まりえ。 まりえ。 まりえ。
呼ぶとすぐ振り向く。
白い、レースの靴下。 黒髪のショートボブ。 小さい手。細い腕。小さい足。小さい顔。 みずみずしい赤い唇に、白い肌。
真理恵は、 もう16になるのに、 見た目はどうみても中学生だ。 声も、話し方も幼く見える。
良く言えば、 どこに行くにも付いて来る、子犬のような、愛らしい少女。 悪く言えば、 味気の無い、深みの無い、未熟な果実のような少女。
それが俺の彼女のイメージだ。
子犬のような、青い実のような。そんな印象の少女、真理恵は、俺の彼女だ。
羨ましいかい?こういう子が好きな奴って居るもんなぁ。 ロリ系っていうのかな。
だけど…俺は… 実は、あんまり、こういう子、好みじゃなくって。
本当は…俺にはもっと相応しい人が、その、ほかに、居るのかもしれないって、 そういう思いを持ちながらも、何となく付き合ってるんだ。
こいつ、俺のことが好きで好きでしょうがないらしいから…。
高校一年の夏、真理恵から告白されてさ、 断るのも悪いし、って、 何となく、おっけーって、言って、 何となく一年が過ぎちまった。
俺達二人、大抵の時は行動を共にしてる。(実は、俺にも真理恵にも、友達が少ないのだ…) 普段は、浅ーいトーク。 テレビの話〜音楽の話〜ブランドの話〜授業の話〜真理恵のナヤミ〜…はーい、はい。 特に感動や興奮をもたらさない、もたらすはずも無いような浅はかな話題しか出ない。
でも、退屈を紛らわす魔法の言葉。恋してる気分を演出する魔法の言葉は 「実くん、あたしのこと好き?」「めちゃくちゃ好きだよ」「本当?」「ああ、好きだよ」「実くん、ちゅーして?」ETCETCETC
そんな毎日。
まあ、この女は外見から、一部の(濃い趣味の)男子には、結構人気があるらしく…、うらやましがられる、こともあるよ。
真面目な進学校である俺の高校では、 「そこそこ可愛い彼女が居る」ってことは、それなりのステータスで、 中堅…、いや、ヒエラルキー下部に位置する地味メンの俺にとっては、 「彼女が居る」ってこと、それだけで少し自尊心が保てるってとこがある。
まあそういう事情もあって、 おれはこの女との付き合いを辞めてしまうつもりってのは無い。今のところ。
授業終了の合図。と共に、トコトコ自分の席から掛けて来る真理恵。いつものこと。
「実くん、実くん!」
相変わらず、子供みたいな声だ。
「おう。何だ?」 「あのね、じゅぎょうお疲れ様」 「って、そんなこと言いにきたのか?」
「違う、違う〜。それだけじゃないよ。 あのね、あのね、今日は、放課後も一緒に居てくれるよね?」 「あー、ごめん、今日はパス」
「むぅー。今日も、だよ。 実くん、最近遊んでくれない〜。 私、実くん家行ってみたいのに〜。いつも呼んでくれない。寂しいな〜」 「ごめんって」 「実くん、私、実くんの彼女なんだからねっ」 「そうだな」 「実くんのことが、大好きなんだからねっ」 「…あのな、ここ、教室。人前でそういうこと言うな」
前の席の女子が、くすりと笑った。あーあ。気まずい。
「放課後も彼女と一緒に居たいっていう気持ちは俺も一緒だよ。 ね?だけど、そーゆーわけにいかねえんだ。 忙しいんだよ。俺は。」 「実くん〜、今日も部活?」 「ああ。俺は忙しいんだよ。お前と違って。 お前、いつも俺を誘ってばっかだよな」 「うん…。わたしはいつも、実くんと居たいんだよね」 「そんな暇なこと言ってないで!お前も他に趣味とか見つけろや。もしくは、勉強しろ。勉強」
ぽむ。真理恵の小さい頭に、俺の手のひらを置く。
「うー、寂しいよう。実くん、また遊んでね。絶対。約束だよ?」 「はいはいはいはいはい。じゃな!」
