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作品名:汚水 作者:tomosibi

第28回   蛇の舌
「ね」
目の前の少女は、ひとしきり笑って満足した様子で、俺に微笑みかける。
「みのるくん、行こ」

俺の右の手をそっと掴み、沼から離れて行こうとする。

「え、いや、だって、千春さん、あのままじゃ…」

まりえは沼を指差す。
「千春なら大丈夫よ。ほら、見て?」

千春さんは、数メートル先の汚水の中で、
ハイテンションでバシャバシャ泳ぎ回っているようだ。
暗闇の中、その動きの全ては捉えられないが、
千春さんが水を叩くたびに、汚水の匂いがぷん、とする。
時折、「ひゃあ」「きぇえ」「ほ ほ ほ」と、嬌声を発しながら、
嬉しそうな様子をしている。

「もうほとんど人魚だから。溺れること無いから、放っておいて、いいのよ」
「そんな」

振り返り、泡だつ波間に向かって大声を上げるまりえ。
「ねー ちはるーっ!」

数秒、間を置いて、千春の返事、
というか、鳴き声とか絶叫に近いものが返ってきた。

「ちはるー、帰りたいー?」
「イヤァァアアアアアアアアアアアア!」
「あたしら、先に帰ってるから。後は好きにしなさいね?」
「ハァアアアアアアアアアアアアアイ!」

「ほらね。みのるくん、行こ」
まりえはきゅっと俺の右手を握って、促す。

どうしよう。
「千春さん、早く上がって来てください!」
「イヤァァアアアアアアアアアアアア!!
みのるくん、みのるくん、みのるくんが、こっちにおいでよおおおおおおおお」

バシャ!バシャ!

千春さんの声のあまりの大きさに、びくっとする。

「ネェエエエエエ!!こっちおいでよおおおおおお!!!
キスして、みのるくぅうううううううん!!」

次の瞬間、俺は、どきっとした。


千春は、大口を開けた。
そう、字のとおり、大きすぎる口…。
千春の口は、耳まで裂けて開いている。
口裂け女のように、大きな口を開けた。
千春の口の中は、牙がずらり。
そして、中には単独の生き物のようにじゅるじゅると動く舌が。長い舌が。

あの口は、人間の口じゃない!
獣の口だ!
あの口なら、人間の首も噛み千切れそうだ。
獣の口だ!

蛇の口だ!!


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