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作品名:汚水 作者:tomosibi

第1回   暗い部室
まりえ。
まりえ。
まりえ。

呼ぶとすぐ振り向く。

白い、レースの靴下。
黒髪のショートボブ。
小さい手。細い腕。小さい足。小さい顔。
みずみずしい赤い唇に、白い肌。

真理恵は、
もう16になるのに、
見た目はどうみても中学生だ。
声も、話し方も幼く見える。

良く言えば、
どこに行くにも付いて来る、子犬のような、愛らしい少女。
悪く言えば、
味気の無い、深みの無い、未熟な果実のような少女。

それが俺の彼女のイメージだ。

子犬のような、青い実のような。そんな印象の少女、真理恵は、俺の彼女だ。

羨ましいかい?こういう子が好きな奴って居るもんなぁ。
ロリ系っていうのかな。

だけど…俺は…
実は、あんまり、こういう子、好みじゃなくって。

本当は…俺にはもっと相応しい人が、その、ほかに、居るのかもしれないって、
そういう思いを持ちながらも、何となく付き合ってるんだ。

こいつ、俺のことが好きで好きでしょうがないらしいから…。

高校一年の夏、真理恵から告白されてさ、
断るのも悪いし、って、
何となく、おっけーって、言って、
何となく一年が過ぎちまった。

俺達二人、大抵の時は行動を共にしてる。(実は、俺にも真理恵にも、友達が少ないのだ…)
普段は、浅ーいトーク。
テレビの話〜音楽の話〜ブランドの話〜授業の話〜真理恵のナヤミ〜…はーい、はい。
特に感動や興奮をもたらさない、もたらすはずも無いような浅はかな話題しか出ない。

でも、退屈を紛らわす魔法の言葉。恋してる気分を演出する魔法の言葉は
「実くん、あたしのこと好き?」「めちゃくちゃ好きだよ」「本当?」「ああ、好きだよ」「実くん、ちゅーして?」ETCETCETC

そんな毎日。

まあ、この女は外見から、一部の(濃い趣味の)男子には、結構人気があるらしく…、うらやましがられる、こともあるよ。

真面目な進学校である俺の高校では、
「そこそこ可愛い彼女が居る」ってことは、それなりのステータスで、
中堅…、いや、ヒエラルキー下部に位置する地味メンの俺にとっては、
「彼女が居る」ってこと、それだけで少し自尊心が保てるってとこがある。

まあそういう事情もあって、
おれはこの女との付き合いを辞めてしまうつもりってのは無い。今のところ。

授業終了の合図。と共に、トコトコ自分の席から掛けて来る真理恵。いつものこと。

「実くん、実くん!」

相変わらず、子供みたいな声だ。

「おう。何だ?」
「あのね、じゅぎょうお疲れ様」
「って、そんなこと言いにきたのか?」

「違う、違う〜。それだけじゃないよ。
あのね、あのね、今日は、放課後も一緒に居てくれるよね?」
「あー、ごめん、今日はパス」

「むぅー。今日も、だよ。
実くん、最近遊んでくれない〜。
私、実くん家行ってみたいのに〜。いつも呼んでくれない。寂しいな〜」
「ごめんって」
「実くん、私、実くんの彼女なんだからねっ」
「そうだな」
「実くんのことが、大好きなんだからねっ」
「…あのな、ここ、教室。人前でそういうこと言うな」

前の席の女子が、くすりと笑った。あーあ。気まずい。

「放課後も彼女と一緒に居たいっていう気持ちは俺も一緒だよ。
ね?だけど、そーゆーわけにいかねえんだ。
忙しいんだよ。俺は。」
「実くん〜、今日も部活?」
「ああ。俺は忙しいんだよ。お前と違って。
お前、いつも俺を誘ってばっかだよな」
「うん…。わたしはいつも、実くんと居たいんだよね」
「そんな暇なこと言ってないで!お前も他に趣味とか見つけろや。もしくは、勉強しろ。勉強」

