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作品名:気紛れ酒処「ななし」 作者:sakana

第4回   第三章 開店時間
 初めての「ななし」は大成功だった。
何度か通う内に随分大将とも親しくなれた気がする。
 出される食べ物や酒もそうだが、店の雰囲気が例えようも無く良かった。
実に居心地が良いのだ。
混み合っていても、落ち着いた雰囲気の中で店全体が和気あいあいとしている。
佇まいに不自然さが無く、一見の客でも最初から安心して居られる、そんな温かみさえ感
じさせる店だった。
(もっと早く暖簾をくぐれば良かった)
心底そう思えた。

今日は初めて、客を連れての「ななし」だ。
好きな店に知り合いを連れて行くことは、基本的に無い。
(俺は心が狭いのだ)
好きな店が繁盛して、人が溢れるのはイマイチ歓迎できない。
(俺が行ったときは、いつでも空いているのがいい)
そんな都合の良い店であって欲しいからだ。
だから連れて行くとすれば、地方の人間に限られる。
それも必ず次も俺と一緒に行くと言う、条件を付けて連れて行くのだ。
 前もって予約を入れておいた。
札幌から出てきた、気の置けない友達を誘っている。
同業だが扱う魚種が違うので、取り立てて商売があるわけではない。
俺は鮭の取扱いが専門だが、彼はイクラやタラコと言った魚卵が専門だった。
気が合うというのか、何時も出張の度に、お互い誘いあっては呑み交わしている。
名前は坊丸四郎。
だいぶ年上だが偉ぶったところが無く、何でも言い合える仲だった。
甘えさせてもらっているとも言えた。
グルメの部類に入るのだろう......とにかく好き嫌いがはっきりしていて、喰いモノには
全く遠慮の無い男だった。
胸の空くようなと言うか、呆れるばかりの健啖家、大食漢だった。 空@す
開店の十分前、地下鉄の駅で待ち合わせた。
「お、坊丸さん、よく来たね。今日は電話で話したように、いい店案内するからね。まぁ
間違いなく気に入ってもらえると思うよ」
「どぉもぉ! 期待してるぜ矢澤さん。あんたがそんな風に言うもの珍しいから、今日は
飯抜かして来たからさ、宜しくね」
(ったくぅ! この人は遠慮ってもんを知らないからなぁ〜。失敗だったよな、黙って連
れてくりゃ良かったよ)
「すぐ近くだから、行きましょう!」

 「いらっしゃい! 矢澤さん」
 初めて飛込みで入れてもらった時、帰り際に名刺を置かせて貰ったせいか大将が小気味
よく名前で迎えてくれた。
その時、店の名刺カードも貰った。
店のルールなどを書き込んである、実に面白く、とぼけた内容だった。
(これは別の機会に明かすことにしたい)
 今日の開店時間、六時に合わせて予約を入れていた。
今日の開店時間......そう、「ななし」は、何ともふざけた店で開店時間が一定ではない。
夕暮れ時が、時代劇で言う「暮れ六つ」が、開店時間なのだ。
(酒は陽が落ちてから呑むものと決まっている)
これが大将の言い分だった。
店には他にお客はおらず、カウンターの俎板皿の前には、二組の割り箸が箸置きに据えら
れ、予約があることを示していた。

 坊丸さんは店の入り口から既になにやら興奮していた。
(おいおい、興奮するのは食ってからだろう? もぉ)
暖簾をくぐって中に入ると、暫くの間あちこち見回しながら唸(ウナ)っていた。 
「おぉい......矢澤さん、えらい店知ってるなぁ、あんた大分儲けたんじゃないのぉ?」
俺の肩を小突きながら言い、
「こんな洒落た造作の店ってあるんかやぁ! もう、ほんと『見だごどね』って感じだよ
な、驚いたなぁ」
と、いたく感心した様子だった。
「あ、どうもです、大将! ヤザワがいつもお世話になっています」
「坊丸です、今日は楽しませてもらいます」
紹介する前に勝手に挨拶し出した。
ちょっとおどけながらの第一声に大将も笑っていた。
「こちらこそ、店主の苗場です、宜しくお願いします」
手にしていた包丁を俎板に置き直し、俺の客に挨拶を返してくれた。
「大将、この前来たときにお話した、札幌で魚卵を専門にしてる僕の先輩なんです。まぁ
こんな人なんで、今日お店に迷惑かけないようだったら、また連れてきますのでよろしく
お願いします」
ちょっと牽制し、皮肉ってやった。

