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作品名:汚水 作者:tomosibi

第32回   口付け
白い靴下。昔風のレースのついた白い靴下。そして、小さい足。軽い足音。

優しい月光が黄色く照らすセーラー服のこの上なく可愛らしいお嬢さんが、ゆっくりと歩み寄ってきてくださった。
俺のすぐ傍に。

天使のように微笑み、這い蹲る俺の肩にそっと手を置く。

「迷っちゃった。ごめんね。さ、次の場所に行こう?」

何らかの粘液にまみれている俺の視界の中、真理恵の優しい笑顔が眩しい。

真理恵はかがみ込んで、俺を目線を合わせた。
そして、彼女の柔らかな手は、ベトベトした俺の顔と、手に、躊躇なく触れてきた。

「真理恵、俺、人魚の肉を食ったせい?」
「…」

彼女は薄く微笑みを浮かべ、そして、俺の汚い唇にそっと口付けた。

俺は、黙って目を閉じていた。

真理恵はそっと体を離し、俺にこう言った。
「怖い?」

「うん」

「つらい?」

「うん」

立ち上がる彼女。
俺はまだ地面にうずくまる。

「あのさ、俺の、親父が、真理恵と、話したいって」
携帯を差し出した。

真理恵は眉毛を片方上げて、見下したような声をあげた。
「パパが?あたしと話したいって?」
「え?」
「やっぱり、怖いときには、娘に頼りたくなるものなのかしらね。男の人って」
「娘?」
「実くんのパパは、あたしのパパなの」
「?」

見上げると、真理恵のふっくらとした真っ赤な唇が、にーっ、と釣り上がって、笑った。

「立って。実くん。あなたに見せなくちゃならないこと、もう一つある」

真理恵の小さな手が俺の眼前に差し出される。

俺はその手を握って、ゆっくりと立ち上がった。


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