その男を特定するには手間と金がかかった。 「警鐘」の薬害スレッドで投稿してきた人間の身元を調べるには、予想以上の時間が掛か ってしまった。 我々のグループには優秀なIT屋がいる。小暮と言う男で若輩だが、知る人ぞ知るの著名 なハッカーで大抵のことは一発で調べてくれる。 ITを担当する彼の実力を持ってしても、なかなか本人に行き着けなかったのだ。 調べてみると男はインターネットカフェのPCから「警鐘」にアクセスしていた。 賢いと言うか、実に用心深い男だった。 インターネットにはIPアドレスと言う住所みたいなものがあるらしい。 そのIPアドレスからインターネットカフェを特定し、「警鐘」にアクセスしている時間 を狙って数人の探偵を手配し見張っていた。 (IPアドレスかなんか知らんが、よくここまで調べられると感心する) 数日掛かってようやく人物を特定することができた。 彼が内部告発サイト「警鐘」投稿した話の内容があまりに異様なので、我々グループが それを調査し、実態を明らかにすることになっていた。 男の名前は多田野衛、グリン製薬の新薬開発部に所属する研究員だった。 インターネットカフェの出口で男にコンタクトした。 これまでの事情を話し、説明してもらいたいと、半ば強引に車に連れ込んだ。 そこまでは探偵に手伝ってもらい、あとは二人で話を続けることにした。 実情を話して欲しいと脅し空かして、説明を渋る男を問い詰め白状させた。 その男が所属する会社の所業は目に余るものがある。 (こいつらは酷すぎる、こんな会社、社会から抹殺されるべきだと、心底思う) 薬害を起すたびに名前を代える札付きの製薬会社だったのだ。
「多田野さん、あんたこのまま無事に済むなんて思ってないだろう?」 「......」 多田野と呼ばれた男は震えていた。 「あんたが判断したわけじゃないにしろ、あんたも立派に犯罪に加担したわけだよな?」 「......」 訴えるような目で見返してきた。 多田野が働く会社がやったことは、殆ど人体実験のレベルだった。 新薬の開発費を節約するために、既存の薬をベースにした抗がん剤開発を目論んだのだ。 治験データの表現は代えたものの既存薬のそのままで、自社で開発中の薬との相乗効果を 狙って、無理やり作り上げた製品だった。 「一体これで何人死んでいるんだ? おい!」 (この辺の実態はまるで分かっていないのだ) 多田野は諦めたように話だした。 「今のところ報告が上がって来ているだけで、十二人います。恐らく今後も増え続けると 思います。癌から人を救うために始めたことが、逆にその命を奪うことになっているので す。私の開発した薬なら特定の癌には有効なのに......もう耐えられません、助けて下さ い! この薬の販売を停めて下さい。お願いします!」 多田野は小心で正直な男なのだ。 一生懸命働いて得た成果を勝手に転用され、その結果が最悪だったと言うだけだ。 自分の部署では立派に研究成果を挙げたのだ。 それにも関らず、自分の預かり知らぬところで、他の部署が進めていた新薬にその成果が 転用されたことで、犯罪者に成りかかっていた。 いわば知らずに巻き込まれてしまった被害者、振って湧いた災難みたいなモノだった。 「おい多田野さん、嘆いてないで根性決めろよ! もう何人も人死にが出ているんだぞ」 黙って多田野の返事を待った。 「......」 「時間が経てば経つほど犠牲者が増えていくのが判らないのか?! お前はぁ!」 「......」 肝心なことを話さない多田野にイライラしてきた。 (脅しは俺の専門じゃない。とにかく説得するしかない) 多田野の顔を睨みつけ根気良く待った。 暫らくすると多田野は泣き始め、懇願するように話し出した。 「もう何でも滝さんの言われた通りにします。お願いです! 助けて下さい。もう自分は どうなっても構いません。お願いです、助けて下さい!」 (最初から抵抗しなければいいのに、無駄な時間を掛けてしまったぜ) 「信じろ! 絶対悪いようにはしないからな。正直に話して協力したら身の安全と仕事は 必ず保障してやるよ」 俯く多田野の肩に手を置いて、力を込めて言った。 俯@うつむ 「臨床データを全て用意しろ。それと、新薬申請時のデータも併せてな」 (データが無くてはなにも出来ないのだ。とにかくデータだ) この会社は役人とつるんでいたので、今後どんなことが起きるか判らなかった。 会社には病気の休職届けを出させ身柄を確保し、我々グループの中谷先生が手配した病院 に押し込んだ。 多田野を告発者にしない形で、今回の事件を精算することに決まっていた。 これからは彼の持ち出したデータを使い、最後の仕上げにかかることなる。
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