「いやぁ俺もついこの間初めて入れてもらった店でさぁ、いつも店の前を通ってたんだけ
ど、気後れって言うのかな? なかなか入れなかったんだ......しかも五年間ね」
俺は苦笑いで言い訳しながら、指定場所を示す箸置きの前に腰掛けた。
「なんだよ、五年間も店の前でモジモジしてたんかい? それって店に入ろうとするお客
にエライ迷惑じゃない。情け無いっつうか、本当もったいない奴!」
坊丸さんには大受けって様子だった。
「でも気持は判るなぁ、あんたにはちょっと格が違うって感じするけどな、このお店。俺
みたいな大人が似合う、そんな感じじゃない?」
と勝手にのたまう。
「で、どうしてもらえるのかな?」
と、早速催促を始めた......食い物には全く遠慮がない男なのだ。
「大将、お願いします」
ニコニコと二人の掛け合いを見ていた大将に、俺も待ちきれずお願いした。
「北海道の人には珍しくもないでしょうが、今日は今朝取れたアスパラが入っています。
それと赤身の良い肉も手に入りましてね」
大将は今日の献立をざっと説明してくれた。

 いつもの? ようにビールから入り、二人でお酒を楽しんだ。
坊丸さんのビールはチェイサー代わりで、いつも燗酒とセットになっている。
この時期には早いが路地モノだろうか、やけに濃厚な豆の味がして、殻が茶色く汚れて見
える、貧弱な姿の枝豆が最初に出てきた。
小皿に上品にだ。
 バクバク頬張る、自称大人? の坊丸さんにそっと言った。
「ねぇ坊丸さん、お代わりは無しですぜ。話したとおり出されたモノを黙って食べて下さ
いね、わかってる?」
(ったくぅ! 店の雰囲気に合わせろっつぅの......)
俺は俺の店に気を遣って言った。
 大将が耳聡く聞きつけて、笑いながら
「ご遠慮なくどうぞ、それだけ美味そうに食べていただけたら、喰われる方も間違いなく
本望ですよ、ハハ」
 俺はあせって
「大将、ダメですって! この人は喰いモノを前にして、遠慮とか配慮なんてのは欠片も
ありませんから。その気にさせると間違いなくトンデモナイ目に会いますよ。まぁそれで
いて嫌われたこともない変なオッサンなんですけどね」
 坊丸さんはしたり顔で
「大将これ本当美味いっすねぇ、茶豆の一種なんですかぁ? 丼で欲しいくらいですね」
大将はちょっと引き気味の感じで、大皿に盛って枝豆を追加してくれた。

 食材を収めてある木箱が冷蔵庫から取り出され、今日の料理が始まった。
「ななし」独特の入れ物である木箱の中には、仕込みを終えた様々な食材が綺麗に並べら
れていた。         
それらが大将の手に掛かかると、手際よく一品(ヒトシナ)の料理へと姿を変えていくのだ。
焼き物や煮物は大将が下拵えをした後、奥の調理場に運ばれ、火を入れられる。
刺身や火を使わない一品(イッピン)料理は、見ている目の前で鮮やかに捌(サバ)かれ、一
幅の絵のように飾
り付けられていく。        
それらはみな食材の持つ風合いに合わせて、唐津、青磁、白磁、織部、伊万里等、様々な
器に盛り付けられていった。
坊丸さんは大将の手元を食い入るように見つめていた。真剣な眼差しだった。
「ふ〜〜〜っ......」
食べる手を止めて、時々大きくため息をついていた。
息を詰めて見ている、そんな様子だった。
 胡麻だれを掛け白磁に盛り付けられたグリーンアスパラは、鮮やかに初夏を感じさせ、
白地に映える緑が印象的だった。
織部に盛られたキンメの煮付けは彩(イロド)り良く、濃厚な味わいがした。  
温められた青磁には、小振りな牛ヒレ肉のステーキが載せられていた。
それは芯まで温められていたが、殆ど生に近いレアだった。
(え、こんなの初めてだ、ほとんど生なのに中まで火が通って温かい......)
脂肪(サシ)の入らない赤身の肉は、口の奥まで届く滋味深い味がした。    し
坊丸さんの目は「うっとり」としていて、顔には至福の表情が浮かんでいた。
お客のペースに合わせたこの店一流の流れで、刺身や一品料理が供された。
最後にお鮨を五貫程握ってもらい、その場をしめた。

