「実くん、千春と一度ここへ来たのよね?」 「あ、ああ。食事を、人魚を、食わしてくれるって…」
扉に体を預けながら、真理恵は目を細める。睫毛が長い。
「で、実くんは、どこまで見た?」 「えっ?」 「部屋の中。どこまで見たの?」
「どこまでって…俺、飯食っただけだからさ、狭いキッチンだけだよ」 「ふーん。じゃあ、他の部屋は見せてもらえなかったのね」 「…ああ、そうだな、すぐ帰ったし」 「お風呂場は?」 「確か…」
風呂場の前の扉になぜか立ちふさがった千春さんと、 それに対してブチ切れた俺のことを思い出す。
「入らせてもらえなかった」
真理恵はますます目を細めた。
「へーえ」
沈黙
「じゃあ、実くん、今日が初対面ってわけなんだね?」 「は?誰とだ?」 「うふふふふふふふふふっ」
がちゃがちゃ。 ばん!
真理恵は、扉を開け放った。 「うっ」
黴臭さと、汚水の匂いが、ぷん、と立ち込める。
「全部全部全部全部見るといいよ!実くん!」
薄暗い。中は真っ暗。俺は、わけもわからないまま、一歩踏み出した。
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