ぽむ。真理恵の小さい頭に、俺の手のひらを置く。

「うー、寂しいよう。実くん、また遊んでね。絶対。約束だよ?」
「はいはいはいはいはい。じゃな!」

まりえは残念そうに俺に手を振る。
俺は鞄をひっつかんで、立ち上がる。。
教室を出る時に振り向くと、名残惜しそうな表情が見えて、少し心が痛んだ。

ちょっと邪険にしすぎたかな?
でも、これだけ言っても真理恵が俺を嫌うことは無いって、めっちゃ愛されてるから。俺。

…さて、行くか。
あの人は、午後の授業さぼってるらしい。
すでに部室に居るそうだ。

梅雨の夕暮れ。窓の外は曇り空。
きしむ暗い廊下を抜けて、螺旋階段を降りる。

旧校舎につながる渡り廊下にまで来ると、人がまばらになって来た。

人気の無い西校舎にたどり着くと、
廊下ではもう誰ともすれ違わなかった。

曲がりくねった廊下を、曲がって、曲がって、突き当たり。
非常階段の横にひっそりと存在しているのが、俺とあの人のために存在する部屋、おれたちの部室。

鉄の扉には手書きの紙が貼り付けてある。

「怪奇研究部」

これが、俺の入ってる部。

オタクっぽい?
文科系っぽい?
まあ、内申書には書かないほうがいい名前だよね…。
でもそんなことはどうでもいいのだ。

…本当は、部活動なんて、やってないんだから。

重いドアを開けると、一人の女。いつもの笑顔。
魅力的だが、決してさわやかではない、ある種のしっとりとした引力を持った笑顔。

彫刻のような顔立ちに、はっきりとした薄茶色の瞳。
そこには、知的な感じと、艶っぽさが共存している。

彼女は、美少女という言葉より、美女という言葉が似合いそうな女性だ。

「千春せんぱい、あの、…こんにちは」
「ふふ。待ってたよ。いらっしゃい、実くん」

千春さん。
一つ上のこの女性は、独特の魅力を持つ、実年齢よりはるかに大人っぽい女だ。
背は…、俺と同じ位かな。女性にしては高いほうだと思う。
手足がほっそりとしていて、抜群のスタイル。

今日は制服の前ボタンを二つも外し、金色のネックレスをしている。
スカートは、規定よりうんと短くして履いてる。
靴も、踵が高めの、大人っぽいものを選んでいる。
指定の黒いストッキングは履いておらず、代わりに薄手のニーソックスを着用している。

すらりと伸びた長い足。そして俺は、ニーソックスとスカートの間のあの領域に目を奪われる。
彼女の肌は、吸血鬼のように白い。
…吸い付きたくなるような白さ。

俺はごくり、と唾を飲み込む。

じつは、怪奇研究部の部員は俺と、この千春さんだけ。

実は実は実は、
俺は怪奇について研究したいから、この部活をやっているわけでも何でもなくて…。

怪奇についての興味よりも、
この一歳年上の女性、
千春先輩についての関心、と、
この薄暗い部室を自由に使えるという、その権利のためだけに
部員になっている、というわけだ…。

怪奇研究部は、一応、公認の文化部だ。
だけど、ブームがオカルト過ぎ去って後は、超超超マイナーな部となった。
総部員数:2名
活動日:不定期
俺が二人っきりで千春さんに会いたくなった時と、
千春さんが俺に会いたくなったときが、「二人の部活の日」

つまり…へへへっ。

「今日は、早いわね。まりえちゃん、しつこくなかったの?」
「振り切ってきました!」
「それはそれは、ごくろうさま」

千春さんが長い指先で、俺の頭をなでる。
俺は黙って千春さんを見つめる。千春さんの目の中にも、俺が移っている。

「ふふっ」
「何で笑うんすか」
「何か、照れる」

甘い雰囲気。

暗い部室。
二人っきりの愉しい愉しいブカツは、始まってかれこれ一年になる。

いやあ、怪奇研究部は、楽しいっすよ。やめられないね。


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