 坊丸さんは大満足で
「矢澤さん、内地に出てきたら毎回ここね、頼んだぜ」
喰いもので彼が、無条件で誉めるなんてことはまず無いことだったので、驚いた。
坊丸さんはなんでも喰い尽くすくせに、食べ終わった後に文句が多い男なのだ。
「ちょっと無いな、こんな店。矢澤さん、特大のホームランって感じだな」
俺も大満足だった。
 高級なものからゲテモノまで、彼のレパートリィーに制約はない。
喰うために生きている、そんな生き様の男だった。
周りもそれを認めているのだ。
喰い物に関しては、武勇伝に近いエピソードを幾つも持っている。
そんな彼が手放しで喜んでくれた。嬉しかった。
 坊丸さん、実は東京育ちなのだ。
北海道の自然に憧れて家族で移住し、既に生活歴は北海道の方が長いと言う変り種だ。
で、内地差別というのか、今では北海道でもあまり使われていない、「内地」と言う言葉
を好んで使っては、みんなを煙に巻く楽しい男だった。
電話してくると、
「内地の人どう? 儲かってるぅ」
とか
「内地の人に話してもなぁ〜」
などと好き勝手を言う。
とにかく口うるさい男なのだ。

「みんな美味かったけどあのイカさ、聞いたら白イカって言ってたよな。なんなのアレ?
美味かったなぁ......冷凍モンって聞いて笑っちゃったよな」
坊丸さんは白イカにいたく感じ入ったようだ。
「目からウロコって、本当にあるよなぁ。まぁイカにウロコは無いけどな。考えてみると
冷凍して甘みが増すものって結構あるよなぁ、甘エビみたいにさ。でもイカはちょっと想
像つかないぜ。刺身も調理したモノも、みんな仕事してあったよな。北海道じゃまずない
からなぁ、こんな店」
坊丸さんは、北海道の料理屋は素材の鮮度に頼りすぎて仕事をしてない、と言うのがいつ
も不満だったのだ。
「それとあの数の子さぁ......捻(ネジ)れ子って言ってたけど笑えるよな、形になっていないけ
ど、魚の味っていうか、やけに美味かったじゃない。数の子喰って美味かったなんての、
なかなか経験無いもんな。百点満点で百二十点ってとこじゃない? ”ななし”はさ」
坊丸さんが店を素直に誉めるなんて経験は皆無だった。 
正直言って嬉しかった。

 会計を済ませた俺に、店の外で待っていた坊丸さんが更に続けた。
「あんた、とんでも無い店見つけたよな、わかるか? そのトンデモ無さが......」
俺は坊丸さんが突然、何を言い出すのかと思った。
「あの店えらい金掛かってんぞ、とんでもなくな。門から玄関までの作りな、あれはひた
すら地味に造ってあるわな。でもさぁ使ってるものは凄いレベルの材料だし、内装もさ、
あの自然木のカウンターも同じだな。どれも設え(シツラ)方がいいよな。完璧さを求めてなくて、
どこかに遊びを隠しているってのは最高のお洒落だよな!」   
入った時の感激をぶり返して興奮している。
(そんなに凄いもんなのか?)
「凄いのに凄さを見せない凄さ。それって判るか? 普通じゃないよな、あれは」
理屈でも感覚でも、俺には全く理解出来なかった。
「それと使ってる器が凄かったよなぁ。磁器も超一流だったけど、陶器はちょっと想像が
付かないくらい、レベルの高い器だったぜ。萩とか、古唐津・織部・志野、なんかいろい
ろバラバラとあったけど、少なくとも俺らレベルの、普通の客に出せる代モンじゃなかっ
たぜ、あれ。記念になんか持って帰りたかったよなぁ」
(持ち帰るって、とんでもないこと言うなよぉ)
ようするに凄いことらしかった。

 予想外の話になって俺は正直びっくりした。
器の良し悪しとかその価値がどうだとか、ましてや店の造作とか材料なんてのは全く門外
漢というか、意識の外だった。
そんな極端な金を掛けた店だ、なんてことは全くわからなかった。
(坊丸さん本当にそんなこと判るのか? 本当にそうなのか?)
ちょっと信じ難かった。
元々そんな目利きなど出来ない俺には、ただ楽しませてもらっているだけだった。
単純に「ななし」の存在が嬉しかっただけだ。
知らないってのは強いって言うのか、ごくごく自然で、気持の良い店、単純に嬉しい店、
それだけだったのだ。
「どういうことなの?坊丸さん」
坊丸さんは、なにかを考える風に
「だからさ、あの店、俺たちレベルが通っていい店とは違うって言ってんの」
なんか難しそうな顔をしながら
「お会計なんか、なんぼ取られても不思議はねぇぞ」
「ええ〜、でもさぁ、おあいそとかはリズナブルじゃない」
傍若無人で普段、レベルとか会計とか気にする筈の無い坊丸さんが、そんなことを言い出
したので、俺はちょっと考え込んでしまった......


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