僕コソ君ヲ愛シテイル。
確かにそう言った。ように聞こえた。
耳で聞いたのではなく。
いや違う。耳ダケで聞いたのではなく。心の耳と耳たぶの付いた耳と、両方で聞いたのだ。
鼓膜に刺激を感じたというより、どっちかというともう少しスピリチュアルな現象に違いなかった。
何にしても気が遠くなるような出来事。いけめん。いけめんもいけめん、ほぼ超人的な顔だちと言いたい。
浅黒い色は彫りの深さがひときわ深く目に映る。固くシャープな鋼鉄の鼻筋。一点曇りのない瞳。CMの文句ではないが、輝くような白い歯とは、彼のことをいうのだ。
足だってめちゃくちゃ長い。腰の位置を見ろ。Y次郎なんか比じゃないし。何たってこっちはアメリカ人だ。骨組みからして違う。まず完璧ー!
完璧なカレシを選んだ。
もう、かっこいいい!そんな人に逆告されるなんて。
微笑んでいる。ダイアかとばかり見る糸切り歯が眩しい。
白い歯が好きなのである。芸能人は歯が命だというけれど、そう思う。なにげにそこへ唇をつけた時だった。途端に顔が燃えるようになった。気が動転して自分が自分でない感じだった。
「今のがうちのファーストキス!一番目のキス!」
心のわめくのを抑えると、続けて囁いた。
「Aさん、うちはあなたが好き。うちはあなたしかいない」と。
そうして聞いたのが「僕コソ君ヲ・・・」だった。無論英語で。
ハリウッドのムーヴィースターだから本名なのではない。芸名ですらない。多方面へ配慮しつつ、ここでは仮にAとするのである。
Aは絶え間なく秋波を送ってくる。コートダズュールに建てた別荘のテラスより。一枚の写真の中より。きょう本屋さんで買ってきた写真集の、中でもお気に入りの一枚だ。
このらぶらぶ、直らぶえっちに進むのだが、七十一歳年長のカレシであってみれば、究極の年の差系というわけであろう。
また聞こえた。
「愛シテイル。君ヲダ」
たまらずうつむく。
98年10月、若菜十五の秋の日の一幕である。
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