まりえは残念そうに俺に手を振る。 俺は鞄をひっつかんで、立ち上がる。。 教室を出る時に振り向くと、名残惜しそうな表情が見えて、少し心が痛んだ。
ちょっと邪険にしすぎたかな? でも、これだけ言っても真理恵が俺を嫌うことは無いって、めっちゃ愛されてるから。俺。
…さて、行くか。 あの人は、午後の授業さぼってるらしい。 すでに部室に居るそうだ。
梅雨の夕暮れ。窓の外は曇り空。 きしむ暗い廊下を抜けて、螺旋階段を降りる。
旧校舎につながる渡り廊下にまで来ると、人がまばらになって来た。
人気の無い西校舎にたどり着くと、 廊下ではもう誰ともすれ違わなかった。
曲がりくねった廊下を、曲がって、曲がって、突き当たり。 非常階段の横にひっそりと存在しているのが、俺とあの人のために存在する部屋、おれたちの部室。
鉄の扉には手書きの紙が貼り付けてある。
「怪奇研究部」
これが、俺の入ってる部。
オタクっぽい? 文科系っぽい? まあ、内申書には書かないほうがいい名前だよね…。 でもそんなことはどうでもいいのだ。
…本当は、部活動なんて、やってないんだから。
重いドアを開けると、一人の女。いつもの笑顔。 魅力的だが、決してさわやかではない、ある種のしっとりとした引力を持った笑顔。
彫刻のような顔立ちに、はっきりとした薄茶色の瞳。 そこには、知的な感じと、艶っぽさが共存している。
彼女は、美少女という言葉より、美女という言葉が似合いそうな女性だ。
「千春せんぱい、あの、…こんにちは」 「ふふ。待ってたよ。いらっしゃい、実くん」
千春さん。 一つ上のこの女性は、独特の魅力を持つ、実年齢よりはるかに大人っぽい女だ。 背は…、俺と同じ位かな。女性にしては高いほうだと思う。 手足がほっそりとしていて、抜群のスタイル。
今日は制服の前ボタンを二つも外し、金色のネックレスをしている。 スカートは、規定よりうんと短くして履いてる。 靴も、踵が高めの、大人っぽいものを選んでいる。 指定の黒いストッキングは履いておらず、代わりに薄手のニーソックスを着用している。
すらりと伸びた長い足。そして俺は、ニーソックスとスカートの間のあの領域に目を奪われる。 彼女の肌は、吸血鬼のように白い。 …吸い付きたくなるような白さ。
俺はごくり、と唾を飲み込む。
じつは、怪奇研究部の部員は俺と、この千春さんだけ。
実は実は実は、 俺は怪奇について研究したいから、この部活をやっているわけでも何でもなくて…。
怪奇についての興味よりも、 この一歳年上の女性、 千春先輩についての関心、と、 この薄暗い部室を自由に使えるという、その権利のためだけに 部員になっている、というわけだ…。
怪奇研究部は、一応、公認の文化部だ。 だけど、ブームがオカルト過ぎ去って後は、超超超マイナーな部となった。 総部員数:2名 活動日:不定期 俺が二人っきりで千春さんに会いたくなった時と、 千春さんが俺に会いたくなったときが、「二人の部活の日」
つまり…へへへっ。
「今日は、早いわね。まりえちゃん、しつこくなかったの?」 「振り切ってきました!」 「それはそれは、ごくろうさま」
千春さんが長い指先で、俺の頭をなでる。 俺は黙って千春さんを見つめる。千春さんの目の中にも、俺が移っている。
「ふふっ」 「何で笑うんすか」 「何か、照れる」
甘い雰囲気。
暗い部室。 二人っきりの愉しい愉しいブカツは、始まってかれこれ一年になる。
いやあ、怪奇研究部は、楽しいっすよ。やめられないね。
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